第14話 お姫様が悪漢から逃げてるらしいけど、そもそもそんな都合よく出会わない④

 サブロウが丹精込めて育てた子供のような存在。

 その畑にベルベットの弟子たちが土足で踏み込もうとした瞬間――


 ――シュンッ!


「「……え?」」


 弟子たちは呆気に取られた。一人の弟子が消えたからだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。


「貴様っ……まさか……⁉」


 ベルベットは後方に居る弟子たちの異変を察知しつつも、正面に佇む存在へと目が釘付けになってしまう。


 ――シュンッ!


「なっ⁉ 何が起こってるんだ⁉」


 怯える弟子を余所に、また一人消える弟子。弟子は後……


 ――シュンッ!


 いや……もういない。


 ベルベットは一切振り返らなかった。振り返ってはいけなかった。目を離してはいけなかった。目の前に居る、この男から。


 ベルベットは最初の一人が消えた時点で気付いていた。この男の眼球が――不規則且つ高速に動いていたのを。


「【黙令眼もくれいがん】の使い手かッ……⁉」


 黙令眼とは――


 本来、魔法を行使する為には魔天籠にアクセスコードを申請、及び執行をしなければならない。まあ、簡単に言うと詠唱をしなさいということだ。


 しかし、黙令眼においては眼球を特定の順番且つ一定の速度以上、そして時計の如く振り分けられた十二の方向へ動かすことにより、魔天籠へのアクセスを省略することができるのだ。


 こんな風に言うと『詠唱破棄してるみたいでカッコいい! 主人公みたい! 抱かれたい!』と思うかもしれないが……ぶっちゃけ、普通に申請した方が早かったりする。


 しかも、かなりの精密動作を要求される為か、少しでも間違えようものなら行使することができない。

 それどころか失敗すれば、偶に魔天籠側から鼻で笑われたりする始末。要はロマン技ということだ。


 だが、しかーし! 圧倒的スパルタ教育を受けたサブロウはその限りではなかった。


 約三十年間にも及ぶ眼球運動という名の努力の甲斐あってか、通常の申請を遥かに上回るスピードで魔法を行使できるのだ。

 それに加えて相手に何の魔法を行使したかが悟られない。おまけに必殺技っぽく叫ばなくていいという、使用者に対する羞恥心にも配慮されている。


 これこそが黙令眼。サブロウの努力の証である。解説終了――


「ご丁寧に説明どうも……」


 サブロウは呟くように感謝を述べ、さらにベルベットへと言葉を続ける。


「さて、お引き取り願えますか? もう充分でしょう?」

「ふっ、ふざけるなァッ‼ 愛弟子たちがやられて、ワシだけ尻尾を巻いて逃げられるかァッ‼」


 ベルベットはサブロウに向かって掌を構え、魔天籠への接続を開始する。


「アクセスコード091を申請ッ!」


《承認――》


 ベルベットの申請を受け、魔天籠による承認が完了――するよりも先にサブロウの眼球が高速で動作。完了後、真っ赤な輝きを放つ。


《――解除》


「何ッ⁉」


 天から虚しくも響き渡る解除の声。

 接続を断ち切られた魔天籠は、電源が落ちたかのような音と共に沈黙した。


「そんな……【廻天之理かいてんのことわり】じゃと……? バカな……」


 廻天之理とは――


 他者が行う承認を強制解除する技……というよりは権限。

 それ以上でも、それ以下でもない。以上――


「急に雑になったな……」


 サブロウはそんな愚痴を零しつつ、へたり込んだベルベットを見て、『勝負あった』と扉を閉めようとする。


「……待て」


 しかし、ベルベットに呼び止められ、サブロウはドアノブに掛けていた手を止めた。その面持ちから察するに戦闘続行の意ではないように思える。


「まだ、何か?」

「ワシにも……同じ魔法を執行してくれか……?」


 閉め気味だった扉を、サブロウは再度開ける。


「……どういう意味でしょう?」

「弟子たちだけ逝かせるわけにはいかん。師匠としてのケジメじゃ……」

 

 ベルベットの申し出に、サブロウは笑みを浮かべた。

 師匠の温かみというやつに思うところでもあったのだろうか。


「その心意気や潔し。魔法に関する偉大な先人に敬意を表し、正式に申請させていただきます」

 

 サブロウは緩やかに手を構え、


「アクセスコード006を申請……」


《承認完了》


 天声轟く中、その掌に転輪する無数の金文字を宿した。

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