第15話 お姫様が悪漢から逃げてるらしいけど、そもそもそんな都合よく出会わない⑤
「006……七つある議席の一つか……。ふっ……長生きするもんじゃわい……」
死の間際に出会えた代行者に、ベルベットは微かな笑みを浮かべる。まあ、別に弟子たちは死んでないんだけれども。
さあ、そんなことを言っている間に執行の時間だ。
「執行――【ラトビルスの空】」
サブロウは構えていた掌を返し、転輪する金文字を一気に開放。
辺り一面に広がる金の波動は、瞬く間にベルベットを空へと打ち上げた。
「………………」
サブロウは暫し空を見上げ、何処かに思いを馳せる。
久方ぶりに師匠にでも会いたくなったのかな?
「ねえ、サブロウくん。あの、おじいちゃんたちって……死んだの?」
傍観を決め込んでいたリリスはサブロウの後方から、そう問いかける。
「いや、死んじゃいないよ。遥か上空で停滞中さ。格好から察するに王宮魔術師だろうし、あの師匠が居ればきっと助かると思うよ?」
「ハァ……また無駄なことを……。そういう慈悲は、目の前でお姫様を助けた時にやるものよ。そうすれば好感度だって上がるのに……」
呆れた声色と共に視線を逸らすリリス。
それに対しサブロウは、いつも通りの流れと振り返り、笑みを零す。
「結果的には助かったんだ。間接的で結構さ」
「お人好しねぇ。そこにもう少し向上心が加われば、立派な主人公になれるんだけど?」
「そっちの方も結構さ。主人公ってのは言わばヒーローだからね。ヒーローに休みはないし、大いなる力にはどうたらこうたらと大変なことばかりだ。僕には荷が重いよ」
サブロウはリリスの肩をポンと叩くと、一仕事終えたと言わんばかりに首を回しながら、我が家へと戻っていった。
「ハァ……先が思いやられるわね……」
リリスは溜息と共に
肩は重石を乗せられたかの如き見事な落ちっぷりで、とぼとぼと去っていく背中には、『どんより』という文字が張りついていた。
今回の話は、これでお終い。
結局お姫様と偶然出会って、そこからロマンスに発展するなんていう展開は、サブロウには無いのである。
因みにお姫様がどうなったかと言うと……
◆
後日――
「ちょっとサブロウくん! 起きなさいよ、サブロウくん!」
ベッドでスヤスヤ寝ていたサブロウは、リリスのラブコールによって開眼する。
「なんだよ……こんな早くからぁ……。もう少し寝させてよ……」
カーテンの隙間から差し込む朝日。そう、今は早朝である。
だから、こんな対応になるのも仕方のないこと。背を向けて再び目を閉じてしまうのも致し方ない。
「こら! 寝るんじゃないわよ! 私が直々にさすってあげてるんだから早くおっきしなさいよ! おっきおっき!」
「おい……それ以上、下品な口を開くな……。引き千切るぞ……何かを」
わりかしキレ気味のサブロウはリリスをギロリと睨む。
「寝起き悪いわねぇ、サブロウくん。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうわよ?」
――ブチっ!
「サブロウは思った……『ほんまこの女、いてこましたろうかなぁ』と。だが、サブロウは言わなかった。女の子相手にそんなこと言っちゃあ、男が廃るどころか人間として最低だからだ。だから、蓋をした。まさに布団を被るように……その卑劣な想いを」
「あの……聞こえてるんですけど? 全部、筒抜けなんですけど? 通気性抜群じゃない、その布団……」
リリスのドン引きで漸く静かになる寝室。
サブロウは仕方なしにと、布団からひょっこり顔を出す。
「……で? 何の用?」
「あ、あぁ……お姫様の件よ。サブロウくん、知ってる?」
「知らないし、興味もない」
「だと思った。実はお姫様が逃げてたこの森に、何故かは知らないけど、あの新人勇者ちゃんが来てたらしいのよ! そしたら偶然出会っちゃったとか何とかで? 匿ったら街中大騒ぎ! 『勇者が姫様を救ったぞー!』って崇められてるのよ⁉ ひどいと思わない⁉」
ヒートアップするリリスにサブロウは溜息をつき、此方に向かって指でバツ印を送ってくる。
どうやら、これ以上の後日談には興味が無いらしい。なので、この辺りで締めさせていただこう。
という訳で今回も結局、サブロウは主人公になれず。
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