第一話 想い

 公暦12年


 惑星アマルフィにあるとされる「宇宙聖遺物ギャラクシーファクト」を求め、列強諸国はその獲得に尽力を注いでいた。

 高次元物質とも呼ばれるそれは、獲得と同時に地球での覇権を意味し、宇宙聖遺物争奪戦はアルツフォネア帝国の手中に収まると、その幕を閉じた。



――



「お母さん買ってよー」

「だーめ、ほらっ行くよ」


 アルツフォネア帝国第一区、帝都アーリナズリ。

 謎の生物「レヴィ」の侵略が始まり五年を過ぎようとしているとは思えぬ美しさと賑やかさを見せている。


 近未来的なガラス張りの建築物が立ち並び、街路樹の深緑が街の彩りを演出する。

 晴天の群青と相まって、この街並みを模写するだけで美術史に残る絵画が描けるであろう。

 そんな街路を通り、帝国軍本部を目指す少女の足取りは軽い。

 紅赤の軍服は色白の肌から少し浮いており、腰をも通過する長髪は白銀という印象を振りまいている。

 主張の強い眼に空へとアーチを描く長い睫毛。

 顔に余白のないその少女は、軍服を脱いでも暮らしていける程に美しかった。


――謎の生物「レヴィ」による侵略の防衛に務める我がアルツフォネア帝国軍は、本日も「人型戦闘兵器『命削ソウルスクレイプ』」の活躍により戦死者ゼロで敵を撃滅。領土防衛を成功させ、平和への大きな歩みを進めました。


 メインストリートの構造物に大きく設置されたスクリーンからは、日夜帝国軍の防衛状況が流れている。

 宇宙聖遺物争奪戦以降、ここアルツフォネア帝国では戦死者が出ていない。

 そんな幻想的なワードを並べ、レヴィ出現当時から流れるこの報道に耳を傾ける国民などいるのだろうか。


「このような戦果から、帝国史最高の人道的発明と言われる言葉に疑いの余地はなく、レヴィ絶滅へと確かに足を進める帝国軍。誇り高き我が帝国軍に栄光あれ」


 女性キャスターが笑みを浮かべて話す様子を、スクリーン越しに目視する少女は、余白のない顔全面に殺風景な表情を浮かべると、空から降り注ぐ心地よい日光の暖かさを感じながら街を見渡す。

 カフェでモーニングをする婦人や、元気よく走り回る子供達。

 気だるそうに出勤する人や道路を快速で飛ばす車など帝国の日常が目に入る。

 アルツフォネア帝国は「宇宙聖遺物ギャラクシーファクト争奪戦」以降、列強諸国に軍事開発で差をつけると侵略戦争を繰り返し躍進した。

 その際数多の戦争犯罪を犯した帝国だが、政府はその全てを隠蔽した。


 故に帝国民は何も知らない。


 この帝国の西側には、日常を知らず、ただ「兵器」としてその生涯に幕を閉じる同じ「人間」がいることを。


「…………許せない」


 そんな事をポツリと嘆く少女もまた、命削かれらからしたら帝国民の一人に過ぎないのだが。




 赤く塗られた石造りの建物で、近未来的な構造物の多いメインストリートでは異彩を放つそれこそがアルツフォネア帝国軍本部。

 入口には見張りの兵隊が勇ましく立っているが、実の存在理由と言えばあまりにも酷いものだ。

 創設以降数々の功績を残した帝国軍。

 その中でもやはり宇宙聖遺物の獲得という功績は、この先も誇られるものとなっていくであろう。

 しかし、それを用いて開発した命削ソウルスクレイプが登場すると、以前のように帝国軍人が戦地へ赴くことはなくなり、戦場から遥か離れた安全区域での書類管理や兵器開発が主な業務内容となった。

 遂には勤務中に宴会まで開かれるようになり、今となっては怠け、甘え、軍人と呼べる人間はここにいない。

 傍ら軍の代わりに戦い続ける命削小隊かれらは遥か300キロ西端にある帝国の屑かご「変事戦線地区」を駐屯地とし、日々苛烈な戦闘を繰り返している。

 

「それなのに……」


 仮面を外した軍部はあまりにも堕落していると。

 本部に到着した少女の鼻腔を、館内に溢れる酒の匂いが通り過ぎる。

 その元凶、昼間から宴会を楽しんでいる士官達へ怒気を含んだ顔で目線を送ると――


「おーこれはこれはぁ。誇り高きック我が……アルツフォネア帝国ック軍に、裏口入隊したと噂のお姫様じゃないックか」

「……ッッ!」


「おお……ック怖い怖い。どうだ1杯」


 鼻を酒で赤らめた軍人が少女にそう促す。

 少女は目線を下げ、胸元に付いているバッジに目をやる。

 鷲が星を掴んでいるこのバッジは大尉階級の象徴だ。

 大尉階級の人間でさえこのザマなのかと帝国軍に落胆の念を抱くと、それが少女の肩を落とさせた。


「おはよう。ミストリアちゃん」

「わっ……! おはようヨドニス」

「今朝も大変そうだね」


 ミストリアの落ちた肩は、その一声であるべき場所へと戻る。

 白縹しろはなだの頭髪に眼鏡をかけ、その長身に白衣を纏う青年は、帝国軍事開発部に所属するヨドニス。

 人型戦闘兵器「命削ソウルスクレイプ」の研究に尽力を注ぐ彼はミストリアとは同期で、入隊当時からの付き合いだ。


「ヨドニス。やっぱり、帝国軍は終わってるわ」

「それは同感。だけど今の僕達にどうにかできる問題でもないしね」


 誠に正しいが、気遣いのない発言に少し眉を釣り上げるミストリア。


「分かってるわ。だけどこれは……人としてどうかしてるわ」

「はいはい。ところでミストリアちゃん。今からは?」

「ああ……。フォーガス大佐に報告を」

「そうかそうか。じゃあ僕はお先に失礼させてもらうね」


 朝だというのに眠気を匂わせるヨドニスは徹夜だった。

 爽やかに歩いていくヨドニスの背中をしばらく見つめると、ミストリアは目的の部屋へと足を進めた。

 

――


「失礼します」 

「ミストリア少尉か。どうした」

「どうしたって。先日の命削小隊の戦果報告に」

「ああ。ノーフカロタの兵器共か」


 外壁同様の赤い塗装が施された木材に、加えて高級感を漂わせる艶を見せる机。

 葉巻を吹かす体格のいい男は、椅子へと鎮座しながら机に肘を置いている。


「彼らは兵器ではありません」

「ああ。俺が悪かったよ。それで」


 ミストリアに呆れた表情で報告を促すフォーガス。


「今月の第六命削戦隊の撃滅数は百二十四体です。これが報告書と死亡者リストに……」

「んああ。だから毎回毎回、死亡者リストってなんだよ。人間は一人も死んでないだろうが」

「フォーガス大佐ッ……!!」

「ミストリア。同情はしてやるが、あいつらは宇宙聖遺物ギャラクシーファクトも獲得出来ず、おまけに食糧難ときた。運の尽きだろう」

「それは……」

「それに、命削小隊やつらからしたら、お前だって帝国軍人こっち側の人間でしかねぇんだ」


 フォーガスは、顔の古傷を触ると、タバコと酒でやられている喉を震わせ話す。


「だからといって、罪のない人間を兵器扱いするのは許せません」

「ミストリア。幻想を振りまくのは自由だが、実際お前は安全区域で敵の補足をするだけの役割だ」

「ッ……! それは……!!」

「現実を見ろ。報告ご苦労だった」


 フォーガスは心底呆れた表情でため息混じりに退室を促した。そんな状況に不満を顔一面に匂わせたミストリアは、そのまま部屋を後にする。




宇宙聖遺物ギャラクシーファクトか」


 ミストリアの居なくなった部屋で、フォーガスは誰に見られることもなく意味ありげに天を仰いだ。

 

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