第22話 乱数表
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「でも意外だった。まだ出会ってそんなにたっていないだろう?なのにソフィアについてが大きいらしい。一体何があったんだい?一体何が、君を魅了してやまないんだい?」
ウィズは危ないからと銃身を握り、ホルンめいて綺麗に曲げ、久留里くるりと引き抜いてから、ビードロ細工するように膨らませる。そしてトリガーとか機関部を力技でブチ壊してから、答えようとしない彼女へ楽しそうに続ける。
「僕が重たい感情持つのならわかるよ。なんてったって長い関係だから————生まれてからの付き合いだし、生き死にの為に何度も旅をした。これからだってするだろう。でも君はそうじゃない。なら利害関係があるかと言ってもそうじゃない。かけるだけの命もない。死ぬためだって言ってたのに、どう考えても前に進もうとしている。……僕には君がわからないよ、篝。だから君は、面白い」
ウィズはピエロめいた顔をして笑っていた。
引き裂けるような唇と、吐き出すような声、そして泣いているような目。感情をループして多重で乗せたような、人間が何かを演じたときのような。奇妙で可笑しい、あっていいのかいけないのかがわからない顔。そこから皮膚の色が文字通り真っ青になって行って、ウィズはそこいらへ倒れこむ。
冷たい溶けるようなはずの土は篝の時とは違って、ベッドのようにふわりと包み込んだ。そして怖い顔を解いて彼は、まともに笑っておどける。
「はは。そうね、篝。君は不条理だ!」
不条理、か。誰がそれを言うのだか。
「乱数表、とか?それみたい。統一されてない!」
彼女は時計を出して、振り子遊びに振り回した。そして袖のフラウンスを振り回して踊り、月を吸い込んだ髪を広げる。彼女は白く、巨大な雪像に登るようにして地面に眠ろうとする。
「乱数表……どこかで聞いたような気がするよ」
それを篝は、溜息つきながら引き起こして微笑んだ。
「そうだね。そう言うと書いたからね、その表に」
またそれは、意味の分からないことを言っていた。
「読めるの?それともわかるの?……私にはわからないのに」
「すぐに気づくよ。強制力はないけど、そばにあるから」
パチンと指を鳴らして、ウィズがそこいらの草に火をつける。残骸の床から木の板を引きはがして、
まだ何かよろしくない気分があるが、篝はそれは一度どこかに置いておくべきだと、一緒にあたることに決める。
ひとまず彼女は小さく感情を丸めて、遠くへとやって。
「火をたくのは動かないときって聞いたけど」
ひっそりとこっそりと、問いかけとしてつぶやく。
まだ日は高い。手の影を目の休めにしてもいいくらいで、夜までは遠く長いのだ。そんな時間から火を焚いて、今日の日のおしまいのおやすみにするんだなぁと篝は考える。ウィズは尻に根を生やす。
「どうせやってきても、追いかけられるんだからしょうがないよ。あっちはついてくる気満々だし、それに、ねぇ」
彼が篝でないのに語り掛ける。その方向へと目をやったなら、空のひずみが目に映る。十字に液晶の映像をテープで引っ張るようなもので、人間の開胸機に当たるものが、空間そのものにもあるのだろうと思える変な歪みだ。
何かを押し広げるためにあるらしい平面の収縮が、しぼんでは開いてゆくのが何度となく繰り返されて、穴が広がっていく。それがトランク大になったところで、赤い何かで包まれているものが燃え盛りながら落ちてくる。
「……!篝!」
それと同時に同様の穴が小さく開き、空からジャガイモ大の物が落ちてくる。ウィズが偶然にキャッチすると手りゅう弾で、丁寧に十字と文字。ひとりでにピンが抜け、安全レバーがはじけ飛ぶ。
7秒後に致命事象。篝はそれを奪い取り、急いで放り投げて身を伏せた。
真円を描いた真っ赤な熱が崩れ落ちて、形を残していた倒れた屋根を蒸発させ、青から白に変わり見えなくなった。高エネルギーの波は二人を飲み込むかと思えたが、熱傷を負う気配はなかった。
吹きとばすこともなく、光も目には耐えられるもの。幾らか焼き付いて反転した光を目に、少女は何が起こるかとあたりを見回す。
類似のが四、五は起きていて、きっと彼の持ち込んだ武器のせいだとわかる。外から蒸し焼きにするつもりなのか?あの男は。
考えると同時にまた同じのがやってくる。身を隠す。爆発、爆発、爆発。
しばらく身を伏せて轟音から身を守って、何も音がしなくなってから、ひとまずこれ以上何もないと安心して、篝はどうなったのと周りを見た。最初から何もなかった田畑は、もはや更地になっていた。
ぺんぺん草の一つも生えていない、自然発火で消え去ったそれは、どう見ても荒野か戦後か。そういう映画の撮影で用意されたのではないか、なんて逃避しそうになるほどの景色。
すぐにこの後やってくることにわずかに焦燥を覚えて、どうしようかとひとまず彼女はウィズの腕を取り、どこかへと逃げようと試みた。
けれど触れた皮膚はなにか重なり合っているように思え、篝はその手を離してしまいそうになった。
「カガリ?どうしたんだい?」
そしてウィズが少女を呼んだなら、彼女の中にあった確信が、ついに確実となって結実するのでもあった。
カガリ。その言葉に少女はやっと引っ掛かった。
そうだ、カガリだ。アクセントだ。人の使うアクセントは、そんなに簡単に変わらないはずだ————定義して姿を変える彼なら、もっと変えないはず。自分が自分である記号を、姿では変わらない大事な部分。
なのにどうして、ウィズは二度だけ『篝』と低く呼んだのだ?
基本的に、人の呼び方は意識しないと変わらない。ウィットマーズなんて呼び方を篝がしないように、ウィズは自分を『カガリ』としか言わない。ずっと変わらないはずのそれが、どうして?
最後の疑問を篝は氷解させた。二人いたのだ。そうだ、とても単純なことだったのだ。だから先のヒントがないのに、わかるとだけしか言わなかったのだ。ずっとそこにいたから。
名前を持つということは一つに縛られるということだ。一つに縛られるということは、誰かから見方を自分で受け入れるということだ。けれどそれだけではレイヤーでしかない————誰かからの目線の重なり合わせでしかない。その中身は空洞だ。
カラッポなのだ————きっと彼の変身はレイヤーではなく、再定義なのだろう。男のような女であろうと、女のような男であろうと、どの姿でも一つ。確立しているのだ。だから名前がいらなかったのだ。
つまり、誰かがウィズのどこかにいるのだ。
理解できないが、篝にはその仮説は真実だと考えた。同時にそう定義した。決めてしまえば、続くことは簡単だった。
なら今自分がいる場所は、あの言葉は何だったか?
『乱数表』それは誰かが言っていた言葉だ。
よくあたりを見回してみれば、これはあのカントリーハウスと同じ形をしていて、中の庭園、そしてさっきの場所はフォリー。紅茶を飲んで着替えをすることも同じ。
そして服を着替えてから、爆発があったのは。
樹海への徒歩はいつ踏み抜いてもおかしくない天への落下。
そうだ、再現だ。これは再現だったのだ。形を変えて骨だけになっているけれど、これは誰かがいたことの再現なのだ。ならばその誰かは、一人しかいない。
「ねえ、ウィズ」
連鎖する確定に続いて、彼女の目にはぼんやりと消えていた少女の姿が浮かび始める。その名前は当然ソフィア一人。この事象をずっと待ちわびているだろう、白亜の少女一人。
ならどうすればいいかも、篝には理解————いや、決断できていたのだった。
少女は彼女に、腕を伸ばす。
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