第32話 きかいにだって
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「君に慈しみのようなものがあるとは驚きだね。それとも生きている理由でも見つけたかい?」
「あなたこそ、破壊衝動があるとは知らなかったわ。人の中の命を何だと思っているのかしら。カタルシスのつもり?」
どこか似た姿をしている彼女らの声は、どこまでも鳴り渡る。甲高い交差の音をバックグラウンドに、二人はわずかに息をつき、離れて声を出す。
「イヤダ!タスケテ!ダレカ!」「Uryc! Uryc! Uryc! Uryc!」
それを背景に、助けを求める半壊したオートマタたちが互いを喰らいあっていた。どんなバグが起きたのかはわからないが、一つわかるのは誰もが救いようがない、ということだけ。
まだ理性がある者もいれば、動物のようにテープを繰り返しているだけの物、機能をしていない身体が勝手に動いているだけのものがあって、それらはそれぞれで生きようとしているだけに見苦しく、愚かしい。
価値の高いものを飲み込んでいくゆえに、全員が全員自らを壊していた————余波で新たに負傷するのが増えたならば、さらにアポカリプスは広まるのである。何かで埋め合わさないとと、いつの間にか均質化されてしまったそれらは根源を求める。
最も純粋な根源であるソフィアに救ってほしいと、彼らは彼女にに向かい求める。
先ほど子供のように見えたものから、アーティアを優に超える巨大なものまでさまざま。しかしそれらは二人の戦闘の余波で次々と破壊され機能を停止していく————あんなものとずっと隣にいたんだなと改めて思いつつ、多量の警告が神経から送り込まれるままに、篝は限界に近い速度で逃げる。
息を忘れるほどに、無意識にどれだけ走ってきたかを消し去るほどに。
自分が自分である限界こそ超えられないものの、自分もはみ出しつつあると考えて、篝の目がわずかに閉じる。
瞬間バランスを崩して点灯すると、転倒しかかったのを支えたはずの左腕が、まるでクッキーで出来ていたかのようにべしゃり、無慈悲に崩れ落ちて驚く。
恐ろしいことに、痛みが一切ない。
どころか、すりおろされて亡くなりかけていたその腕すらも、瞬きをしている間に半透明で戻りかけているのだ————それはソフィアの発揮する力の断片が、篝に流れ込んだためであったが、少女には知る由もない。
やはり自分も人外となっている。それだけはわかりつつ、無意識に襲い掛かって来た子供サイズの機械を身体が防衛本能で蹴ると、全体が粉砕。
「イッパイ、イッパイ、イッパイアッタ」
ボールを取ってやったのと同型が、そう笑いながら機能を停止するのだった。
散らばるアーティアとほとんど変わらない感触、残ったままのボールの柔らかさ、その力を振るうことを、ずっと人任せにしてきた罪悪。それらが彼女に嫌悪を催し、篝は銀の砕けた皿のようなものを、ちょいと手を伸ばして拾い上げる。
誰とも変わらない指に、ぴとりと冷たさが押し込まれる。
自分を決めるということは、優しい道を歩くと言うことではない。むしろ危ない道を、死ぬよりも苦しい道を、そして許されない道を行くことすらも、自分で決めたのだからするしかない。
そうか、私はそれを忘れていたんだ。
冷気が篝を撫でて、少女は尽きない呼吸で走り続ける。速度がだんだん上がっていくのは、無意識のものか、それとも意識的なものか。彼女は変わらないでくれと祈る。
すぐに来た道をたどり終わって、彼女は機械人形のシャッターを見つける。それを力技で引き上げる。
バキンと力に耐えられない肉体が、また瞬間的に復帰する。
「アーティア!」
それをなかったことにして、急を告げるのは、ソフィアも同じようにやってきたことなんだろう。強がって無理をするのは、きっと誰もがすることなんだろう。
自分であることを決めたなら、壊すのも戻すのも、自由ということだろうか。篝は消えた痛みのように、つんざく。
「かがり……!これは……なにがやってきたんだい!?」
幸いに彼と、作っていたマシンに大きな損害はないように見られた。篝は自分がこんなことをするのも、願いには反するのになぁとどこかで思いつつ、答えた。
「わからない……けど、ソフィアとは敵みたいで、殺そうとしてて……とにかく、あなたにってだけ言われて逃がされて……」
その続きには、当然ながら反語がある。
自分を捨てたいという思いがずっとあったくせに、たった一つの正しいと信じられる目的を手に入れてしまって、篝は絶対に引くつもりがない。どうでもよかったはずなのに、今ではすこし捨てがたい。
「でも私は……あの子を助けたい!だから!」
しかしそれをする力もない。それをする経験もない。戦うことは好きではない。できるわけもない。無力なんて自分が一番わかっている。それでもなぜか、彼女はそうしたいのだ。
「あのばか……さいごのさいごまでやっかいをもってきて……!わかった、むかおう。たすけにいこう」
だからアーティアが言ったことは、むしろ彼女の望みとは逆のことだった。彼女は欲しかった。誰かを助けるだけの覚悟と力が。自分の手で、彼女を助けてあげたかった。でもそれを扱うだけの心というものが、篝にはないのを見抜かれたのだろうか。
少女はわずかに潤んだ眼を、気のせいにすべく瞬きして言う。
「……わかった。でも、何を持っていくの?ヘタな武器だったら、むしろ邪魔になるだけだよ」
そして受け入れたことにして、今できることをすべきだと切り替えた。篝が心でそうするのと同じように、アーティアは物理的にそれを行う。機械を操作して、さっきのように腕輪を篝に着けさせる。
今度はわずかな痛みとともにがっしりくっつくと、車くらいはある別のユニットが走ってきて、急激に持ち上がって折りたたまれ、ほとんど重さを感じない、バングルほどにまとまる。
フィッティングかと思った篝はわずかに思考を止めてから、すぐに飲み込んで復帰し、いきなり何をと見てから言葉を続いた。
けれどその最初のなにがしかは、同時並行だった行動につぶされるのでもあった。
彼は自分の四肢を分解し、明らかに破壊を目的としたものに付け替えていた。
巨大な飛行用エンジン、格闘用の武骨なアーム、筋肉を模した防御装甲。それらすべてを統括するための、見たこともない追加機械。
決意というものは、したことのある人間には伝わると、彼女は考えていた。目は座り、血流は増し、身体は目的のために全てを捨てる。何かを決断したのならば、それを完遂すべく、肉体は働く。
その中でも特に、自分を考えていない決意は、すぐに読める。
「……もしかして、それって…………!」
「さぎょうはあとでも、きょくろんはほかのだれでもつづけられるからね————いまはそふぃあのところにいそごう」
「……嘘つき」
嫌な予感がして、彼女はそれを止めようと思う。
「だいじょうぶ、しぬつもりなんてもうとうない。それに、おーとまたはうまれかわれるんだよ?」
けれど彼は巨大な肩をよりおおきくすくめた。
「じぶんがどんなじぶんであるかくらい、きめられる」
どうもそれは感情表現でありながら、姿を変えることの予備動作であったらしい。両腕が引っ張られ、腰から下が90度右を向き、あれよあれよと様々が収納されたかと思えば引き出され、レトロの世界を飛ぶモビリティとなる。
鳴ってはいけないのが響いて、隙間から破片が一つ、吐き出される。
「きみはくるしくても、いくらかはたたかうときめたんだ。ぼくだって、なんのためにいのちをかけるべきかくらい、きめた」
細い腕を身体から引き出して、彼は篝を載せる。
そしてすぐ二人は、壁を突き破らんとした速度で飛び立つのだ。
「きかいにだって、————はあるんだから!」
なんとまあ、単純なことだった。
弾丸のような加速をする彼は、ソフィアに乗せられたものの10倍は速いけれど、それにしては風を感じない。
篝はそっちじゃないと上体を曲げる。
行くべき先は、あっちだ。君がそうしたい先は、そっちなんだ。
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