第29話 サイバーコネクト

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 システム音声がまずは彼の言語で起動を示した。同時に形状がウニめいた針の球となり、続いてその一本一本が時計のように廻りだす。


「Syokiコンタクトfrvwbh、サイバーコネクト start。」


 中から響いてきた声が、少しずつ言語が篝に理解できるようなものに変わっていく。同時に箱の形状も、人からハサミから、ありとあらゆる道具を形成してから動物に遷移。動き始めるかと思ったら、今度は逆に球体になってガチリと落ちる。


 万華鏡のように、いくらかは理解できるけれども想像がつかない————けれどそれはうまく行っているようで、アーティアが目の光を翠にしながら言う。


「キョゼツモデナイ……ドウヤラ、ソウテイイジョウニフカク、キミハツナガレルラシイ」


 すると箱が一瞬赤い色をして、少女の脳裏に複数の人間が見えた。

 彼女らは何万本もの桜の花びらの下で、思い思いの和装をして、同じ曲を歌っていた。ところどころ異界の耳がわかる。差し込むように複数の感情が惹起されて、そのどれもが重たい。何の映像なのだろう?


「ナニガ、ミエタ?」


 これはアーティアが送って来たのだろう。

 同時にヴィジョンの中の彼女らが、篝に話しかけてきた。それらはそれぞれの方法で、声色で、彼女に諭してくる。こうするほうが楽だよと、こうするほうが落ち着いていられるよと。


「嘘を言いなさい。嘘を言うんだ。嘘を言って」


 どちらを信じればいいのかわからないが、ひとまず彼女は見えた通りを言うべきなのだろうと、アーティアを信じ答える。


「……私と同じくらいの子たちが、歌っているところ。その誰もの、なにかずっと知っていたような記憶が見えて、わからないけれど、とても湿っている。そして何か、言わないでって」


「ナラバスコシ、フカスギル……ソレデハキット、キミハドコマデモオボレテシマウダロウ…………」

 すると彼は何かの操作で、送り込んできたものを変更した。


 代わりに落ちてきた微妙な曲線を描いた流星が、瞬間的に増大する青の光を篝に叩きつけて、ほとんど同じベクトルの、カラリとした感動を代わりに作り始めた。


 跳び上がった瞬間を維持しているような気持ち悪さがある。ずっと持ち上がるのではなく、落ちるのではなく、最初から動けない。けれど先の全部ばらばらの意思を押し込まれるのよりは、少しマシだった。


「コンドハドウダイ?」


 心配そうな彼に、その対象はシンプルに答える。


「…………夜を統べるような蒼い流星。背景に市街が見えて、生命のコントラストが、何か持ち上げられるよう」


 すると僅かに考え込んで、アーティアは機械を停止させた。

「マダ、フィルタリングハフジュウブン、カ」

 そして心配を憂いに変えて、本当に彼女と行くつもりなのかと白の少女に向く。


「ソフィア。コレデハスグニオボレルヨ。カノジョハソウテイヨリチカスギタンダ……ウゴカセハスレド、モドルコトガデキルカハアヤシイ」


 表情を表わせない鉄板の顔に、見えないしわを寄せて、機械は篝から腕輪をはずし機械をシャットダウン。それから箱のパネルを開いて、中から大ぶりな斧とレンチを取り出し、ちょいちょいといじる。ソフィアがそれに肩をすくめる。


「負荷なら私が代わればいいし、帰るのも彼女一人でいいわ。それでならどうなる?」


「ボクガ、ユルストオモウカイ?」


「許す、許さないじゃないわ。私がそうしたいの。だから、それでなら————」


 ソフィアの言葉が最後まで行く前に、窓があれば割れる圧力が鼓膜を殴った。


「Bebxnzbab!Fbaan zbab jb jngnfuv tn lhehfhgb qrzb bzbggnxn?!」


 それはアーティアの激怒だった。

 同時にバスンと爆発が起きて、彼の首から上が吹き飛ぶ。あまりの怒声に彼の機械が耐えきれなかったのである。


「ネグラール!?」


 驚いたソフィアは急いで走り出し、状態を見るとすぐに部品を取って帰ってきて、アーティアに接続。破損したユニットを切り離してもらって、分離された頭をすぐにつなげ直す。


「あなた、自分がいくつだと思っているの……もう交換部品はないのに、そこまで…………」


 ググゥと歯車と電気回路がかみ合うと、何とか動く古い頭が回る。ピカリとアイランプが点灯して、そこまでよろしくない質だった機械がいくらかマシに、働きだす。


「……あさまではまってくれ。そうしたならば、やれるだけをもってきみらのあんぜんをほしょうできる」


 そして急に大声を出して悪かったと、彼は篝に詫びる。

 新品になったことで、声の質はクリアになっていた。エージングがないのでハリはないが、しかしいくらかはわかりやすいか。だがそこまでして声を張り上げるとは、彼の中にはどれだけの想いがあるのだろうか。


 大丈夫だよと言うと、アーティアはすまないねと返事した。

 彼の中にはやはり、誰に対しても心配と慈しみがあるのだと、篝にはわかった。


「ありがたいわ。でもいつまで待てるかは、私が決めることではないの……ウィズは明日には丸め込まれるでしょうし、追っ手が一人だとは限らないもの」


 その合間を縫って、ソフィアも頼む。時間がないし、頼めるのはあなたしかいない。そんな風に伝えられれば、アーティアはどう頑張っても脆い。


「またしかくか。ふりはらってねがうけっかがおなじというのは、わたしとしてはやるせないが、しかしきみもなんぎだな」


「ユークリッドにねじ曲がったものは、戻しても安全かはわからないもの。足を乗せた地雷が空き缶とは誰にもわからない。あちらは私もそこいらの魔女と同じに見ているのよ。使えるか使えないか、見極めていないのかもしれないわね」


「…………ぼくでさえあいつらよりは、としうえなのにね」


 彼は最初から決めていた通りに、これから何をするかを決める。これからどうするべきかを、わかっていた通りに進め始める。なるほど、かなりの年月を重ねたと見える————この二人の間に割り込むのは、聞くべきと思っていることを口にするのは、果たして良いことだろうか? と思えるほどだ。


「……………………あの」


 だからしばらくして、二人だけのさまざまの会話がやっと終わったところで篝は口を開いた。


「その前に、これについて説明をしてほしい、んですが……」


 当然彼女が示したのはあの箱。身を守ってくれるものとはわかるが、どう使えばいいのかも、どういうモノなのかも、そもそも何をするのかすらも聞いていない。

 それを言うとそういえば忘れていたという顔をして、最年長は顔をそむけた。


「そふぃあ?」


 君はいくつになってもそうなんだね。そういう話はどれくらいの間続いただろうか。上下する音のリズムが心地よく、彼女も人間だったんだなぁと篝は実感した。



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