第19話 どの物語であるべきか

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それを色々とこねくり回してみたが、分解できそうにないことと普通に動いているということしかわからなかった。それでもだめなの?とウィズは仕方なく自分のポケットから金時計を取り出して、ため息交じりに見せびらかす。


「わかった、じゃあ……これでいいでしょ?」


そしてくるくると弄ぶ。これで揃いとしたいらしいが、しかしそれに何の意味があるのと篝は首をかしげる。


「どういうこと?針は一本増えたけど、でもこれは元の懐中時計のままじゃない」


当たり前のことだ。あまり意識しないから形はどうでもよくなっているとはいえ、自分のものという情報はわかる。これが自分のでなければ、何が自分の物なのかわからないくらい、自分の時計のはずだ。


「私の時計よ。何も変わりなく、最初からずっと私の時計」


ずっと持っていた時計から針が一つ増えた。そのくらいのはずだ————それ以上に何が…………?


なのにウィズは、いや、だからこそウィズは答えた。


「……そうだね、カガリ。君の時計に針が一本増えただけ。僕から見れば確かにそうだ。でも本当にそれが元の時計なの?」


「え?だって」


そう答えようとしたところで急に、あの豆本が開いた気がした。




そうだ、これが私の物語と、誰かの物語が混在するということなのだ。自分が書き換わってしまうことの、正体だ。自分であると連続していながら、ありようそのものが別の何かに書き換えられるということだ。

今の私のうさ耳なんだ。


「……待って、これ……私の時計なんかじゃない!?」


気づかない間に、自分の時計があるという情報だけが引き継がれ、それ以外が全て変化したとしてもわからない。連続体でありさえすれば、設定というか、人格というか、表現というか、解釈というか。そういったものを好きに入れ替えても、気づきさえしなければ同じなのだ。


ウィズによって、ソフィアによって、包まれていなかったら。

ぞっとした篝に、ウィズが教える。



「そう。これは僕が思う君の時計。僕は一回も見たことがなかったから、知ってる一般を使うしかなかったんだ————けど今なら?君が自分の時計だと理解した今なら?」


篝がそれを睨むと、ふっと像がぼやけサイズが一回り大きくなって、白の文字盤にローマ数字、ヒンジが6時の黒い蓋になる。いや、正しくは。


「……戻った…………」

そう形容するべきありようへと変わる。複雑なホロスコープめいた模様の彫り込まれた、エングレービングを裏に施された懐中時計。扱いなれた、かっこいいと思えたクォーツ時計。



「そうだ。針だけは増えたままだけど、戻った————それが君の時計なんだ。ちょっとごついねぇ」


ウィズが指摘したが、その針もぼやけて、存在があやふやである。もしかしたら、これが全身をコーディネートしようと思っていたという発言の真意なのだと考えて、篝は考える。


既知であれど、不確定ならばそれは空想で埋められる。それに例外があると考えるべきではない。知らないものは誰かによる新しく作られた設定に書き換えられる、気づきさえしなかったら。だとすれば。


「『世界がどの物語であるべきかわかっていない』って、こういうことだったんだ」


針は3つと強く確信する度、新たな針がジジジジ揺れる。絶対にある、存在している。彼女が心で確定すると、歯車で噛み合ってはいないはずなのに、ゆっくりと回転をして像が固定される。なるほど、決めればここでも決まる、ということ。


「未確定なら最初のイメージに従うしかないのさ。だから知らないとどうしようもない。彼女がどこにいるかなんてのも、もちろんそう。場所なんて自分で決める。それが物語のルールなんだ」


ウィズが言い終わると同時に、意思の力で針が完全に確定した。



なんだ、そういうことは最初から言ってくればいいのに。

そう考えた篝は、なら時計のように戻せるのではないかと思い、自分の髪は黒。絶対的に黒であるのだと決めてみる。念じて念じて、間違いなく頭は黒でうさ耳なんてついていないんだと覚悟をしてみる————すると耳がしなびて縮んでいき、粒子に分解されて消えた。


髪色もいくらか薄いけれど黒となって、何かの粉を被ったくらいになり、見るための鏡なんてないのに、変化したことが不思議にわかる。篝は困惑しつつほっと一息。


やっぱり兎がよかったなとウィズは復旧を試みるが、効果はない。ポンチョはどうしても無くせはしないが、防寒のふさふさではあるから、赦すことにしようか。


「うーん…………それは嬉しくない…………まあいいか。それが僕らのここでの基本で、自分で自分を決めることだもの。どうあるのか、どうだったのかを定義して移ろうこと。たまに世界もだけど、とにかくそうだって決めることだ」


意味なく蓋を開閉して、篝はそこに時計があることを確かめた。

カチ、カチ。秒針の進みはいつもと同じ。分針と時針は動きを見せず、新しい針はランダムに回る。グラスカバーに何かが映って、なんだろうと空を見上げる。

鳥がいた。機械の鳥だった。


「うん、わかった」


あんな風に飛べたりしてね、と思って先の『定義』をしてみたけれど、篝の背中には何も生まれない。うさ耳は生えたのに、戻せたのに。でもそれでいいのか。

だってそれは、自分が自分であることだから。



「うん、大丈夫。私だ」



生返事めいたものを返すと、ウィズは回って姿を男に。

続いて「変なの」と呟いて、何をしたいのかな、と篝の顔を覗きこんだ。よく考えてみれば、あのポンチョは下からは風が入る構造。なぜ暖かく思えるのか。彼はわずかに、目を閉じた。


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