新・連載版 シーズン3

プロローグ

プロローグ

 鬱蒼うっそうしげる雑木林によって日差しが遮られているお陰で、薄暗くも心地の良い涼しさを感じられる、体育倉庫棟の裏通り。


 人通りもほとんどないために伸び放題な雑草に覆われた、その細い裏道の先で。


「構えろ颯太──お前を殺して、ボクも死ぬ」


 およそ平凡な高校生活においてはまず聞かないような物騒なセリフを吐きながら、眼前の少女は俺を睨みつけていた。


「ちょっと待ってくれ。お前は何か重大な勘違いをしている。まずは話を……」


 両手の拳を顎を守るように上げ、右足を後方に下げて半身の構えを取る少女。


 あからさまに臨戦態勢を整えているそんな彼女をなだめようと俺は弁解を試みるが、すでに聞く耳は持っていない様だった。


「問答無用! 構える気が無いならこっちから行くぞ!」


 言うが早いか、少女は一瞬自らの重心を落とす。


 ところどころ外側に毛が跳ねたトゲトゲのポニーテールがふわりと揺れたかと思えば、次には凄まじいほどの足のバネを見せてまっすぐこちらに突っ込んできた。


「ぜぇぇいッ!!」

「うおっ!?」


 咄嗟とっさに俺が上半身をのけ反らせるのと、少女の右足から繰り出された上段じょうだんりが俺の鼻先を掠めるのとは、ほぼ同時だった。


(あっ……ぶねぇぇぇぇ!?)


 蹴りの速度が速すぎて、ほとんど軌道が見えなかった。


 いま避けられたのは、ただの山勘やまかんだ。一歩間違えればこの一撃で勝負アリだったに違いない。


 慌てて二歩、三歩と距離を取る俺に、スパッツが丸見えなのも気にせず高々たかだかと空に上げていた右足を下ろし、少女は不敵に笑ってみせる。


「ほぉ? 今の一撃をかわすとは。並みの相手ならこれで一本は取れるのに」

「おまっ……お前っ! 今の絶対本気だったろ! 当たってたら確実に脳震盪のうしんとうコースの蹴りをお見舞いしようとしてたよね!?」

「そうだが?」

「悪びれないね少しも!? 素人相手に無茶すんな!」

「ふん、なにが素人だ。ボクの蹴りはただの素人がしのげるほど甘いものじゃ、ないっ!」


 再び距離を詰めてきたトゲポニの少女が、今度は左足の下段げだんりを繰り出してくる。


 俺は反射的にジャンプしてそれをかわし、けれど少女は左足を振った勢いそのままに体を回転させ、追撃の右後ろ回し蹴りを放ってきた。


(やばっ!?)


 宙に浮いた状態では満足に身動きが取れない。


 俺は瞬時に回避の選択肢を捨て、右腕を立てて中段ちゅうだんよこけの構えをとった。


「ぐうっ!?」


 俺よりも一回りは小さい少女の体躯たいくからは想像できないほど重い一撃。


 ガードしたおかげでダメージこそ抑えられたものの、俺の体は数メートルほど吹っ飛ばされた。


「ちっ、耐えたか。三年のブランクがあるとはいえ、つちかった動きはまだ体が覚えているみたいだな。お前のそういう所も……嫌いだ」


 攻撃が不発に終わったことが不満らしく、少女は舌打ちと共に吐き捨てる。


「耐えれてないですし! 思いっきり右腕痺れてますし!」

「いちいち騒ぐな。たかが女子高生にちょっと蹴られたくらいでみっともないぞ」

「いやいや、あんなスピードとパワーでその太い足の蹴りを食らったら誰だってこうなるって。もはや凶器だよ、凶器」

「んなっ!?」


 ジンジンと痛む右手を擦りながら俺が言うと、途端に少女は顔を真っ赤にしながらスカートの辺りを手で押さえた。


 それまでの勇ましい構えから一転、打って変わって内股になったトゲポニ少女は、怒りと羞恥がないまぜになったような表情を浮かべる。


「だだだっ、誰の太ももが丸太みたいにぶっといだとっ!?」

「え? いや、そこまでは言ってないけど……」

「太くないがっ!?」

「あ、はい……ソウデスカ」


 気恥ずかしさからかぎゅっと下唇を噛み締めた少女は、けれどすぐにまた追撃の構えを取ると。


「もういい……やっぱりお前はここで殺す」

「待った待った! だからまずは俺の話を聞いてくれって!」

「うるさい! になった以上、ボクにはもうこうすることくらいしかできないんだ! だから……さぁ構えろ、颯太!」


 いよいよなりふり構っていられないといった様子で、少女がまたぞろキッと俺を睨みつける。


 その目の端には、しかし、うっすらと光るものが見え隠れしていた。


 どうやら、ひとまず彼女の納得いく形で決着をつけない限りは、まともに話を聞いてはもらえなさそうだ。


(まったく……なんで俺がこんなバトル漫画みたいなノリに付き合わなくちゃいけないんだ)


 ちょっと前までは、いたって平和な学園生活を送っていたはずなんだけどなぁ……。

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