第17話 そう遠くなく存在している
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「そもそもウィズのようにいろいろとわからないようでわかるような綺麗なのとは違うんだって!ふわふわにして喜べるくらい小さくないし、こんな綺麗な耳までつけて!髪の色だって!色素どこにやったの!色抜くの怖かったからチャレンジしてなかっ…………」
立て板に水の文句をぐちゃぐちゃになりそうな頭で受け止めて、篝が息を切らせて解放してから、何もなかった顔で背をさすってウィズは言葉を出した。
「まあまあ待ってくれって。話は続くんだからさ」
珍しく言葉を連ねすぎて、少女はゼイゼイと肩を上下している。その姿は甘いと冷たいの中間くらいで、インナーがクール、アウターがスウィートというような取り合わせ。うまい具合に整っているので、センス自体は悪くないと見えたが————いかんせん、彼女の好みではない。
「続くなら……最低限……戻しといて…………」
だからこうなるまで言葉を連ねたのだけれど、それをウィズは悪びれて否定する。
「……あ、うん……でも本当に悪いけど、断るしかないよ。だってここでやめちゃったら君の頭がどうなるのか保証ができないからね……」
「なら、理由を……説明……」
「落ち着くまで待つ?」
一応まだ話を聞くだけの優しさはあるウィズが、また紅茶を出した。喉がカラッカラになったのかなとの優しさだ。
「いらない……」
篝が断ったので、彼女をひとまず椅子に座らせ、少女は小さく手を握り、話しだす。
「それならちょっと長くしようか。三十分ははやし立てたんだもの、すごい長いオペラみたいだったよ。感動ものだったね」
さて、それはさておき、かつてをどうたら。前置きをしてから、ウィズはゆっくりと、口を開いた。
「物語しか存在できないって言ったけど、矛盾する物語が存在しようとするじゃない。例えば史実ものに対する戦記もの、原点に対するパロディとか個人的な書き直しとか。この世界では人類は古代バビロニアの兵器として新たに作られたのに、本当は人類は5分前に滅んでいて、記憶だけがあるといった風に見せられる。というか、人の記憶でだって恣意的に書き換わって矛盾する————じゃあそれが表面化したとするなら、どっちが残ると思う?」
頭に入ってこない説明が一つ。一息吸って、篝は答える。
「わからない」
答えなくてもよかったのだけれど、どうでもよかったから言った。それは正解らしかった。ぼんやりと存在の文字が盆から宙に躍る。ウィズが続く。
「わからない。それで正解なんだ。どうなるのかはわからない。完全なダイスを放り投げたときに、回転するのか、角をぶつけるのか。何が起きるかわからないカオス。それがこの世界でもある。よく言えばクロスオーバー、悪く言えば失敗した二次創作が起きるだろう————君の今の格好もそういうことで、この世界は君がどっちの物語であるべきかを分かっていないんだ」
文字が空に並ぶ。
「ソフィアの作った服を着ている君と、僕の姿に上書きされた君。どっちを信じればいいのかがわからないんだよ、この世界はさ」
それはきっと、ウィズは男なのか女なのか、あるいはそのどちらにも当てはまらない人外なのか?と考えているのと同じことなんだろう。篝はそう理解した。
フォーク人形があたりを泳ぎ、ウィズがパチンと指を鳴らす。
するとまた頭と羽織りものが姿を変え、折れた耳と茶髪、ウール地のひだ付きとなった。今度は防寒帽子と言い張れば、まだ篝には受け入れられる。まだなだけで、嫌ではあるがしかたない。
こうしないと何かまずいとだけ、彼女には理解できた。
「本当は君の一式をコーディネートしようと思ったんだけど、僕だとこれ以上は駄目みたい。頭と服の一着だけ。タイもベルトもスカートも選ばせてはくれないんだ。君と彼女の物語はさ————前のと、どっちがいい?」
さっきのはごめんだと篝は答える。そして彼女は『それより重大なのは、自分がソフィアによってこの格好であり続けているということだ』と胸の奥にしまい込む。彼女が存在していると、少女は自分の物語にする。
まだ彼女はどこかにいる。どこかにいて、篝をこの姿にしている。だから探す。
息が落ち着いてきて、何をすべきかがうっすらとわかりだした。
「悪いけど、どっちかじゃないといられないよ。兎じゃなくなったらどうなるか、多分わかってるよね?」
「……私が呑み込まれて、消える」
そして少女は、息を吐いて納得を下。おかしすぎる虚構は実在を世界にすら疑われ、見られなければ消える。古文書の内容を、誰も知らないように、世に出なかった傑作が無意味のように、そこにある現実がいままでの過去を塗りつぶすのだ。
「そう。そしてソフィアはそうなりかける危機にあるというわけだ————誰かに見つけられなければ、この世界に入れずにはじき出される。そして君が————」
「書き換えられて、新しい誰かとしてここで暮らす」
だからその前に見つけなくてはならない。篝が呟く。
でもそうできるのだろうか?不安げな少女の手を、ウィズが引く。
「わかってるならそれでいい。じゃあ行こう!そう遠くなく存在しているソフィアの元へ!」
息は戻ったね?なら大丈夫だよね?そのまま有無を言わせず立ち上がり、部屋に扉を作って開いた。どこにでも繋がるドアは初めに見た世界のどこかを映していて、川辺のように見える。
「でも!」
もちろんそれを聞くことないウィズの後ろを、少し遅れて篝はついていかされる。
「大丈夫。君が普通であればあるほど、ここから先は不便だから」
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