病み村の名医(2)

「ありがとねぇ、ビルス先生。また、足が痛いときはよろしく頼むねぇ」

「はい、また何時いつでもいらしてくださいね」


 ガチャン


 最後のお客さんが扉を閉めるまでしっかりと笑顔で手を振り、これにて午前中の業務は終了である。


 本当ならここでゆっくりと昼寝でも出来たら幸せなのだが、そうも言ってられない。私は昨日買ってきておいたサンドイッチを口に詰め込み、外出の準備を始める。


 私は「ただいま外出中」と書かれた看板をドアノブに引っ掛け、村の中心へ向けて歩き出した。


 この村は小さいこともあってか、ほとんどの人が顔見知りである。医者という職業も関係しているのかもしれないが、今朝に挨拶をしてきた子供たちのように、村を歩いているだけで声を掛けられるのだ。日によっては、孫の自慢話を延々と聞かされて、用事が終わらないなんてこともある。


 そして、それは今日も例外ではなかった。


「あら~、ビルス先生!」


 声をかけてきたのは、両手にあふれんばかりの野菜を抱えた、八百屋のサリーさんであった。


「こんにちは。今日もいい天気ですね」

「この前はありがとねぇ。ビルス先生の薬は腰痛によく効くから、いつも助かってるわ」

「お役に立てて光栄です。今日も畑仕事ですか? 暑いのにご苦労様です」

「そうなのよ。今日は特に暑かったから、川の水をたっぷりと野菜たちにあげてきたわ~」


 サリーさんは畑仕事で腰を痛めるたびにやってくる、うちの常連さんである。サリーさんはどんな時でもニコニコ笑っているため、彼女の怒った顔を見た人はいないと噂されている。


「あ! 忘れてた。はいこれ、いつものお礼よ」


 そう言って手渡されたのは、真っ赤に熟したトマトであった。


「先生、いつも疲れてそうだから。野菜もしっかり取らなきゃだめよ~」


 今日も変わらない笑顔でそう言い残し、サリーさんは八百屋の方に歩いて行った。


 それからは特に話しかけられることもなく、順調に買い物は進んでいた。そう、が来るまでは……


 それは全ての買い物が終わり、家に帰る途中にやって来た。


「せんせー、やっと見つけた…」


 振り向くとそこには、今朝、元気に挨拶をしてきた子供の一人、ラックだった。


「どうしたんだいラック? 何かあったのか?」

「みんなが、みんなが大変なんだ… 急いで村長の家に来て」


 彼は息を切らしており、服は汗で濡れていた。恐らく私を探して村中を走り回ったのだろう。何があったかは分からないが、本気で私に助けを求めていることだけは一目で理解できた。


「分かった。すぐ行こう」


 私はラックと共に村長の家に急いだ。



 村長の家に入ると、そこには高熱にうなされる子供たちと、彼らを看病する村長がいた。そして、その子供たちはラックと共に、今朝私に挨拶をしてきた子供たちであった。


「村長、子供たちはどうしたんですか?」

「うむ……昼過ぎじゃったかの? ラックが突然私の家に走って来たんじゃよ。そして、ラックに言われるがままについていったら、みんなが倒れていたんじゃ。ラックの話だと、鬼ごっこをしている途中で急に倒れてしまったとかなんとか」 

「……そうですか」


 私は看病を手伝いながら、子供たちを観察する。


 「どうせ水も飲まずに走り回っているから、水分不足にでもなったんじゃろう。全く、元気になったら説教じゃわい」


 村長はぐちぐちと文句を言いながらも、看病をする手を止めることはなかった。


 確かに、今日はいつも以上に暑い日だった。だから、水を飲まなかったせいで倒れてしまうのは理解できる。しかし、ラック以外の全員が一緒に倒れるなんてことがあるのだろうか。


 それに、他にも分からないことがある。彼らの体をよく見ると、全身が赤く腫れているのだ。ただの水分不足でこうなるとは、到底思えない。


 うーむ、分からないことが多すぎる。


 私は唯一無事だったラックに声を掛けることにした。


 しかし、ラックは部屋の隅で体育座りをしたまま動こうとしない。友達が1度に全員倒れてしまったのだ。ショックを受けるのも無理はないだろう。


 ここは大人として、明るく励ましてあげなくては……


「ラック、そんなに心配しないで。私が絶対みんなを助けてあげますから」

「……うん」

「私こう見えて、とっても頭が良いんですよ。病なんてちょちょいのちょいです!」

「………うん」


 ラックの表情は一向に変わらない。安易な励ましは逆効果だったようだ。


 そうだ! 気を紛らわせるために世間話の方がいいのかもしれない。


「リック、今朝言ってた魚は見つかったかい?」

「ううん、見つからなかった。昨日までは居たらしいんだけど、もうどこか行っちゃったみたい」

「そうですか、それは残念だったね」

「うん、捕まえたら学校の池で飼おうってみんなで決めてたんだけどなぁ」


 友達のことを思い出したラックの表情は、涙を堪えるのに必死だった。


 重い雰囲気が家に広がる。しかし、それは長く続くことは無かった。



「すいません! ビルス先生はここですか?」


 そう言いながら、村長の家に駆け込んできた人の背中には、笑顔が消え、ぐったりとしたサリーさんがいた。


「どうしたんですか!?」

「八百屋の前で倒れてたんです。すぐに診察をお願いします」


 私はすぐに診察に取り掛かった。


 診察の結果、サリーさんの症状は子供たちとほとんど同じであることが分かった。唯一違う点は、子供たちが全身腫れているのに対して、サリーさんは肘から指先にかけてしか腫れていないのだ。

 

 この違いは何なのだろう?


 私は今日の子供たちとの会話とサリーさんとの会話を思い出した。


 子供たちは川に行った後に鬼ごっこ、サリーさんは畑仕事をしただけである。



 ん? もしかして……


 私はうつむいたままのラックにもう一度話しかけた。


「ラック、さっき魚は見つからなかったって言っていたよね? その後はすぐに鬼ごっこをしたのかい?」

「ううん、せっかく川に来たんだからってみんなで川遊びしたよ。でも、僕まだ泳げないから……僕だけ入れなかったんだ」

「……そうか」

「でも僕ね、今お父さんとお風呂で泳ぐ練習をしてるんだ! そして、泳げるようになったら、みんなと一緒に泳ごうって約束してたのに……」

「……そうか、分かったかもしれない」

「え?」


 ラックは涙目のままこちらを見る。


「ラック、君のおかげで原因が分かった」

「本当に? 信じていい?」

「ああ、お友達のお父さん、お母さんには安心するようにって言っておいてくれるかな?」

「うん! 任せて!」


 ラックは力強く返事をした。その表情はすでに笑顔に変わっていた。


 今朝見たばかりのラックの笑顔が妙に懐かしく感じる。


 窓を見ると、あんなに青かった空は既に赤く染まっていた。


 まずいな、暗くなったらが見つけにくくなってしまう。


 私は白衣を脱いで、勢いよく村長の家を飛び出した。






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