第16話 誰にだって使える、ちょっとした魔法
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根の国、リ・ディニアス。世界樹の最も下にある世界であり、同時に頂上でもある世界で、竜血樹めいて曲がる枝が、世界を埋めて形作る。幾億もの生命が満ち、動かすために日々働いている。
その生命をひとくくりにしてジャデイォラと言うこと、この世界はあくまで世界樹の中の世界であること、この世界樹を一部でも持たなければ、すぐにこの世界からはじき出されること。
それがここについての端的な説明だった。
自分はそれとちょっと違うなど細かい部分はいろいろあったけれど、篝の欲しい情報はウィズも承知の上なので、すぐにだいたいは教えてもらって、この世界樹をどうこうすればソフィアの願いが叶う、ということらしかった。
けれどたった一つだけ、わからないことが彼にもある。
それはソフィアは今どこにいるのか、ということ。この世界樹の大本である少女だけは、存在こそあれど実在がわからないのだ————篝はそれについて、最後の質問をする。
「じゃあ、どこにいるのかもどういるのかもわからない、ということなの?」
「そうだね。君だって普通はそうだろう?別れた親友を探しに行くとき、連絡なしでどうやって落ち合うんだい?」
帰ってきた答えは、確かにそうだとしか言いようがなかった。
ここに行けばいるだろう、という地点があるのなら話は別だが、異邦人がいきなりここを探し回るのは、無茶が過ぎるとしか言いようがない。森の中で任意の葉1枚を見つけ出そうようなものだ。まず不可能だろう。
「じゃあ、いきなり私の状態は詰み……ってところ?」
けれど諦めかける彼女とは裏腹に、ウィズは困った様子一つ見せないのである。
「ところがそうでもないんだなぁ」
そして何かをスカートから引っ張り出した。
明らかにフリルで隠せる体積以上あるそれは、明白に魔道具と言えるだろうエングレーブ。お盆に似ているが、明らかにそうされるようには作られていなかった。
「探せばいいんだよ。彼女が君をコンパスとしたように」
ウィズがフォークを乗せると、くにりと曲がって立ち上がり、彼が紅茶をこぼしてやると、それをインクに何かを描きはじめる。おとぎ話のような光景だが、受け入れなくてはやっていけないか。
「コンバス?」
そんなことを、ソフィアはしていたのか。気づかない間に。
篝には出来なさそうなので、それがその役割をしてくれるのかな、なんて考える。いや、この盆でやることがそれなのなら、あの本もまた?
ウィズが聞き返す。
「それは教えられたんじゃないの?ソフィア曰く『カケラ』が君なんだろう?だったらこの子で遊べるはずだよ」
ということは、やっぱりそうか。
「……このフォーク、その為の?」
「イエース!そのとおり!おめでとう!君は鈍感じゃあない!」
篝を褒めてウィズが、今度は紙を引っ張り出した。読んでごらんとばかりに渡してくるので目を通すと、中には訳の分からない言語。
「これは?」
対する説明は、微笑と一言。
「自分で考えてごらんよ。頭でもひねって」
どこまでも彼は、教えるつもりはないのだった。
やっぱりそうか…………。
篝は何もわからないまま、どう使えばいいのか、どう読めばいいのかを、繰り返し繰り返しこねくり回した。
それからしばらくたったころ、『頭』という単語が嫌に引っ掛かったのを思い出しながら、篝は自分の頭を掻こうとした。
もさりと、何か触れたくないものが頭に触れていた。それは兎の耳だった。
夢であってくれよとより深くまで確かめてみると、髪の質までふわふわになっていて、見える範囲がだんだん純白に変わってきている。頭をひねって根元に近い部分を確認すれば、明らかにそれはアルビノ色。
おいおいおい、まさかこれって…………!
「ちょっと、これ!」
ウィズが絶対になにかやらかした奴だ!なんか変わってきてる!頭兎っぽくなってる!ちょっと待って!おいこれェ!
「実はなんだけど、さっきの寸劇あったじゃない。あれは嘘でもなかったりするんだ————どういえばいいかわからないから魔法って言葉に頼るけど、ここにはその魔法がある。誰にだって使える、ちょっとした魔法がね」
思っていることを口に出しながらウィズに問い詰める前に、彼の方から詫びるように言葉が吐かれた。
続けて手を叩くと、彼の手からはチェーンがあふれ出して、根元の金時計はナポレオン。彼が竜頭を深く押し込むと、その姿は押し込むようにひっくり返って、女のものへと変貌する。彼自身の姿が女から男の物へと変わる。そして続ける。
「ここには物語しかいないんだ。形の上での物語しか存在できない。小説ってあるだろう?そんな風に、あってほしいと思ったものがある。僕は何にもならないというのがある。けれど君はまだ、自分を決めていないんだ————だから何でもない君は簡単に染められる。自分で変えることができないから」
ウィズが服を撫でると、彼の着ていたそれが種別ごと書き換えられる。
シルクハットに丁寧に伸ばされた白シャツとリボンタイ、袖のないベストと赤黒チェックのハーフなスラックス。どこまでも少年だけれど、声色は明らかに少女のそれで、少し戸惑いながら篝が立つ。
「ちょ、ちょっと待って!それってどういうことなの!」
「どういうことって、頭だけの話じゃないってことだよ」
はっと身体を見てみれば、じわじわと上から服まで書き換えられていた。光の帯が布を書き換えて、群青のジャケットがケープ質のポンチョへ変わっていて、そのままのシャツとハーフパンツに似合わない。
「……服まで…………ってこと……!」
篝の趣味はあくまでクールとビューティーの中間である。人には何があってもいいとは思っているが、自分がメルヘンはしたくないなぁ、と決めてはいる。頭を変えられた時点で気づくべきではあったかもしれないが、しかし……いや、そう言うことじゃない。戻って!戻ってよ!さすがに自分にメルヘンは似合わないから!
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら光の帯をつかもうとするが、実体はないので触れられない。でも何をやっても止める!止めて見せる!いつの間にかフォーク人形までもが参加して、あたふたしながら小さく、ぽちりと突出した光の棒を見つけて、ぶら下がった。引きずり降ろされていた。
「いきなり何するの!これ一応、ソフィアから借りてるようなものなのに!どうしてくれるの!それに!」
彼女は気にせずにへへと笑う。
「まあまあ。予想よりあんま変わってないんだからいいじゃない」
「何が!人の服勝手に変えるのが!」
「人の服って、もともとそれはソフィアのってさっき」
「言ったわよ!いったけど、でもそれとこれとは話が!」
自分よりも細い肩をつかんで頭を前後に揺り動かして、篝はいろいろと長く短く問題を叫んだ。
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