第23話 旅は道連れ世は情け
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「話したいんだ。いるんだよね、君の中に」
理解できないことを理解して、おさめられた感情をさらけ出すべく、篝はウィズに語り掛けた。どうすればいいかはわからないが、どうしなければいけないのかだけは、わかっていた。彼女は返事を聞くこともしないでウィズの胸に手を当てて、鼓動を確かめてから続ける。
「いや、いるよね、ソフィア」
圧しつけるとぐにょりと入り込んでいって、そこからさらに一つ突き抜けたなら、誰かの柔らかさへと突きあたる。それを取るべく少女は腕を伸ばした。されたのと同じなのを、返さなければと思ったからだった。
「すこし、遅かったんじゃないの?」
それは間違いなかった。
だから篝はつかんでくれたことを確認して、力いっぱいどろりとした空間を引っ張り、そこに誰かがあることにしてガッチリと握りしめる。まだ誰でもないけれど誰かであるそれを、本来の一人にしたくて彼女は願い続ける。
君は君だからと、それは間違いないのだからと、形にする————自分のブーツを自分で引っ張って飛ぶことはできない。誰かをもう一人の自分で引っ張って、誰かに入れてもらえなければ、彼女はずっとそこにいるだけだ。だから誰かがいるんだ、カケラと彼女が呼ぶ誰かが。
ウィズの中から細い指が現れ、カガリの胸を熱くする。それをもう一つの手でつかんでいた手首が現れるまではすぐで、二の腕、肩。そしてついに頭。時間をたっぷり吸った銀の輝き、対比する兎の目。一つ一つ、現れていくのはこの世界の主だ。
身体が全て抜け出すと、篝のポンチョが吸い込まれるように纏われていき、白磁が薄い桃のオフショルダーと黒のロングになった。
それから切れ目のないひだが揺れ、まっすぐに胸に収まって捕まえる。
まるで生まれ変わるかのようだった————これが私が必要だった理由かと、彼女はそれに微笑みかけた。
「ただいま。蝶とあそんでいるのは楽しかったわ」
さんざんヒントを出していた少女は、引かれるままに目の前の友を、抱きしめ返すのであった。
「何もちゃんと言ってくれなかったくせに。」
「それはそこのナビゲーターさんに言ってくれない?私は手が出せない状態だったのだから」
「行動の偶然をヒントにするのは、僕にもわからないっての!」
「それは失礼」
ソフィアは珍しく、柔らかな表情でくすりと砕けた。
「でもちょーっと想定外はあった、かな。あの神父さんとか、ナビゲーターがウィズだったとか、あなたが自分を決められるようになるとか」
そして空の栓を抜いて、ウィズにガラス瓶を差し出す。しゅわりと弾けるのはコーラではなくソーダで、飲み込んでしびれる少年は、快くて目を閉じる。
「それは君が入ってきた場所が悪かったからだろう?あいつの思い出の場所なんてなんで使ったのさ」
「だってこうでもしないと、この子は気づきやしないもの」
ソフィアは服を整えて、手のひらで小さな光を描いた。パフめいたラインのそれはドアを開いて、ガレージになって乗り物がある。そこにソフィアはずっといたのだろうか、飲んでいたらしいカップ。
「私には少し窮屈だったわ」
彼女が引き出したのは、バイクともトライクとも、サイドカーともつかない複合した機械だった。エンジンで走ることだけ分かる、三輪の奇妙な連合体。長いこと使って来たらしいアンティークで、おそらく300年は経過したらしいと見えた。
「それさえなかったら、僕はもうちょっとゆっくりトレースしてあげられたのになぁ…………でもまあ、結果オーライなのかな?」
ウィズはそれに触れて分離させて、タイヤ一つの上にまたがる。
「それもそうね————でも」
ソフィアは篝を抱き上げて座らせ、ハンドル握ってまたがった。
「よぉお嬢ちゃん坊主!今日はどっちの味方だい!?」
「やっぱり時間はかけすぎたみたい」
ソフィアが右足を踏み込んだ。やってきた新しい人影に気づいて、どうすべきか篝が無言のうちに飲み込んで乗り込んで、それを確かめソフィアはブレーキを解く。
アクセルにあたるのを押し込んだだろうが、エンジン音というものは一切なかった。代わりに低いようで高く唸る、風とも鈴ともつかない理の外の音が響いていて、弾ける石の音と合わさり、何かの演奏の様に届く。蛍と鈴虫のように、森と草原のなかに存在している。
「そうかいそうかい。じゃあさぞかしこい君は、ローゼンが勝つか僕らが勝つか、どれくらい賭けられる?」
「1ポンドか25セント、どちらがいい?」
「もう25セントを選んでるじゃないか。幹の国までは長いよ?」
「旅は道連れ世は情けよ」
ちょいと冗談を重ねあって、ウィズがソフィアを代弁する。
「カガリ。逃げるよ」
同時にソフィアが右手を回し、スタンドを上げ、タイヤが噛んで、走り始めた。
コートの男————ローゼン・シラギクは右手に球殻の内側に棒を生やしたものを握っており、ソフィアに向けると青白く力が働き、飛行を始める。チェイスの始まりだった。ウィズは彼に向けて、叫んだ。
「ローゼン!残念だけど、今日はソフィアの味方かな!」
それが
二人の姿を隠すほどの紙束が袖から飛び出し、硬く光って覆い隠す。銃弾の列と爆風が内部で働いて、止まることなくソフィアへと向かって来る。
ギュンとマシンが、弾丸のように飛び出す。
「そうかい!」「篝!」
二人の声が同時に響いた。
速度はほとんど同じ。一人分で軽い分、初期加速はローゼンの方が上だった。振り落とされないようにしがみつきながら、篝は後ろで男が銃を取り出したのを見る。
「嬢ちゃんだけ片せればいい、どいてくれよ!」
彼はそう割り切って、トリガーを引く。
対抗にソフィアが何かを出そうとしているのがわかったので、篝は左に身を抱いてギリギリまで重心をずらした————彼女は十分出せるまで離れたとみれば、まるでショットガンのように飛び出したコウモリが円を伴い結晶を生む。
「ここには嬢ちゃんしかいませんけれど!」
そしてそれが、線となって蜘蛛の巣のように広がり絡みつく。男の銃から発射された弾丸と、彼自身を捕まえるネットとなって薄く伸びる。
彼は身をひねって銃を絡ませ、生まれた隙間を丸まって回避する。続いて球殻を足に挟み込み、両手で空をこねて赤を生む。
避けられるか。
ソフィアがペダルを踏んで切り替えると、タイヤが横倒しになってファンとなる。ついでにリムも何ぞの魔法円らしく、砲弾になった加速。
ウィズが同時に地面へ手を伸ばし、僅かに土をすくって突く。ドスンと力が加わって、無かった道に高低差。
「逃がすかっての!」
視線を瞬間的に切られた彼は、手の内を変更。その余波に頬を汚しながら魔法を使い、彼は三人の進行方向に穴をぐにゃりと開いた————あまりの速度ゆえに回避できず、飛び込ませられた虚無を通って戻った場所は、今しがた放った線の場所。
「!」
言葉を発する暇もなく、ソフィアによって二人が投げ飛ばされた。
そしてマシンの勢いでソフィアがネットにぶつかって、見たくもない細切れに裂かれてバラバラになる。
凄惨な現場————しかしそれがどうということはなかった。
細切れのままシルエットをそのままにして、彼女はワイヤーを篝へ飛ばして引き込み、無事だった腕で抑えて続く。
ウィズもギリギリワイヤでつながれていて、地面との摩擦を無くせば引っ張って戻せた。ソフィアはその状態でネットを切り裂いて消滅させて、腹立たしく呟く。
「……人を殺しかねないと言っているのに」
その顔でジッパーで閉じるように諸々の分割線がふさがりながら、ぼろきれになった服をおさえて少女はハンドルを握り直している。
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