第26話 あなたであればいい

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「世界樹というからには、その樹は天と地をつなぐものって言うのはわかるはずよね」


 そうつぶやきながら、ソフィアは篝の手に人形を乗せた。


「うん。それを切られたから、あなたは年を取らなくなった、というくらいはわかってる。何を運んでいるのかはわからないけど」


 それを受け取ると篝は、彼女に小さく傅く人形が体を横たえ一本の木と変わるのを眺め、答える。間違いないと彼女は頷く。ソフィアが続ける。


「そう。そして切断の残りは妹の家系に継がれていって、そのうちの一つがあなた。本当は人に一つだけあったのだけれど、分かたれたせいで、僅かにこっそりと、ヤドリギめいてあるものもある。今、それはそれでどうでもいいわ」


 それは両端を箒にしたようなガラス細工になり、そこから一本、明らかに違う色のガラスが生える。それは少女から光を吸い上げ生き生きと葉を生やしてから、、それはそれとしていきなり途中で流れが寸断されて熱を失う。普通ならばぽとりと落ちるようにそれは一瞬空中で震える。


「問題は、それは心を吸い上げるということ。でも先がないならどこに吐き出す?どうやって育つ?木であるのなら、成長の為に増えねばならない。どうやって増やす?どうやって、隙間を埋める?」


 けれど、切断されたまま木は空に残った。少女は白い粒をを手で作って、入るかなと押し込もうとする。当然異物を感知して、木はそれを電撃もって破壊する。けれどもほんの僅かだけの何かは浮遊して、そちらへと向かう。


「戻っているはずなのよ、一部分ずつは。繋がっているはずなのよ、それらは。なのに断片のままで、私の肉体は時間が進まない」


ほんの少しは人が死ねば戻るのだろう。けれど、まだ彼女は生育に至っていない。ということは?


「……じゃあ、仮にすべてのカケラが戻ったとしても、あなたはまだ————」


「そう、埋められない。戻ることはできない。普通に人が死んでゆくのなら————埋めきれない、普通に人が死ぬのなら。それが幾多のカケラが平穏に死ぬのを見続けて、やっと手に入れた結論。マトモな生死をしてしまったのなら、そのカケラはただカケラのまま、ずっと私の中にあり続ける。癒合することなくね」



「じゃあ、どうやってあなたはつなごうと……?」



ソフィアが求めていた質問を篝がすると、少女は木の切断時に飛んだ破片を集めて熱し、引き延ばして細い線とした。


「そう。それが大事なところ」


それをぺたりと貼り付ければ、ひどく弱い光が繋がる。電球を切れかけの電池で光らせるような、そんな弱々しい光。けれどもまだあたたかい、命の光。


「集まって戻ったカケラを探して、形を変えてつなげていく。そうすればわずかでも世界樹は機能を取り戻す。そうすれば私にほんの少しずつ時間が流れ込む。それがほんのちょっぴりずつ、私をつないで戻していく方法」


それがどういうことかとソフィアは答えた。

けれど、そうなんだ、と半分喜びを表したところで、彼女は続けた。


「だと、思っていた」


ソフィアは小さくしなび始めた模型を手のひらにたたみ、葉っぱにまで戻して示す。それは少しずつ赤く染まっている。

少女はうまい具合にできているでしょと、篝に手渡した。


「ならどうして今まで成功しなかったか。不思議に思わない?」



同意を求められたが、しかし答えてほしくないらしく、彼女はもう一度、震えた指で抑えるのだ。


「思わなかった。私は何も想わなかった。そのカケラが人であることに対して、何も考えてはいなかった」


篝の手の葉が、苦しみにもだえて楓めき、助けてくれと無数に分かれた腕を伸ばした。びっくりして放り投げたら体積を無視してまだ求め、そのうち細さが限界となって砕け散った。それは怨嗟と怨念と、憤懣のみで満ちていた。

苦しみを添加してソフィアを再生産した、そんな感じだった。死にたいのにどうして殺してくれないんだと、叫んでいた。



「人を、人の持つものの姿を変えることは、それがそのものではなくなることを意味した。当たり前だけれど、それは私のことでもあったのに、他人事だった。切っていないから大丈夫だと考えていた————形成する部分を変形させられた一人は、崩壊の苦しみの中で望みを叶えた。けれど眠ることはできていない」


私はそれに踏み込もうとしているのだ。踏みつぶしたはずの警鐘が、ガンガンと叩かれているのを篝は感じた。


「私の苦しみを、死んでなお彼らは味わうことになった。彼ら自身ではなく、あくまで私の一部分としての彼らだったのだけれど、共有していたが故の悲劇だった。ちゃんと生きて、ちゃんと死んだはずの皆でも、死んでしまいたいと世界に流すようになった」



これ以上は踏み込んではならないが、しかし踏み込まなければという強迫観念が、それを叩いて壊す。


「私の中には、私だけがいるわけじゃない。百、千、万。数えきれないくらいの私と、私だったものと、そして彼らがいることになった————それが100年を過ごすだけで、私に必要だった彼らが自ら死ぬようになったわ、彼らの痛みで。だから」



篝は無理に、発言で切り裂いた。



「私を、それにしてつなぐの?」


求めていた言葉だったので、ソフィアはいくらか暗い顔で答えた。


「そう。だけれどそうではないわ。あなたは何にもならない。ただあなたがあなたであればいい」



彼女はガラスの破片を手で集めて、分かたれた木と細く伸びる細線にして、現状を表わす。


「私にないのは、あなたの根本が一番近い。だから探すの。その始まりを。『根源』を。あなたと繋がっているはずの、与えられたはずの、切片を与えられたオリジナルを」


そこに人間を二つ作って、一つは宙を、もう一つは線につなげて、彼女はふよふよと漂わせた。

二人が乗っていたエレベーターは減速を始めていた。身体にかかる重力が強まっていくのが、響き始めた外からの風で分かった。



「……でもそれは、ありていに言えば虚無へのダイブ。どこにあるかもわからない、対話できるかもわからない根源を探すための。しかもそれを変えられるかもわからない決死行。変わらなかったのなら、戻る方法も分からない、本当に最後の方法…………」


急にしおらしくなったのは、付き合わせて悪いという意味なのか、今まで連れてきた者たちへの申し訳なさか。

でもそんなことくらいで。



「…………いいよ。別に。私ひとりなんて」



いまさらその程度を無くしても、困るようなものなんてない。それが誰かの為ならば、私は何でも捨てていい。その方が10倍は価値がある。

そう肩をすくめて見ると、白銀が篝に近づいて手をつき、声を荒げた。ゴンドラの中に押し付けられて近い顔は、怒りが混じる。


「それはあなたの言葉?それとも、彼女の言葉?」


間違いなく自分の言葉なのに、なぜ彼女は?篝には理解できない。墨染が少女に真摯に、目を向けて答えた。


「私の言葉。いつ終わってもいい、いついなくなってもいい。いつだってそう思ってる。それが間違いない、私自身の言葉」

「嘘つき」

小さな反駁。



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