第二章
第13話 あなたは何者なの?
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ガタン、ガタン。ピストンが動く。シュコー、シュコ。熱が吐かれる。カンカン何かが叩きつけられて、出来上がったのが空から落ちる。ここは工場、何でも作る。
ボルトにナットにネジに歯車、ガンギ車にアンクル、テンプ。時計の材料かと思ったら、巨大すぎるゼンマイにチェーン。たまにロボットが出てきたりして、子供の見るよなイメージ通り。
組みあがった一体が声を出した。
「ワタシ、キカイ、ミナ、キカイ」
そしてざっくりとした動きで立ち上がって、胴体より長い腕を振ってあたりを見回す。
皆機械?つっかかってまさかと思って見れば、篝の後ろで歩いていたものが、振り返って笑っていた。
「ようこそ新人さん、今日はあなたの完成記念日です」
白い歯の代わりにギアをとがらせ、噛み合いまわしてさらけ出す。彼らもロボットなのか?不気味なそれらは目を引ん剝くようにそれを見る。そして足元を見て首をかしげる。
いや、それが見ているのは篝の立つ場所だ————少女が立っている、彼らで見る天井だ————それと同じことを篝もして、不思議なものだと息を吐いていた。
とさり、とさりと歩いてみると、葉の積み重なった音のする、腐葉土よりは硬い、土壌と呼んでいいのかもわからない平面もどきの上にいることがわかる。
段差がそれなりにあって、たまに外すと踏み抜くほどに強度はない。悪くすればベニヤ程度のところが広くあるだろう。
何なのだろうと思って引っぺがしてみれば、どこか古い桜の大木の幹に似ていて、しかし踏み続けられたような硬さがある。
硬いのに柔らかく、柔らかいのに折れやすい。そんなわけのわからない材料だった。
篝は天を仰いだ。
その先も同じ茶色をしているので、もしかしたらこちらが枝の方なのかもしれない。それともこっちが根?どっちが上でどっちが下?
少女は厚く長くのびる、マングローブめいた特殊な根か、不思議に形を変えた枝のようなものを見た。厚みは10センチほどであの巨大な幹に比べれば弱そうだけれど、確実な足場で、階段状に組み合わさっている。
ところどころ梯子のようでもあって、アスレチックめいたことをすれば、あの工場群へと昇ることはできそうだ————流石に木登りするには、高すぎて怖いのだけれど、しかしたった一つの何かの手がかり。
ならばと、篝は少女に口を開く。
「……あなたは」
「僕がどうしたんだい、カガリ?」
割り込まれた相手の声は、ソフィアの物ではない。
ソフィアのような、優しい少女の物ではない————だから、だから彼女は不思議で恐れる。
「あなたは、何者なの……?」
少し淑やかに、くすぐるようなわずかな甘さ。同時に突き刺す確実さが、精神性というものを示している。なのに輪郭そのものは存在していない、未確定を確定している、という響きだった。
腰を折るような返事によって、篝が組み立てようとしていた、この後にどう続けようだの、細かいことを考えるつもりが消え去る。きっとソフィアと同類なんだろう。
自分に引き込む微妙なうねりがある、という考えだけになって声を止めていると、全く気にせずそれは答えた。
「ああ、僕のことか……。ま、見ての通り。僕だ」
見た目と中身、両方食い違った美しさがある。けれどそのどちらかの中で、篝にはそれは『彼』だと思えた。
彼女は不思議そうに顔を近づける少年に吸い込まれそうで、一歩後ろに引く。しかしその少年はゆっくりと前に歩いて、彼女にまた顔をくっつけそうになるのであった。
だから篝はそれを、しっかりと見なくてはいけなくなる————きちんと見てみれば、美しいよりは可愛らしいと呼ぶのがいい顔つき。丸みを持ったような線でできているようで、決めきらない中性のありようがわかる。
それはスカートをつまみ、軽く膝を曲げて礼。それからくるりと一回り、彼はもとよりの天衣無縫で、笑顔になって服を見せる。
「ほかに何が聞きたい?どう聞いても、僕だけど」
きっとこれはソフィア以上に面倒だろう。
脳内でため息をつき、そう言えば呼び名というものがなくて不便だなと、自己紹介でもと思い至る。しかし相手は自分を知っている。ならこちらが知りに行くべきなのかと、彼女はしょうがなく、肩をすくめる。
「なら、何て呼べばいい?」
この後には、あなたは私を知っているんでしょと続けた。こっちばっかり知らなくて、あっちばかり知ってるのは不公平だ————知りたいなら交換してもらわないととも、同じくだ。
しかしその質問は、意外なことらしかった。
しばらく考えるそぶりをして、少年はポンと手のひらを叩いて顔を晴らす。
「なんてって……そりゃ、僕で通じ……ああそうか、僕以外いなかったからか。そりゃあしかたない。僕に名前はないや!」
「あなた以外いないって……お父さんお母さんは?」
「いないよ。僕は最初から僕だ。誰を産むこともない。僕はどこまでも僕で、ソフィアじゃない。オーケー?」
他人の名を出すあたり、自分と誰かを分けるのはできている。それなのになぜ、自分に対して『僕』以上の自分を決めていないのだろうか。
「それはわかってるけど…………」
ため息のように言うと、少年はそんなどうでもいいことと体で示した。
「なら君の好きに呼んでよ。僕だってわかればいいし、みんなそうしてくれる。バックとか、トラピーアとか。僕はそれでいい」
愛着というものがないのかと聞いてみれば、好きにしてくれと彼は言うのである。
「ないよ。わかればいいなら、自分と誰かだけでいいじゃない。それよりさ、君は僕を何て呼んでくれるの!」
見えない尻尾を振っているのは本当に意味が分からない。なんなんだ、この状況より名前の方が重要なのかと篝は困惑する。なんと面倒なのだろう、どうしてしまえばいいのだろう。彼女はそれらしい人命を脳内から検索した。
その中に何も見つかりはしなかった。
「じゃあ、ひとまず」
良いものが見つからないけれど、声にだけは出さないと。
そう思って押し出して、ちょっと時間を空けようとすると、返事がどういうことなのか、返ってきてしまうのだった。
「ウィットマーズ!面白い名づけをするもんだ!短縮してウィズかな?それともウィマー?でもまあ、これはこれで悪くはないね。僕なら言いやすくトーマとか?でも……」
「え、あ、ちょっと待って」
止めて欲しかったが、ウィットマーズは篝の手を取って走り出すのだ。
「じゃあちょっと見せるものがあるから!」
才知も英知も感じさせない短絡であるが、しかし乗せられることに心地がいいと思えてしまうのは、やはりソフィアの身内であるというべきなのか。足元を踏み抜かないように細心の注意を払っていると、少しずつ硬くなって、絡みつきが強くなってゆく。転びそうになる。長ったらしいのを呼びきれなくなる。
「……ウィズ!どこ行くの!」
しょうがなく前から短縮すると、彼は輝くような目をした。
「君はウィズって呼ぶ派なのか!だったらこっちだね!」
そしてウィズは急に止まる。篝が転びかける。それを抱き留め、少年はくるくるとブレイクダンスをはじめ、スカートを破れるほどに振り回す。葉が舞い上がり、竜巻めいてぐるりと穴を形成して、何かの入り口ですよ、と形を示す。
それはまるでシェルターだ。
こんな薄いものの下にどんな場所があるというのだろう、と思ったところで、そのダンスの風圧が人を押し出すほどに強く、立てる限界となった篝が転ぶ。
そしてその拍子に足元を見れば、わざとらしい蒼が広がっていた。
「うん、そうだね。ちょっとお話だ!さあ入って入って、お代はとりやしないからさ!」
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