第2章 帆港学園の女軍曹

6話 自業自得のコードRED

 中華街での散策を皮切りに、江奈ちゃんとの放課後のお出かけはそれからも続いた。


 江奈ちゃんは手芸部にも所属しているため、そちらの活動がある日などはさすがに時間は合わなかったけれど。


 それでも、映研の部室で適当に時間を潰したのち、一緒に学校を出てちょっとした街歩きをするのが、ここ最近の俺たちの日課になっていた。


「颯太くん。いま、赤レンガ倉庫でこんなイベントが開催されているようですよ?」

「ああこれ。野外シネマのやつだよね。俺も気になってたんだよな」

「でしたら、これから行ってみませんか? 観覧無料だそうですし、予約も必要ないみたいですから」

「そうだな。じゃあ、ちょっと行ってみようか」


 こんな具合に、最近は江奈ちゃんから積極的に行きたい場所を提案してくることも増えてきた。


 恋人時代は俺に対して変に遠慮するようなところもあったけど、今ではそれもすっかりりを潜めている。


「会場には出店もあるようですね。フライドポテト、ドネルケバブ、クレープにガレット……う~ん。どれから食べようか、迷ってしまいますね」

「江奈ちゃんさ、もしかして全部の出店を制覇しようとか思ってる?」

「へっ? あっ、いえ、その……い、いいじゃないですか。だって、どれもすごく美味しそうですし」

「いやまぁ、べつにダメとは言わないけども。でもほら、さすがに全制覇となるとカロリー的にまずいんじゃ……」

「颯太くん、いけません。グルメを前にした女の子にそういったことを言うのは、御法度ごはっとですよ」

御法度ごはっと、ですか」

「そうです。それに私、昔から食べてもなぜか太らない体質なので、大丈夫です」


 むしろ、江奈ちゃんが前よりも自然体で接してきてくれるようになったおかげで、俺にしても変に肩肘かたひじを張らずに過ごせて気が楽だった。


 可愛くて気が合う友人と楽しい放課後を過ごし、家に帰れば映画やゲームといった趣味の時間を謳歌おうかする。


 ああ、なんと穏やかで素敵な学校生活だろうか。やっぱり俺には元来、こういうのんびりスローライフがしょうに合っているということなんだろう。


(まぁ……水嶋の仕事とやらが一段落したら、また騒がしい日々が戻ってくるんだろうけどな)


 しかし──俺のそんなハッピースローライフは、思いのほか早い終焉しゅうえんを迎えることとなってしまった。


  ※  ※  ※


「ニュースが二つある」


 それは、中間テストが終わって一週間ほどが過ぎた金曜日のこと。


 例によって俺が江奈ちゃんと一緒に映研の部室を訪れるなり、やけに神妙な顔をした部長が開口一番そう告げてきた。


「はい? 急にどうしたんです?」

「ニュースが二つある!」

「いや、なんで二回言ったんですか……」


 ため息を吐きつつ、俺はあからさまに質問してほしそうな部長に付き合ってやることにした。


「……良いニュースから聞きましょう」

「残念ながら両方とも悪いニュースだ」


 言うなり、部長は懐から取り出した一枚のA4用紙を部室のテーブルに置く。


 用紙には「部活動実態調査のお知らせ」と大書たいしょされ、その下には数行の簡潔な文章が記されていた。


「今朝、私のもとにこの書類が届けられた。これがニュースの一つ目だ。どうやら、帆港うちの文化部それぞれに配布されているものらしい。内容は見ての通り、活動実態の調査、とのことだ」

「調査って……誰が?」

「風紀委員だよ」


 俺の質問に、今度は藤城ふじしろ先輩が口を開く。なんだかいつも以上に苦い顔だ。


「佐久原。お前、いまうちの学校に文化系の部がいくつあるか知ってるか?」

「え? え~っと……」


 言われて考えてみるが、すぐに答えは出せなかった。


 というか、そもそもこの学園、割と頻繁に新しい部活ができたりしてるからなぁ。今現在いくつの部があるかなんて、わかるヤツの方が少ないんじゃないか?


 これもきっと、「自由な校風」というわが校のモットーゆえの現象だろう。


「ま、だろうな。俺も正確には把握してない。つまり、そんだけ色々な部が存在しているってわけだ。必然、中にはいまいち活動実態の怪しい部だってあるだろう。例えば、部活動と称してただ部室でダラダラしているような、な」

「うぐっ……」


 藤城先輩からのヘビ睨みを食らって、部長はバツが悪そうにそっぽを向いた。


「で、そんないい加減な部にくれてやる部費も部室もないってんで、今年度から定期的に風紀委員による各部へのガサ入れが行われることになったそうだ」

「え~と……じゃあつまり、そこで『いい加減』だと判断されてしまった部は……」

「ま~、それはもちろん、廃部になって部室から追い出されちゃうよね~」


 おっとりした口調とは反対に、菊地原きくちはら先輩が厳しい現実を口にする。


「……それ、マズくないですか?」

「ああ、マズいな。ここ最近ロクに実績も挙げられていない映研なんか、まず粛清しゅくせいの対象だろうよ。そうなりゃ次回作どころじゃない。この部室ともお別れだ」

「そ、そんな……せっかく、映研の皆さんと知り合えたばかりなのに……」


 俺の隣で話を聞いていた江奈ちゃんが、思わず口元を手で覆う。

 

「くっ! 風紀委員……学園の犬どもめっ! 部長陣との話し合いの場すら設けず、こんな横暴な……我々のような弱小部がいくつ路頭ろとうに迷おうと構わないかっ!」


 部長が下唇を噛み締めながらバンとテーブルに拳を叩きつける。


 それを冷静にさとしたのは藤城先輩だった。


「いや、それもこれもお前が早く次回作の企画を始めないからだろ。自業自得もいいところだ。むしろ、俺たちみたいなちゃらんぽらんな部が今まで目を瞑ってもらえていたのが不思議なくらいだぜ」

「んなっ!? ふ、藤城君は一体どっちの味方なんだい!?」


 などと部長は泣きべそを掻くが、正直俺も藤城先輩の意見に同意だ。


 最近までロクに参加していなかった俺が言うのもなんだけど、開店休業もいいところだったからなぁ、うちの部。


 俺たちのような部に回していたリソースを切り詰め、その分をもっと真面目に活動している他の部に回したい、という御上おかみの考えもむべなるかなだ。


「それで、部長。悪いニュースのもう一つは何なんです?」


 俺が問いかけるなり、部長は噛み潰した苦虫を泥水で飲み下したような顔をして。


「あ、ああ……もう一つは、我が映研の調査を担当する風紀委員が──であるということだ」

「彼女、って」


一体誰です、と俺が口にするよりも早く。


コンコンコンッ、コンコンコンコンッ!


不意に、何者かが映研の扉を忙しなくノックする音が響いてきた。


「──風紀委員会の者です。開けていただけますでしょうか?」


続いて扉の向こうから聞こえてくる、凛とした声。部長の口から「ひっ」という小さな悲鳴が漏れる。


「き、来た……! どど、どうしよう、みんな!?」

「今さらジタバタしてもしょうがないだろ。立てこもるわけにもいかないし、ひとまず入れてやった方がいいんじゃないか?」

「わたし、とりあえず軽く掃除でもしておくね~」


 すでに腹はくくっている、といった様子の先輩たちの言葉に背を押され、部長はおそるおそる部室の扉へと近付いた。


「あ、あの~……風紀委員の方が、どういったご用件で?」

「今朝に通達した、部活動の実態調査の件で参りました」

「な、なるほどぉ~……あ、いや、でも今ちょ~っとバタバタしていましてぇ……お話なら、また日を改めていただけると助かる、というかぁ……」


このに及んで往生際の悪さを見せる部長。


 しかし、向こうさんはそれに付き合う気はないようだった。


「調査の件と言っても、今日のところはあくまで今後の流れの説明をしに来ただけです。そうお時間は取らせませんので」

「そ、そう言われても、こちらにも都合というものが」

「我々は帆港学園生徒会、ひいては学園上層部からの指示で動いています。とどこおりなく調査を進めるために、ある程度の実力行使とそれらへの正当性も認められている」

「うっ……」

「とはいえ、その権利を行使しないに越したことはないとも考えています。ですから──ご協力、いただけますね?」

「……ハイ」


 扉の向こうから声だけですごまれ、あわれ部長はしなびたワカメみたいにしおれて、渋々と部室の扉を開けた。


 果たして、ツカツカと規則正しい足音を響かせて部室内へと踏み入ってきたのは……。


「げっ」

「……ふんっ、ご挨拶だな。もっとも、ボクも今のお前と全く同じ気持ちだが」


 あまり学園での交友関係がない俺の、数少ない見知った顔だった。


年貢ねんぐの納め時だな、颯太?」

「よりにもよってお前かよ……瑞稀(みずき)」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る