第21話 ローゼン・シラギク

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帰って来たウィズはまた服を反転して、女の格好になっていた。それもどこかで見たような、黒いドレス。彼は何か深刻そうな顔をして、低い声で言った。


「ただいま」


何か大変なことがあったとわかったが、それは確かに恐るべきことだった。それは彼が持ってきたものでわかった。



銃だった。



それもライフルだった。マガジンとアイアンサイトが長く伸びていて、まるで十字架だった。見たことがないとは言えないくらい、恐ろしいものだ。向けられたゆえに覚えていた。


あの男だ。ソフィアを殺しに来た、あの男の銃だ。


「ちょっと面倒なもの、見つけちゃってね…………これ、僕でもどうにかできなかったんだよ。使い果たしたのかもしれないけどさ、ねえ」


まさかと思って受け取って見れば、納得と実感を持って受け入れられた。その質量、形、そして入っているだろう弾丸。全てがピリリと空気を痺れさせる。



「信じてくれるよね。こんなもの僕は作らない。作れない。分解することも、引き金を引くこともできない。だから……」



なんせそんなものを操る化け物を殺すための武器だ。様々の対策はしてあるだろう————この緩やかな文字がきっとそれで、魔導式だのソフィアが言っていたっけ。きっとこの世界に何かをできるためのもの————。


「ソフィアを殺せる銃らしいもの、たぶん何かの特別製なんでしょう————人以外には触れられないとか、扱えないとか」


ウィズに返そうとすると、彼が触れたとたんにバチンと手を弾き飛ばされる。拒絶するかのようにそれは吸い付く。

まともな人間を見つけたかのように。



「……詳しいねぇ。知ってるのかい?彼のことを」



いくらかの怪しい目を向けて、少女は少女を睨みつける。


「彼?」


それが男となぜ知っているのかと、篝も吐き出し返した。



しまった、ウィズは口を押えた。



「なんで、それが男の人だったって知ってるの…………?」


何か大事なものを隠している。いや、あの人と出会ったことがあるのかもしれない。どころか彼が、手引きをして————様々に考えが巡ると、最悪の方向に行って彼女は銃を握る。

ボルトを後退させて薬室の中身で示す。



カチリ、音が響いて銃が向けられる。



「ウィズ。変なことを答えたらどうするか、わかってるよね」


篝の頭の中には、むしろウィズがソフィアをどうこうしているのではないか?という考えまでも浮かんでいた。


「おおっと、ちょっとやらかしたってやつ?これ」


ぴょこりぴょこりとカートゥーンで跳ねまわっては、さっきのテーブルを起こして、まるで今度は西部劇。そこからまた新しい銃を取り出して、同じようにバチンと弾かれて、彼女は驚きながら撃たないでくれと銃口から逃げ回る。


「別に私は、あなたをどうこうしようとは思わないんだけれど」


篝は聞きたいだけだと問いかける。



「嘘だね。だって君生死においてはキマってるもの。普通の人は銃なんて握ったら、ぷるぷる震えて重みで耐えられないよ。それなのに君は慣れた風だ。僕に言わせればそっちの方が重大だね、全く」



篝は本気だからねと、初めての銃でテーブルに穴をあけた。存外反動は軽く、思ったよりは殴られる衝撃ではなかった。


「口三味線の弦、切ってあげようか?」


言葉をほうが、よっぽど苦しいくらいだった。


「…………あいにく僕は還元が主義で変幻自在なのさ。そんなくらいじゃあ……音を止めることはできないね」


だから声を震わせて、彼は強がる。

「本音は?」

それだけで崩れるくらいに強がる。ウィズが簡単にゲロしてしまう。


「僕が知っている情報くらいなら出せるだけ出すよ、なんてったって僕は君の大親友なんだから、ほら、生まれた時からずっと知ってるじゃんほら、そういうとこでも」


変わり身の早い彼は、靴を舐めろと言われればしただろうか。



「……あ、でも先に引き金から指は外してほしい、かなぁ」

もうここまでくるといっそすがすがしいくらいに自分が大事なんだなぁと、篝は言うとおりにしてやって腕を下ろす。


いや、無理だわ。こいつにソフィアの敵ムーブは無理。しようもんならすぐに態度に出てバレる————底が浅すぎて天へ突き出してるレベルだ、まったくもう。



「ふへー………じゃあ言うよ、あいつはローゼン・シラギク。矛盾の神父。植物をつなぐものにして、不死を殺すもの。はい終わり」



というかそれなのにそういうことをするのかと、篝は同じことを繰り返した。


「いやいや、僕はそれ以上知らないんだってば!なんでもかんでも悪意で考えるのよくはないと思うよ!それにどうせ見つかったら殺されるじゃん!僕が知らないのも当然だって!ソフィアだって逃げるしかしてなかった相手を、その中のぼくらがどうこうできるわけがないの!というか追いかけられる意味わかんないの!マジ!マジだから!信じて!」


今度のウィズは、本当にこれ以上できないよ!と本気だった。



だから篝は、ならなんでこれが流れてきたかの方について思考を移す。なぜあっちは追ってこれるか。そちらの方に。



まずあいつはどうして追いかけてくる?それは多分、ソフィアを殺すため。ならどうしてあいつは追いかけられる?いや、そっちじゃない。あいつが追いかけられる、ということの方が大事だ。


追いかけられるということは、どこにいるかを知ることができるということだ。どこにいるかがわかるから、その先に行けるんだ。地図とコンパスをもって船出するようなものだ。じゃあそれはどこにある?


一つ思いつき、篝はテーブルの穴に、戻ってみろと問いかける。

当たり前だが、その穴は変化をしない。ただ事実として、銃弾が撃ち込まれたということが残り続けている。移動は無視をすることができるのに、これができないということは何だ?何がある?


シアの感覚が深く伝わって来た。話している間にトリガーを深く押し込み始めていたらしく、もう少し深くまで踏み込んでいたら発砲されてしまっているだろう。急いで彼女は指を戻す。けれど押し込んだ深さは戻らない。


「……戻らないんだ、これ。人の世界を好きに壊して、戻そうと思っても戻させない、んだ…………」


じゃあウィズに撃ち込んでいたら。自分にぶち込んでいたら。

急に怖くなって、彼女はそれを地面に落とした。トリガーは人の手でないと動かず、カチコチに固定されていた。

これも、そうあるべきとあのコートが決めたこと、なんだ。


「戻るか戻らないかを心配するのは、あんまり意味がないと思うけどねぇ、僕は」


ウィズは身体で十字を作る。まるで今から両手に杭でも撃ち込まれるような体勢。復活でもできるんだぞと、誇示するように強くそれは息を吐いている。何か頭の中に、つながった感覚がある。これに何か、近しい何かが————。


「同じ川には二度は入れない。傷を受けたら戻らない。それが普通の世界じゃないか。それを自分が書き換えられないから恐ろしいだなんて、世界全部が自分の物だと思ってるみたいだ————実際いくらかは君のなんだけどさ」


ぶるりと篝に力が入った。理由は考える気はしなかった。


「でも今はそんなこと、考えている場合じゃないんじゃない?」


少女は張りに張った何かが、危険と響いているのを受け止め、それでも吐き出さねばと悪意に動き、銃を持ち上げ押し込んだ。


「……来るんでしょ?あの人が」


「うん。多分もうすぐじゃないかな。きっともうすぐ、幾多の人間を殺したヴァンパイアに魅入られた、篝って少女を助けてあげるためにやってくる。ついでにソフィアを抹消しに」



やっぱりウィズは何かを知っている。でもそれなら、ソフィアの方も彼について何かを知っているのではないか?むしろ、その為にここに呼び寄せたのではないか————!


気づいた篝の手の銃を、ウィズは弾かれながらに強く握った。

硝煙が小さく7ミリ穴から吹き出し、割れるような音を耳に押し込んだ。キンと耳鳴りで何も聞こえなくなったが、どうせ話すような気分でもない。彼はそのままマグを引き抜いて捨てた。



「……僕らが先にやるべきは、ソフィアを見つけて、彼女の目的を達成すること。そしてその目的は何だい?」



「…………世界樹、というのを見つけて、つなぎ直すこと」


「そうだ。そしてその理由は死ぬため。君と同じ」


「それはもう言わないで」


篝は不機嫌そうに、撃てない銃をつきつけた。

けれどそれでついにうすぼんやりと、彼女にはわかった。そういうことだったのかと、少女ははやっと気を抜ける。

ソフィアはここにいる。なら、後はそれをどうすればいいかだけ。


そして胸に手を当て、息を吐く。



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