第9話 命の償いを
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翼に守られて壁を突き破り、ゴロゴロ市街地を転がり、二人は落下していく。
チカチカ光がニューロンに走るのを感じているうち、篝がはじき出されてアスファルトを滑る。
僅かの間思考が止まり、それから戻ったころには、篝に向かって何かが飛んでくる。
ソフィアが抱き留めて飛びあがると、二度目の爆発が起きて彼女がバラバラに砕け散る————その代わり、篝には傷一つなく弾き飛ばされる。
ズサリ、少女は叩きつけられる。
一体何が……?いきなり、何が…………!
「ソフィア…………ソフィア…………?!」
何が起こったのか、今の状況は何なのか。何かを知っているであろうそれに駆け寄ろうとする少女に向けて、空砲が1発放たれた。
「下がっていろ。用があるのはあいつだけだ」
その主がカチカチ何かのスイッチを弄りながら、憎々し気にうなっていた。
トレンチコート、闇に沈む赤。
紛れて輪郭の一つも分からない、純粋な殺意と敵意のこもる銃————それはトリガーから指を離さず、また叫ぶ。
「さあヴァンパイア。お前がこの程度で死なないのは知ってるんだ……さあ、さっさと命の償いを果たしてもらおうか」
彼は瓶を一つ取り出した。
「何人を吸って来た?その姿で。何人を壊してきた?まあ今更、関係はない。どうあろうと罪を悔いてもらおうか」
十字架の彫り込まれた透明なそれは、古風にコルクで閉める物だった。丁寧なエングレーブでわかる通り、中身は清められた聖水。十字と神の御姿をとどめ、邪悪を消し飛ばすようにできているらしい————男はそれをソフィアに投げつける。
割れて飛び出した液体は、残っていた肉をを真っ青に燃やし、少しずつ蒸発させて消す。昇華されるように、しゅわりと泡が立つ。風花のように、白く空に残る。
待ってくれ、いなくならないでくれ。
篝は手を伸ばす。いなくなられたら、この望みがあのカケラ由来なのなら、本当に何もなくなってしまう。お願いだから。私を、私が望まれる理由を、それなら終われる目的を、消さないで。
炭酸の泡めいて消えていくそれに触れれば、砂のように崩れる。
男はあくまで自分が
「そこの嬢ちゃん、そいつから離れるんだ。そいつは今まで何十という人間を死に誘ってきた。当然だが、君もそれに魅入られている。さあ、早く」
篝の肩をつかみ、ソフィアから引きはがして拳銃をもう一丁取り出す。バレル、スライド、グリップでトの字を片方で作り、二丁合わせて十字。彼はためらうことなく、憎々しさすら感じさせる勢いで、折れるほどにトリガーを引き込む。
「やだ……ソフィア……!」
プロジェクタイルは銀の弾。4回半のライフリングは、わざわざ魔導の刻まれたそれを高速回転して射出する。
真っ赤な炎が十字から咲く。
割れんばかりの発砲音が、鼓膜を何度も殴りつける。篝が手を伸ばした瞬間に、受けたそれは消滅した。だがそれでも、殺意のこもった目を男はやめない。
ベルト糾弾式重機関砲めいて、彼の怒りは無限に装填される。マガジンが無くなってもトリガは引かれている。いつまでもいつまでも、殺したがっている。
だから彼はマガジンをわざと落とし、言う。
「これでお前は死なんだろう?こんな悪趣味な冗談はやめて、姿を現したらどうだ、ソフィア・アイラ・バイライト」
そして弾倉を交換。先に終わった
「そうだろう?悪魔の末裔」
「……女性をいきなり色直しさせるとは、紳士とは永劫呼ばれないほどの狼藉者ね、あなた」
その先には、一つの人。
青基調に緑のレースで縫った透かしを右に流し、白のシャツ。向こうへベルトを丸く垂らして、カフスと長めの編み上げブーツ。
先ほどと何ら変わりない姿で立つ、ソフィアだった。
「淑女は命を吸わないもんだぜ、お嬢さん」
ベルト締めの靴を前後にトントン、彼は肩をすくめて左を装填。
左手でチャンバーをチェック、右手でも同じく。両方撃てるとみて指をかける。
「ならばお互い様ということで、一つここはお開きにしましょう。ダンスの時間でもないのだから」
その間にゆるりと歩き、ソフィアは篝の手を取り翠の光を開いた。あの本の同類の文字が、二人を守るように地面から伸びる。ウェディングドレスのように、薄くフラウンスが風にたなびく。
「そうだな。ならば終わりの祝砲としよう」
一部が背中に流れて、ちょっぴりの翼の形を成して、いくらか体重を空に流した。ぴょんと跳ねれば、そのまま宇宙へ行けるほど体が軽くなる。もちろんそれを見逃すわけもなく、男の方も銃弾をソフィアに撒く。
だが、それらすべては文字によって弾かれていた。
交互に連射しホールドオープン。弾切れしても貫けはしない。
「よい弾。ではまたいつか」
防ぎ切ったソフィアは、もうこれ以上はないでしょうと、スカートをつまみ篝と魔法で跳び上がった。風のように消えるそれに、「まだまだこんなものじゃあねえぜ」と男は、ボルトアクションライフルを取り出して構える。
ご丁寧にそれも、ストックとアイアンサイト、マグで十字。
槓桿引いて容赦なくトリガーを引くと、倍以上ある太さの弾丸が、魔法の壁を貫いて抜けた————篝の頬を衝撃波がかすめる。ソフィアによって抱き寄せられなければ、直撃していただろう。
遅れて響くガラスを殴ったようなサウンドは、煙たく細かく二人にかかる。音すら退魔のようで、半分身代わりになったソフィアの表面が、僅かな粒子に分解されかかっていた。
「式ごと砕いてくれるとは、今日のは意外とやるのね」
ソフィアは冷静に分析して、別の方法を講じるべきか、と少し考え込む。そんなことをしている場合なのか。
「いいからさっさと逃げようよ!」
篝はできるのではないかと、空を蹴る。ちょっぴりだけ魔法に干渉して、二人の身体が少しスライド。一つだけ弾丸が遠くに抜けた。
「大丈夫、じきに弾じゃ届かなくなるから」
けれど、ソフィアの物に比べればごくわずかな力だった。
翼も併用して速度を稼ぐ彼女にツバメのごとく手を引かれると、すぐに星が線になる速度で飛んでいくのだ————重力には抗えない弾丸は、砲弾でなければ届かない所へ行ってしまえば、問題はなくなる。人の目で見られなくなれば、撃てやしない。
「……!……………………!」
男の声がドップラーで低くなり、何かもわからなくなって聞こえなくなってしまった。弾丸も同じくで、丸みの先に消えて届かない。先のように氷がぶち当たったが、今度のはあまり痛みを感じない。
「けど、これも長くはもたないのよね……。さて、どこへ行くべきかしら。思い当たるところは————」
彼女は、いくらか無理をしているのだろう。
弾丸を喰らった部分は少し傷が残っている。声にも疲労が、感じられる。
人工の星が地を覆う今、誰も知らぬ場所などあるのだろうか。
この先に行ける所なんてあるのかと想って、篝は少し息を吐いた。
白く、巨大な雲が生まれるくらいだった。
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