夢の時間は、もう終わり
CHOPI
夢の時間は、もう終わり
初恋から今までの恋、全部そう。私は、始まる前から始めない。
……でも、だから傷つかなくて、とてもラク。
初恋は保育園の時の担任の先生。若いお母さん達にも大人気だった、爽やか系の優しいお兄さん的な先生だった。確か、卒園式の日、周りのお母さんたちが話しているのを聞いた。
『先生、これを機会に結婚するみたいよ』
担当していた、私たちのクラスを卒園させるのをきっかけに結婚するって話だった。まぁ、でもこれは仕方ない、そもそも園児と先生じゃ立場がねぇ……。
で、次に好きになったのは、小学校低学年の時に同じクラスだった、学年で一番足の速い男の子。まぁ、これも定番っちゃ定番。なんでこの頃って足の速い子好きになるんだろうね、って感じ。だけど強いて言えばその子は、足が速いうえに基本的に優しくて明るくて、クラスの中心にいるような存在だった。その子が『やろう!』っていうと、みんながその子に合わせて(しかも無理なく)『じゃ、やるか!』みたいな空気になる、そんな人望を持っていた子だった。
その子の事が好きだった、って過去形になったのは、それこそ学年で一番かわいいって言われていた女の子が隣に立っているのをよく目にするようになったからだと思う。諦めた、っていうのもあるけど、それ以上に大きかったのは、単純に自分に自信が無かったから。でも別にその片想いに後悔があるかと言われたら、後悔は無い。理由は簡単、始めても無かったから。
はい、次の恋。これは確か、もう中学生に上がっていた。一個上の先輩で部活を通して仲良くなった。『憧れ』が『恋』に変わるってやつね、これもよくある話。先輩がよく自主練習って言って練習している姿を飽きもせず、ずーっと見ていたっけ。今でもはっきり思いだせる、キレイな夕焼けと先輩の練習姿。その時いつも『まだ、もう少しだけ、このまま』って願っていたっけなぁ……。
その先輩は結局、私が行動をしないでいるうちに、先輩と同学年の彼女さんを作っていた。でも別にこれも傷ついたかっていえば、そこまででも無かった気がする。結局先輩との距離感は、先輩が卒業するまで変わらなかったし、先輩が卒業してからは自分が受験生でそれどころでも無かったし。これも始めなかった片想い。
だから今回もそういう方向で。高校三年生になった私が今回好きになった子は、二個下の後輩くん。生徒会で一緒になった彼は、ちょっと頼りないけど、真面目で誠実な感じ。だけど聞けば同じ生徒会の私の一個下、彼の一個上の彼女と付き合い始めたとか。ここまでくるともう慣れたものですよ。始まる前に始めない。勝手にばれないよう、一方通行で『好き』の気持ちを募らせて。傷つかない、一方通行の片想い。だって勝手に想っているだけだから、ラクでいい。
「……またそういう感じに落ち着くんだ?」
「良いでしょ、別に。迷惑かけてないし」
「そりゃそうだけど……」
唯一私の片想い遍歴を知るのは、幼馴染だけ。保育園の頃からの腐れ縁。なんでか理由はわからないけど、私が誰かを好きになるたびに『なんかあったでしょ?』って話を聞かれる気がする。でも幼馴染は兄弟がいない私にとっては兄弟みたいなものだし、隠すことも特にないかなって思って話している。
「でもさぁ、いいの? いい加減、辛くならない?」
「え? 何が?」
「片想い」
「いや、別に?」
「……そう……」
幼馴染は諦めたのか、黙ってしまう。
――カランッ
テーブルの上に置いた、グラスの中の氷が解けて音が鳴る。水滴がグラスの周りを濡らしていて、持ち上げると水滴でテーブルに円が描かれていた。それを見た私は、あぁ、もう結構夏が近づいてきているんだな、なんてぼんやり思う。
「ねぇ、久しぶりにさ」
幼馴染が声をかけてくる。
「ん?」
私はテーブルの上に描かれた水滴の円が気になって、ティッシュで拭いながら返事をした。グラスの中に入っているカフェオレに口を付けると味が少し薄まっていて、そんなに長いこと話したかな、とどうでもいいことが頭をよぎった。
「行ってみない? あそこの夏祭り」
太鼓をたたく音、笛を吹く音色。祭囃子が遠くから聞こえてくる。今日は地元で行われる小さなお祭りの日だ。先日、幼馴染から急に『久しぶりに行ってみないか』と誘われて気が付いたけど、もうここ数年地元のお祭りには行かなかったように思う。それは高校生になって行動範囲も広がって、地元のお祭りよりも少し大きい花火大会だとかに足を運ぶようになったからだ。
「お待たせー」
外が既に薄暗くなり始めたころ。家の前でいつも通りに待ち合わせをした。
「別に待ってないけど」
「なら良いんだけど」
そう言うと幼馴染は私の手を引いて、先へ先へと歩いていく。いつもよりもその足取りがほんの少しだけ早歩きな気がして、なんでだかそれが少しだけ引っかかる。
「そんなに急ぐ?」
「久しぶりだし。楽しみだったし」
幼馴染はそういって歩くペースを落とさない。私は浴衣を着ていたから、下駄で追いかけるのが少しだけ辛くて。だけど幼馴染がそんなに楽しみにしていたことを考えると、言い出すに言い出せなくなってしまった。
祭囃子がだんだんと大きくなる。
それにつれて、いつもの世界が少しだけ、曖昧になる。
あぁ、なんだか夢の中にいる、みたいな。
ソースの焼ける香り。甘いシロップの香り。揚がったばかりの揚げ物の香り。
「お腹空いたー!」
香りに刺激を受けた幼馴染は思いっ切り叫んだ。恥ずかしい、子どもじゃないから止めてよ!とは思うけど、同じことを考えていた手前注意することが出来なかった。
「何食べようか?」
いつもよりも少しだけ見開いた目を輝かせて、幼馴染は訴えかけてくる。
「そうだなー……」
そうして答えた物の数々。焼きそば、とうもろこし、かき氷……。
――フッ
幼馴染の口の両端が軽く上がる。優しく目元が緩んで、半月上の弧を描く。
「小さい頃から変わらないね」
もう、ずっと一緒。だからわかる、私の好み。
その後は二人で私の言ったものを片っ端から買っていった。最後に来たときはお小遣いの残金を確認しながら、二人して『あっちの方が安かった』だの『あれの方が量が多かった』だの言い合って買っていたのに、今じゃそんなこと気にしなくても事足りるくらいにはお財布事情は成長していて。少しだけ、自分たちの成長を感じたりして。
「あっちの、いつもの石段の方行こう」
幼馴染がそう言って、左手に買ったものをまとめて持ったかと思うと右手をこちらに差し出した。今日はやけに手をつなぎたがるな……、そう思いつつ、私も右手に荷物をまとめて持って左手を差し出す。そうして二人、手をつないで歩き出した。
「ねぇ、いつまでさ」
横を歩いている幼馴染が話し出す。幼馴染の方に視線を向けたけれど、その表情はうまく読めない。
「ん? なに?」
「いつまで、片想い、続けるの?」
この間の話の続きか、そう思った。私は視線を幼馴染から進行方向へと戻す。
「んー……わからないけど。別に始める必要性も無いかなって。だってずっと好きでいられるし」
「それ、本当に『恋』なの?」
「『恋』だと思ってるんだけど。私的には」
話している間にいつもの、と話す境内の石段についた。とりあえず、と座って買ってきたものを広げる。さっきよりも会場から離れた分、祭囃子が遠く聞こえて、提灯屋台の明かりもおぼろげだった。
「いただきまーす」
そう言って私は先に買ってきたかき氷に手を付け始めた。なのにしばらく経っても横の幼馴染は俯いていて動く気配が無くて、だからちょっとだけムカついて、口の中に食べかけだったけどかき氷をぶち込んでやる。びっくりして固まりつつ、口の中にあるだろうかき氷が解け切ったころ合いを見計らって声をかける。
「……食べないの」
「ごめん、食べる」
だけど幼馴染はどれにも手を付けようとはしなかった。
「……あのさ」
今日の幼馴染はどこか少し様子が変だ、と思う。あまり具体的には言葉にできないけれど、何となくいつもと様子が違う、それだけは絶対的な確信があった。
「ん?」
私はそれに気が付きながらも、答えが見えないせいで幼馴染に問うことが出来ない。
「……最初で、最後。キミが大人になるための、告白」
そう言った幼馴染が顔を上げて私の方を見た。だけど薄暗がりの中、幼馴染の表情はうまく見えなくて。
「キミのこと、好きなんだ」
祭囃子が聞こえなくなった、そう錯覚を起こす。幼馴染からのその告白は、たぶん私が一番聞きたくなかったもので。
だって、ねぇ。始めちゃったら……
――……夢は、終わりを迎えるんだ
「……ねぇ、なんで?」
もう気配が無くなってしまった幼馴染に問いかけた。頭では、本当はわかっていた、幼馴染はそろそろ消える存在だってこと。むしろ今まで一緒に居れたことの方がキセキに近いのかもしれない。
私の周りにある買ったもの、本当は全部一人分。どれをとっても二人分ではない。そんなの当たり前だ。だってキミは『私だけ』の、幼馴染だから。
――……始めなきゃ、終わらない。終わることのない夢の中、一緒に居られたらって、願うことは間違ってるの?
遠くから祭囃子が戻ってくる。少しずつ目の前が現実に引き戻されていく。
あぁ、なんでだろう、今まで自分がしてきたどの片想いよりも。キミが残していった片想いの方が、ずっとずっと痛くて、苦しくて。あぁ、たぶんこれが。本当の恋。それでもって、本当の失恋。
高校三年の夏。私を大人にして、キミは夢の中に溶けていった。
夢の時間は、もう終わり CHOPI @CHOPI
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