第25話 どこに続くの

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 根の国。ウィズはこの地のことをそう伝えた。確かに最初の大地は植物だった。しかしソフィアらが走るこの風景は、日出国ひいずるくにを再現したようにしか見えなかった。


 左側の標識、小さな小さな住宅。廃道の末にいなくなっていく人の存在感。その様子を見ながら、篝は問う。


「ソフィア。この先、どこに続くの」


 いなくなっていくものを辿ることを、自分もしたことがあるからなのだろうか。

 少女は知っているでしょうと示す。ここが根っこなら、その先に行くべき場所は勿論。


「ウィズが言ったじゃない。『幹の国』よ」



 それはそうだった、わかっていた。だからこそ問うのだ、ここは本当に見知っている根というものであるのかと。



「ここは『根の国』なんだよね?それにしては、吸い上げる土も、住んでいる虫とかモグラとかもいない。いるのは私たちと、上に載っている機械?みたいな人なんだけど…………」


するとソフィアは冗談でしょうというばかり。


「あら、あれが住人に見えなかったの?」

そして冗談でブルンとアクセルを開けた。 


「あれ……あの、機械たちみたいなひとが?」


 ほんの僅か、ウィズに引っ張られるまでに見つけたものを思い出して、篝は自分を機械だと言ったカタコトあれを頭に浮かべる。しかしあれが生きているように見えず、彼ら自身が言っていたように皆すべて機械であるとしかわからなかった。

だからソフィアは、しょうがないことよと息を吐く。


「皆、機械。そういうしかないのよ。定義というものはそういうもの。例えばあなたは名乗れと言われて、私の名前を答える?」


そして珍しく雑な説明をしてくれた。


「答えないわね……私には『大空篝』って名前がある」


 なるほど。そう答えて、篝は納得する。

自分が人間だとしか自分のことを言えないように、ということか。


「そういうこと。彼らは何かのための機械であるとしか定義されなかったのよ————だから困って、定義の末端にいるの。だから彼らの空は、可視の末端の色。でも名前でも目的でも手に入れれば、彼らは変わるわ。だから機械なのよ、彼らは」


 そしてその納得をすぐに取り消して、やはりソフィアの言うことは、まったく訳が分からないなと肩をすくめた。



 説明のための説明、理屈のための理屈。なぜそうなっているかは分かったけれど、それがどうしてそうなのかまでは、篝に理解できない。なので頭そのものをブルンと切り替えた。


 枯葉の多い荒れた路盤に入って来た上に、上り坂。

トルクが欲しいらしい。右の手のひらをひらいて、ハンドルを撫でれば、小さな平面が開けるようにパワーが上がる。


「風景が変わるわ。目をやらないように」


 固着した夜のとばりに突っこんで、二人は紙の立方体をひっくり返したように世界の裏側へと落ち込んだ。いや、元の世界へ退出したというのが正しいのだろうか。そこは反転した色なのだ。



 紫色の空を見て、ゲームのバグに似ていると篝は思った。



「サブ世界からの帰還————これについては、何も言わないことにしましょう。もう戻ることも使うこともなさそうだもの。それはさておき、篝」


けれどバグを起こしているのは自分の方だろう。そう思っていたところに唐突に質問がきたので、篝はびくりとする。


「あの人のこと、聞いてる?」


 ソフィアはブレーキをかけて、ふーと息を吐き、脚で支えてスタンドを立てる。飛んでいた場所は、初めに落とされた世界。


「あ、うん。ローゼン・シラギクっていうのは聞いたけど……」


「そう。ならいいわ。あの人は敵でも味方でもない。これからがどうなるのかは、あなた次第になるだろうから」


 そして彼女は、後ろの篝に降りる様に促した。ぴょんと彼女が降りて見ればマシンが透け始めていて、この調子なら数十秒後にはなくなるだろうと、彼女は礼を言うようにわずかになでた。




「さて、これからどうしましょうかねぇ」


 場所はウィズに連れてこられた、根のドームの入り口。少し風景が変わって、立方体を積み重ねた何かが天に見え、妖精めいた樹木は、ただただまっすぐな幹とフラクタルの葉。

 位置関係そのものは変わっていなかったので、天の側に何かがあったのか、ということしかわからなかった。


 ソフィアは篝の手を引いて、どこかへと歩き始めた。



 篝も逆らうことはなく、何もなくだだっ広い木の足場を、どうにかこうにかまっすぐ進む。遠くに小さく工場が見えていて、そこへ向かうのだろうと容易に想像がつき、篝はならばと思い出す。


「そういえば、なんだけどさ」


 その続きを言う前に、銀の少女は人差し指で押さえた。


「私たちが今いる場所、これから何をするか、でしょう?ちょうど説明しようと思っていたところ。大丈夫。しばらくかかるけれど、伝えるべきことはすべて伝えるから」


 説明するときの癖なのか、世界樹の時のようにソフィアは手を動かした。何かを使って形に出して、表そうとするらしい。

 今度は空気を媒介とするらしく、魔法で出したガラスで包んだならば、それが輝く。最初は馬のように、次は鎧のように。


 小さくなって潜って消えて、ソフィアは肩をすくめて新しく一つ作りあげるのだ————それは歩くのに合わせて進む。


「では『世界樹物語』。少し休みのはじまりはじまり」


 そして始めるところで、彼女はドームの中にあるさっきは生えていなかったレバーを力強く折れそうなほどに降ろすのだ。



 爆発でも起きたかのように強く、機械が動く音がして、僅かに重力が弱まって。降りていくことが、篝にわかった。



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