15話 犯罪者にしか見えないよな…

「颯太、大丈夫? なんか疲れた顔してるけど……もしかして具合悪い?」

「だ、大丈夫だ……問題ない。ちょっと歩き疲れただけだから」


 そうして、何度か水嶋と江奈ちゃんの下を往復した頃には、さすがに俺もすっかり気力と体力を消耗してしまっていた。


「そう? なら、いいんだけど」


 当然だが、水嶋はいつまでも同じエリアに留まってはいない。色々な店を見るためにあちこちの階に移動するのだ。


 なので、水嶋に見つからないように、俺はその度に江奈ちゃんを別のフロアへと誘導しなければいけなかった。


 プラザには2階の店の他にも何店舗か本屋があるので、別の階に誘導すること自体はそこまで難しくなかったのは幸いだったが。


 それでもこう何度も階段やエスカレーターを上り下りすれば、そりゃあ疲れた顔のひとつも浮かぶってもんである。


 根っからのインドア派の俺に、こんな立体的なシャトルランみたいなことをさせるんじゃない、まったく……。


(そろそろ抜け出すための『言い訳』もネタ切れになってきたし……マズいな)


 4階西エリアのブティック内。目の前で服選びに勤しんでいる水嶋を見やりながら、俺は冷や汗を流していた。


「う~ん……うん。こっちの色の方が良いかな、やっぱり。じゃあ、これとこれ合わせてみるから、ちょっと待っててくれる?」

「お、おう。行ってこい」


 俺が頷くなり、水嶋はウキウキした顔をしながら、店内に一つきりの試着室へと入っていった。


 カーテンによって水嶋の姿が見えなくなったところで、深いため息を吐く。

 

(この様子じゃ、こっちの買い物はまだまだ終わりそうにないなぁ……)


 となると、やっぱり江奈ちゃんとの漫画選びを早々に終えて、彼女の方を先にランドマークタワーから離脱させるのが得策か。


 もう施設内の本屋もあらかた巡り終えてしまったことだし、なら江奈ちゃんとのターンは次で最後に……。


(……んんっ!?)


 なんて考えながら何気なくブティックの入り口に視線を向けたところで、俺は思わず目を見開いた。


 それもそのはずだ。だって、店の前の大通りに、なぜか江奈ちゃんがいたんだから。


(江奈ちゃん!? なぜここに!?)


 江奈ちゃんとはさっきまで1階北エリアの本屋にいた。そこで俺は、「4階の本屋で買い忘れた本があるから」と言って抜け出して来ていたのだが……。


(しまった、さすがに待たせ過ぎたか!? しびれを切らして、俺を探しに来たのかも……!)


 向こうはまだこっちに気付いていないみたいだが、俺たちが今いるブティックはそこまで大きな店じゃない。店前の通りからでも店内全体を十分に見渡せてしまうだろう。


 俺は江奈ちゃんの視界に入らないように、ひとまず近くにあったマネキンの陰に隠れて様子を窺う。


 どうにかこのままやり過ごせれば……と、思いきや。


「…………(スンスン)」


 ブティックの前を通り過ぎようとした江奈ちゃんは、なぜかしきりに鼻をヒクつかせると。


(な、なにぃ!?)


 なんと、次にはおもむろにブティックの店内に入ってきた。


(な、なんでだ!? 姿は見られてないハズなのに……はっ!)


 そういえば江奈ちゃん、前に俺が体育倉庫の跳び箱に隠れてやり過ごした時も、「颯太くんの匂いがした気がした」とか言ってたような……。


 ま、まさか江奈ちゃんには、やっぱり俺の匂いを感知できるほどの嗅覚があるとでもいうのか!?


 だとしたら、このけして広くない店内だ。いくら物陰に隠れていたって見つかるのは時間の問題だ!


(ど、どうする!?)


 俺は必死に頭を回転させながらキョロキョロと店内を見渡して。


 やがて、つい先ほど水嶋が入っていった試着室が目に入った。


(もう、他に隠れられそうな場所はあそこぐらいしか……いやいやいや! でもさすがにそれは……)


 などと葛藤している内にも、江奈ちゃんはどんどん俺の潜んでいるマネキンの近くまで歩いてくる。迷っている時間は、もうなさそうだ。


(……ええい、ままよ!)


 とうとう覚悟を決めて、俺は試着室のカーテンに手をかけて中へと踏み入った。途端に、甘い金木犀の香りが鼻をくすぐってくる。


「へ……?」


 当然と言うべきか、試着室の中には今まさに着替えの真っ最中の水嶋がいた。


 いきなり押し入って来た俺を唖然とした表情で迎えると、さすがに羞恥心が勝ったのか、水嶋はいつものように俺を揶揄からかう余裕もなさそうに狼狽ろうばいする。


「うえぇ!? そ、颯太!? な、なん、なんで急に……!?」


 顔を赤くしながら珍しいくらいに慌てふためく水嶋。


 そんな彼女の口を右手で素早く塞いで、俺は壁際まで押し込んだ。


「んむ!?」


 試着室の中は、人間二人が入るにはやや手狭な広さしかない。


 なので、俺は必然的に左手で壁ドンをしながら、着替え中の水嶋を右手で押さえつけるような格好になってしまう。


(……傍から見たら今の俺、完全に変態犯罪者だよなぁ)


 顔見知りとはいえ、着替え中という無防備な状態でいきなり乱入してきた男に身動きを封じられてしまったんだ。


 江奈ちゃんをやり過ごすためとはいえ、水嶋にはちょっと怖い思いをさせてしまったかもしれない。あとでちゃんと謝らないとな……。


「悪い、水嶋。文句なら後でいくらでも聞くから……今は、少し静かにしててくれ」


 一抹いちまつの罪悪感を覚えながらも、外に声が漏れないように、俺は囁き声で水嶋に言い含める。


「…………(コクコク)」


 しかし、一方の水嶋は驚きに目を丸くしてはいるものの、特に怯えるような素振りは見せずに、素直に頷き返してくる。


 それどころか、なぜか風邪で熱に浮かされている時のようなトロンとした瞳で、じっと俺の顔を見上げていた。


 そうして五、六分ほども固まっていただろうか。やがて試着室の外から江奈ちゃんの気配が消えた頃を見計らい、俺はカーテンの隙間から店内を見回した。


「……行ったみたいだな」


 どうにか危機は去ったらしい。俺は安堵のため息をついて、水嶋の拘束を解いてやった。


「あ……えっと、よくわかんないけど、もう喋っても大丈夫、かな?」

「ああ。いや、悪かったな水嶋。突然こんな、こ、と…………」


 問われて試着室内を振り返った俺は、そこでようやく、水嶋がインナーにシャツ一枚を羽織っただけというあられもない格好をしていたことに気が付いた。


「うおわっ!?」


 俺は慌てて試着室を飛び出し、カーテンを閉めてくるりと背を向ける。


「わ、悪い! 見るつもりは、なかったんだけど……」

「あはは……べつに、そこまで必死に謝らなくても大丈夫だよ」

「で、でも……」

「たしかにちょっとびっくりしたけど、それだけ。前にも言ったでしょ? 『颯太に見られて恥ずかしいことなんて一つもない』って」


 いや、さすがにそこは一つ二つくらいはあってくれ……俺が言うのもなんだけど。


「それに、颯太が理由もなくこんなことする人じゃないって知ってるからね。それで? 何かあったの?」

「あ、ああ、そうだな……」


 水嶋の質問に、俺はしばし考えてから答える。


「実は……さっき、店の中に帆港ほみなとの知り合いが入ってきて」


 嘘は言ってない。「元カノ」だって知り合いは知り合いだしな。


「帆港生の知り合い? それって、颯太の友達?」

「そうそう、友達! 山口やまぐちっていうんだけど、小学生の頃からの親友でさ」


 こっちは思いっきり嘘である。悪いな山口、もとい樋口。せいぜいダシに使わせてもらうぜ。


「他の奴らならまだしも、あいつ、俺が休日にこんなショッピングモールに来るような奴じゃないって知ってるからな。見つかったら絶対怪しまれちまう」

「なるほど。それで慌てて試着室に身を隠した、と」

「ああ」


 水嶋の言葉に頷いて、それから俺はつとめて自然体を装いながら言葉を続ける。


「でもあいつ、もしかしたらまだ近くにいるかもな。いま店を出たらはち合わせるかもしれないし……俺、ちょっとその辺を見回ってくるよ。すぐ戻ってくるから、水嶋はそのままここにいてくれ」

「え? う、うん。わかった……颯太も、見つからないように気を付けてね?」


 若干いぶかしげではあるものの、水嶋としても帆港生と出くわすのは避けたいようで、素直に俺の離脱を認めてくれた。


 よし。これで後は江奈ちゃんを追いかけて合流し、そのままあっちの買い物を終わらせてランドマークタワーから送り出せば任務達成ミッションアコンプリッシュドだ!


「じゃ、行ってくる!」


 俺はブティックを後にして、本日最後のシャトルランを開始した。


 ※ ※ ※


「すみません、佐久原くん。せっかくの休日なのに買い物に付き合っていただいて……でも、お陰で色々と参考になりました。ありがとうございます」

「いやいや。俺は特に何もしてないから。それに図書委員としての仕事なんだから、手伝うのは当たり前だしね。気にしないでよ」


 フロアの2階からプラザ北の正面口を見下ろすと、颯太と江奈ちゃんがそんな会話をしているのが見えた。


(なるほどねぇ……颯太ってば、それでちょくちょく抜け出してたのか)


 なんとなく、おかしいなとは思っていた。


 いつもは表情や声色からすぐにボロが出て分かりやすいのに、今日の颯太は彼にしては演技が上手かったのだ。


 だから、本当にトイレや忘れ物を取りに行くためにいなくなっていたんだとばかり思っていた。は。


(調べた限りだと、颯太の小学校からの友達の名前は『山口』じゃなくて『樋口』だったはず。必死に隠そうとするあまり、最後に余計な嘘をついちゃったかな?)


 詰めが甘いなぁ、と呟きつつ、視線を颯太から江奈ちゃんの方へと向けてみる。


 あくまでも事務的な態度を崩さないけど……同じ女子だからわかる。あれは、必死に自分の気持ちを押し留めている顔だ。


 あの様子じゃ、多分ここに居合わせたのは本当に偶然っぽいけど……。


「う~ん……

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