第37話 もう一度私が

 ————



 浮かんでいた思考をどこかにやって、篝は肩をすくめた。目論見通りだと、ソフィアはそれを優しく見ていた。内奥の思考の推察は違っていたが、きっとそれは互いにぴたりはまっていたようだった。


「これ以上の悪さ、もう何度かするかもと言ったら、あなたは怒るかしら?」


「例えば、どんな?」


「勢いあまって、私を殺しちゃうとか。死なないけれど」


「死なないのに殺すって、どういうことなんだか」


 少女は赤い唇を三日月にした。

 ひときわ強いバブルの明滅がポッドに入り込んだ。深紅と群青、黄昏を行き来するその光の色は、寂しさゆえに、誰かを呼んでくる婦人のようだった。


「一度死んだじゃないの。蘇りはしたけれど」


 彼女が言っているのは、世界樹の元へ入って来た時の話だろうか。そうだったら、どうすればいいかはわかっている。


「大丈夫。もう一度私が、引き戻してあげるから」


 篝は目を閉じ、小さく息を吐いた。


「あなたが言えることなのかしら」


 その間に後ろに回ったのかと思って振り返ったが、そこにソフィアはいなかった。急に首を回した篝を不思議そうに、彼女は窓の方へ歩き、誰もいないと手を振る。


「どうしたの?誰かに話しかけられでもした?」


「……ううん、多分気のせい」


 そう、と彼女は座って、眠たげに目のあたりをこすっていた。


「時間的には、もう眠る時間なのかな」


 自分にも眠気がやってきていた篝は、まあいいかと思い、ジャケットを脱ぎ、丸めて枕代わりにして身体を横たえた。


「あまり時間は信じられないけれど、肉体はそうみたい」


 どこかからマットレス、シーツ、布団に枕を取り出した彼女は、篝を手で招いて続ける。


「少し休みましょう。できるうちにしておくのが一番ですもの」


 二人には少し狭いが、今まで使って来たものよりは格段によい寝床だった。身体を丸める癖のある彼女だったが、全身をまっすぐのままにできて、空気のように暖かい。

 あまり何を考えるでもなく、すぐに二人は眠りに落ちた。それから少し遅れてポッドが収縮し始めていることには、誰も気づきはしなかった。我あるゆえに我ありなのだから、当たり前と言えば当たり前であった。



 ————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る