7話 鬼、悪魔、風紀委員!

「自由な校風」をスローガンとして掲げている帆港ほみなと学園では、他の学校と比べると生徒の自主性を重んじている部分がかなり大きい。


しかし、そこはやはり意識高い系の進学校。だからといって学校内がとんでもない無法地帯になるなどということはない。


問題を起こしたり校則を破ったりすれば、わりとあっさり停学・退学させられる「自己責任」の風潮が強いのもまた、この学園の特徴だからだ。


自由には、それ相応の責任が伴う。それを大半の生徒がしっかり認識しているのである。


 ……というのはまぁ、どちらかといえば外向きの理由で。


 実際のところ、うちには無法者や校則違反者にはとことんまで容赦しない、こわ~い連中がいるからだ。


 生徒たちからは下手すれば教師陣よりも恐れられているその治安維持集団こそ、我らが帆港学園の風紀委員会である。


「改めまして──高等部風紀委員会1年の火宮ひのみや瑞稀みずきです」


 部室に入るなり俺に睨みをかせたその風紀委員女子は、次には再び部長に向き直って自己紹介をする。


 所々で外側に跳ねたこげ茶色のポニーテールは狼の尾を思わせ、目は見るからに気が強そうな切れ長のつり目。少し黄色がかった琥珀こはくのような瞳と褐色の肌が、どこか日本人離れした雰囲気を醸し出している。


 きっと日常的に体を鍛えているんだろう。華奢ながらもメリハリのある体躯たいくから伸びている腕と足は、しっかりと筋肉がついて引き締まっていた。


「以後、お見知りおきを」


水嶋とはまた違った方向性のクールビューティー系なその少女──瑞稀は、中等部1年の頃から風紀委員会に所属している生粋きっすいの風紀委員だ。


生真面目きまじめ厳粛げんしゅくな性格のメンバーが多い委員会の中でも特にタカ派で知られており、彼女に目をつけられて停学や退学に追い込まれた問題児も少なくない。


 そんなわけで、誰が呼んだか「軍曹」のあだ名で多くの生徒から恐れられている存在だったりするのだ。


 よりにもよってこいつを派遣してくるなんて……どうやら我らが映研は、よほど風紀委員会の不興ふきょうを買っているらしい。


「同じく、高等部風紀委員会1年の真鍋まなべ明乃あけのっス! よろしくお願いしますっ!」


 そんな彼女のかたわらに控えつつ溌溂はつらつとした挨拶を口にするのは、明るめの茶髪セミロングをサイドテールの形に結わえた女子生徒。こっちは初めて見る顔だった。


先ほどから愛想のないへの字口を続けている相方とは反対に、白い歯をニカッと見せながらの愛嬌のある笑顔。


声のデカさといい、律儀に手を後ろに回しての仁王立ちといい、いかにも元気爆発な体育会系熱血ガールって感じ。体育祭で率先して応援団長とかやりそうなタイプだ。


「……明乃。室内では声のボリュームを落とせって、いつも言ってるだろ」

「はいっ! すいませんっ!」

「いや、だから……まぁいい。まずは仕事を片付けよう」


 悩まし気に眉間みけんを指で揉みほぐした瑞稀は、そこで再び宮沢部長へと向き直った。


「先にお渡しした書面にてお伝えしているように、我々二名が映像研究部の監査を担当させていただきます」

「は、はぁ……」

「期間は今月末まで。それまでに、映像研究部を存続させるにあたいする何らかの実績が報告されれば、その後の部活動継続を認めます」

「ほ、報告されなかった場合は……?」


 おそるおそる尋ねる部長に、軍曹は慈悲じひの欠片もない目をして淡々と告げる。


「当然、です。期日を迎えると同時に、皆さんには即刻そっこくこの部室から退去していただく。もちろん、この大量の映像資料をはじめとした備品も全て撤去です」

「そ、そんなご無体むたいな……」


 とうとう膝から崩れ落ちる宮沢部長。


 仮にも先輩である彼女を冷ややかな目で見降ろし、瑞稀は追い打ちとばかりに言葉を続けた。


「この世の終わりのような顔をしていらっしゃいますが、普段から真面目に活動をしているのであれば、何も困る事はないのでは?」

「うぐっ!? そ、それはそうなんだが……」

「それに、期日までまだ一月ほどあります。廃部を回避したいのであれば、それまでにきちんとした活動実績を出せばよろしい。充分に温情のある裁定だと思いますが」


 正論に次ぐ正論の猛ラッシュを食らった部長は、もはや返す言葉もないようだった。情けなく項垂うなだれるリーダーの姿に、藤城先輩も菊地原先輩も「やれやれ」といった表情だ。


 まぁ、たしかにこればっかりは向こうさんの言い分が正しい。


 ここ最近の映研は、活動らしい活動は何もできていないからな。せいぜいがロケハンをしたり、資金集めのバイトを探したりって程度だろう。


 本分である「映像制作」や「映画製作」をして発表する。これを一か月以内に達成しない限り、映研の未来は無いってわけだ。


「本日の用件は以上です。それではまた月末に。行くぞ、明乃」

「はいっス! 火宮先輩!」

「……同学年なんだから『先輩』はよせ。それもいつも言ってるだろ」

「いえっ! 同学年でも、風紀委員としては大先輩っスから!」


 伝えるべきことは全て伝えたとばかりに、風紀委員コンビはさっさと部室を後にする。


 去り際、瑞稀が俺の方をチラリと振り返って「ふっ」と小馬鹿にしたように鼻で笑うのが見えた。


 う~む……相変わらず嫌われたもんだな、俺も。


   ※ ※ ※


「とりあえず……今日のところはもう、解散で……」


その後、すっかりやつれはててしまった部長にそう言われ、俺たちは各々おのおのに部室を後にした。


「やれやれ、面倒くさいことになったなぁ」


 部室棟から本校舎の昇降口へと向かう道すがら、俺は眉間みけんにしわを寄せてぼやいた。


 隣に並んで歩く江奈ちゃんも、神妙な面持おももちで首肯しゅこうする。


「そう、ですね……あと一か月で実績を出さなければ廃部、だなんて。あまりに突然のことで、私、まだ少し混乱しています」

「俺も驚いたよ。でもまぁ、藤城先輩の言う通り、自業自得といえば自業自得なんだろうな。映研がまともに活動したのって、たしか俺が『君春きみはる』を撮る時に協力してもらったのが最後だったんじゃないか?」

「それって、颯太くんが文化祭で作ったあの映画ですか?」

「そうそう」


「君のいない春」、略して「君春」とは、俺が去年の秋の文化祭で制作することになった青春恋愛映画のことだ。


俺みたいな陰キャラにはとんと縁がないテーマだし、なかば押し付けられる形でメガホンを取ったので、ぶっちゃけいまいち情熱を傾けられた作品ではなかったのだが。


 それでも、あの映画をきっかけに江奈ちゃんと知り合えたことを考えればまぁ、今となってはそれなりに思い入れのある作品ではある。


 もちろん、あれはあくまでクラスの出し物なので、演者や裏方のスタッフは全員当時のクラスメイトたちだ。


 ただ、ロケ地の選定や編集作業の手伝いなど、部長や先輩たちには色々な面で随分サポートしてもらっていた。


「けど、それももう半年前のことだからなあ。『最近の実績』って言い張るには、さすがにそろそろ限界だよ」

「では、やはり今すぐ『新作』を作るしかない、ということですね?」

「そういうこと。でもその肝心の新作企画っていうのが、まだ部長の中で固まってないみたいでさ。はてさて、どうなることやら……」

「う~ん……こればかりは、宮沢先輩に頑張って考えていただくしかないのでしょうか?」


 半ば幽霊部員だったからかいまいち当事者意識の薄い俺とは反対に、江奈ちゃんはまるで自分の家族の危機でもあるかのように難しい顔つきだ。


(……いや、そりゃそうか)


 両親が厳しかったということもあり、これまで江奈ちゃんは、基本的にずっと一人で趣味にいそしんできた。


 こんないい加減な部でも、だから、江奈ちゃんにとってはようやく見つけた「同好の士」たちとの大事なコミュニティなんだろう。


 それが早々に無くなってしまうというのは、考えてみれば気の毒な話だ。


 ちょっと前までの俺なら、きっと「仕方ない」と諦めていただろうけど……江奈ちゃんのこんな顔を見ちゃったら、そうも言ってられないよなぁ。


(なんとか廃部を回避する方法はないもんだろうか……)


 江奈ちゃんに釣られる格好で、俺も難しい顔をしながら考えを巡らせる。


 そうして二人して頭を悩ませながら、やがて昇降口までたどり着いたところで。


「廃部の危機だというのに、呑気に女子と逢引あいびきとはな。随分と余裕じゃないか」


 まるで俺たちが来るのを待ち構えていたかのように、ヤツはそこに立っていた。


「……またお前か、瑞稀」

「ああ。またボクだ、颯太」

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