鈍く青く、春を感じて

乃菜かなの

苦い春


side 葉山 春輝


「ねぇ、エッチなこと...しよ?」


やめろ。


「ほら、センセーの見て興奮しちゃった?」


やめてくれ。


「もう春輝クンは恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」


こっちに来るな...!!


「おい、春輝?春輝!!」


ガバッと勢いよく起き上がり周りを見渡す。

学校の保健室、涼太の驚いた顔。


よかった、俺は無事だ。

少し汗ばんだ額を制服の袖で拭う。


「いきなり起き上がるなよな。びっくりするわ。」


「悪い。で、俺どのくらい寝てた?」


「今ちょうど昼休み入ったとこ。」


3時間目の授業の途中で保健室に行ったから大体1時間半くらいか。


「具合、どうよ?」


「結構マシになったわ。」


昨日、一昨日とまともに眠れなかったツケが回ってきて今日は朝から気持ちが悪かった。

どんなに寝ようと頑張っても嫌な夢が付き纏って目が覚める。


「そうか、よかった。で、昼飯どうする?徹平が購買行ってるから欲しいものあったらLINEしてって言ってくれてっけど。」


「いや、食欲はねーな。涼太も飯食わなきゃだろ?俺はもうちょっと休んでくわ。」


「...無理すんなよ?じゃあ俺、とりあえず飯食ってくるわ。」


そう言うとシャッとベッドの周りにあるカーテンを閉め保健室から出ていった。


「はぁ」


深くため息をつきながら、俺はまたベットに横になる。

真っ白な天井を見つめながらほぼ無意識に左耳に着けているリングピアスをいじる。

中3の春、強い男になりたいって意味を込めて受験生になったくせに校則を無視して開けたピアス。

正直、強い男になりたい=ピアスの発想は今思い返してみると1ミリも理解できないが身体に穴を開けたことが俺のポッカリ空いた心の穴を逆に小さくしてくれた...気がした。



再び眠気が襲ってきて俺はまた目を閉じた。

もうすぐで眠りにつける...そう思ったその時ガラガラと扉が開く音がして目が冴えた。


「入るぞ。」


言葉と同時にカーテンが開く。

購買の袋を手に持った徹平がズカズカ入ってきてベッドの近くの丸椅子に腰掛ける。


「涼太とすれ違わなかったか?」


「涼太は食堂行った。ゼリー食うか?」


袋の中からブドウ味のゼリーとプラスチックのスプーンを取り出して俺が被っている布団の上に少し雑に置いてくる。


「おお、サンキュー。」


徹平はその言葉を半分無視してまた袋に手を突っ込む。

食堂のおばちゃんが作るサランラップに包まれて海苔がしなしなになった大きいおにぎりが3個出てきた。


それを黙々と食べ出す徹平。

相変わらず口数が少ない男だ。

俺も身体を起こして徹平から貰ったゼリーを口に含む。


「また...思い出したのか?」


口の中に入っているゼリーがそのまま喉に流れ込む。

思わず徹平を見ると特に俺を見ることもなく少し下を見たままおにぎりを頬張っていた。


「急に何だよ。」


「涼太がLINEでうなされてたみたいだって言ってた。」


...意外としっかり報連相してるんだな、お前ら。


「たいしたことない。」


「ちゃんとカウンセリ...「たいしたことないって言ってるだろ。」」


徹平の言葉を遮って俺は黙々とゼリーを食べ進める。


「...分かった。」


それ以上は特に何かを言ってくることはなく。

少し沈黙が流れていたところに俺の様子を見に来た保健の先生が保健室に帰ってきて俺と徹平の姿を見て「調子良さそうなら5時間目から授業行きなさいね。」と少し呆れ気味に言ってきた。


「先に戻ってる。」


俺の食べ終わったゼリーのゴミを回収して余った2個のおにぎりをまた袋に戻してから徹平は保健室から出ていった。

少し残る海苔の匂いと人工的なブドウの匂いが混ざり合って、また少し気持ちが悪くなった。


________



中3になりたての春。

俺も涼太も徹平も地元の個人経営している格安の塾に通い始めた。


受験ガチ勢は駅前の大手塾とか家庭教師とかにもうすでに通う中、俺たちは地元のそこそこな公立高校に行ければいいと楽観的に捉えていた。

塾すら行かなくていいと思っていたけど、涼太の親が俺と徹平の親に「一緒に通わせたら友達割で3人とも安く通えるわよ〜」って持ちかけたせいで塾に通う羽目になったんだ。


「涼太はともかく俺と徹平が塾通う必要あったか?」


21時過ぎ、授業が終わったら速攻で帰る俺たちは3人で呑気にいつもみたいに帰路についていた。

俺と涼太は同じマンションに住んでいて、徹平も近くの一軒家に住んでいるから幼稚園の頃から家族ぐるみで仲がいい、いわゆる幼馴染だ。


「俺はともかくって何だよ!」


「俺らの中じゃ1番頭悪いだろ。」


「そこまで変わんねーだろ!?」


俺と涼太のやりとりにフッと鼻で笑う徹平。


「徹平まで俺を小馬鹿にしてやがる!」


「あー、悪い悪い。」


「事実だからしゃーないよな!」


一切悪びれていない謝罪に俺は笑いながら徹平の肩を叩く。


「はるきく〜ん!!」


そんなおふざけをしている中、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて3人で声のする方を見る。

自宅兼塾になっている一軒家の2階...つまり自宅側の窓から俺を呼んで手を振っているセンセーの姿があった。


俺たちが振り返ったのを確認したセンセーはまた大きな声で


「忘れ物!!」


といって手に持っている何かを振っていた。


「マジかよ...」


「とりあえず取りに行ってこいよ。俺らコンビニ寄ってるから。」


涼太にトンッと背中を押されて俺は渋々また塾へと戻った。


今思えば...自宅側の2階にいたことも、俺が何を忘れたのかも、ちゃんと確認をするべきだった。


これが俺の悪夢の始まりだ。



塾の扉の周りにはまだ何人か女子たちが残っていておばちゃんたちの井戸端会議みたいなお喋りを繰り広げていた。

センセーは2階の窓から「今ちょっと手が離せないから裏口の鍵開いてるから2階に上がってきて」と言って窓を閉めた。


俺は仕方なしに裏口に周り階段を登って自宅用に玄関の扉を開けた。


「真っ直ぐ進むとリビングだからちょっとそこで待ってて。」


どっかの部屋から聞こえるセンセーの声に俺はただため息をついて靴を脱ぎリビングに向かった。

勝手に座るわけにもいかず、ソワソワしながらセンセーを待っていると、玄関の方で物音がして、しばらくしてセンセーがリビングにやってきた。


年は分からない、だが恐らく30から35くらいの間だと思われる少しだけ綺麗なセンセーはわりと生徒から人気だった...と思う。

俺はなぜか初めて塾に行った日からこの人のことが苦手だった。

目つきが嫌いだった。


そう、目つきが嫌いだったんだ。


「センセー、忘れ物...」


俺がそう言うと同時にセンセーは俺にキスをしてきた。


「!?」


俺は思わずセンセーを突き放す。


「ハジメテ...だった?」


んふふと笑いながらセンセーは自分の服を脱いでいく。


逃げろ。逃げろ。

頭の中でそうサインを出しているのに身体が硬直して動かない。


「せんせぇね、春輝クン見た時から顔がすっごく好きだったの。」


あっという間に全裸になっているセンセー。

俺の足元にしがみついてきて、ズボンの上から俺の股間に唇を擦り付けてきた。


「離せよ...!!」


足の自由が奪われて思うように身体が動かない。

センセーは俺のズボンのベルトに手をかけてきた。


「な〜に?こんなことさせてくれるセンセーなんていないよぉ?」


必死にもがいたがバランスを崩して尻餅をついてしまう。


「痛っ!」


そんな隙をセンセーが逃すはずもなく、すぐに俺の上に馬乗りになってきた。


「ねぇ、エッチなことしよ?」


容赦なく俺にキスをしてくる。

恐怖で抵抗ができない。


俺は男だろ?力でなら勝てるだろ??


そう思っていても目の前で勝手に乱れるこの女に何故か勝てる気がしなかった。


「ほら、センセーの見て興奮しちゃった?」


俺の股間をズボンの上から触りながら、ニヤリと笑いかけてくる。

嫌でも外からの刺激に少し反応してしまう俺の下半身が許せなかった。


それでもほとんど反応しない俺の下半身に


「もう春輝クンは恥ずかしがり屋なんだからぁ」


そう言いながらセンセーはまた俺にキスをしてくる。


「や...やめてくれ...」


とっくに外され床に投げ捨てられたズボンのベルトが指に当たる。

ヒヤリと指先から感じる冷たいベルトの感覚と勝手にアツくなっているセンセーの表情が俺の脳裏にこびりついた。


そうやって俺は中3の春に俺のハジメテを奪われた。



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