13話 多分ハブられてると思う
「……図書室に新しく漫画を置く?」
「はい。実は、手芸関係の本を探すのはついででして」
その後、再び書店の漫画コーナーまで戻ってきた俺は、江奈ちゃんの言う「買い物」について説明された。
今の帆港の図書室にはいくつか漫画本も蔵書されているが、それらはどれもいわゆる「学習漫画」に分類されるものや、俺たちが生まれる前に書かれていたような古典的なものばかりだ。
「ただ、そうした本はなんというか……生徒の皆さんはあまり興味がないみたいで。以前から司書教諭の中山先生のもとに、『もっと最近のものやエンタメ性のあるものも置いてほしい』という声が届いていたそうなんです」
そこで、このほど中山先生が図書委員の各メンバーに「新しく蔵書する漫画」のアイデアを
「じゃあ、里森さんもその漫画選びをするために本屋に?」
「はい。ただ、私は正直あまり漫画に詳しくなくて……だから、できれば佐久原くんの意見も参考にさせていただければ、と」
なるほど。それでさっきの「付き合ってほしい」発言に繋がってくるわけか。
せっかくの休みの日にまで委員会の活動をするなんて、
「……あれ? でも、俺は中山先生からそんな話は聞いてなかった気がするけど……そのアイデア募集って、いつの話?」
図書委員の各メンバーへの募集ということなら、俺の所にもその話が来るはずなんだが……。
まさか俺、ハブられてる? それとも存在を忘れられている?
「そ、それは、えっと……」
ふと浮かんだ疑問を投げかけると、途端に歯切れが悪くなる江奈ちゃん。
あっちこっちに視線を泳がせるその様は、どう言い訳をすればいいか必死に考えているようにも見えた。
おっとぉ? もしかしてだけど、俺ってマジで仲間外れだった感じ?
俺以外のメンバーで構成された図書委員のチャットグループとかある感じ?
いやまぁ、それならそれでも別に大して気にしないけども……俺がはぐれ者気質なのは今に始まったことじゃないし。
「えっと……そ、そう! 中山先生からお話があった際に、私から佐久原くんにも伝達するように言われまして。おなじシフト同士、ですし」
どこか取り繕うような口調で、江奈ちゃんはそう説明した。だから中山先生が直接俺に話を持ち掛けてくることはなかったのだ、と。
う~ん、気を遣われてるなぁ……でもまぁ、せっかくこうしてフォローしてくれてるんだし、ここはそういうことにしておいた方が良さそうだな。
「とにかく、そういうわけでご協力いただけないかと。もちろん、貴重な休日かと思いますので、佐久原くんのご迷惑にならなければ、ですが」
「そ、そうだなぁ」
う~ん、本当は今すぐこの場を離れたいけど……。
「……ダメ、でしょうか?」
うっ! こ、こんな捨てられた子犬のような目をされては、すごく断りづらい!
俺はポケットからスマホを取り出し、チラリと待ち受け画面を覗き見る。
水嶋からの連絡は……まだ無いみたいだな。
「……わかった。そういうことなら、俺もアイデア探しに付き合うよ」
しばしの逡巡の末に、俺は首肯した。
まぁ、水嶋も「時間がかかる」って言ってたし……ちょっとくらいなら、大丈夫だよな?
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。それに、図書委員の仕事って言うなら、俺もメンバーとして手伝わないわけにはいかないしね」
「ありがとうございます、佐久原くん。助かります」
相変わらず事務的ながらも、江奈ちゃんが心なしか声を弾ませる。
そうして話もまとまったところで、俺たちは改めて漫画コーナーをぐるりと巡ってみた。
「ちなみにだけど、里森さんはもう何かアイデアとかあったりする?」
「そうですね……漫画とはいえ、あくまでも学校内に置くものですから。あまりにも娯楽に特化したものや、過激なものは難しいかもしれません」
「となると、やっぱり少年漫画とか異世界系コミックとかは除外かな」
「なるほど……佐久原くんは、普段そういった漫画を読んだりはするんですか?」
「まぁ、人並みにはね」
二人並んで歩きながら、お互いに顔を突き合わせてあーでもないこーでもない、と言葉を交わす。
考えてみれば、委員会活動の一環という名目はあるものの、こうして休日に江奈ちゃんと過ごす時間というのは随分と懐かしい感じがする。
まるで「あの頃」に戻ったみたいだな……なんて、そんな仕方のないことを考えてしまう自分に、思わず苦笑した。
「佐久原くん?」
「ごめん、何でもないよ。それより、学校に置いてあっても不適切じゃなくて、かつ多少のエンタメ性もあるものとなると……この辺りはどうかな?」
そう言って俺が指差したのは、実際の歴史や文化、民族などをベースにしたタイプの漫画たちだった。
「例えば、これは中世のヴァイキングたちをテーマにした戦記モノで、こっちは平安京を舞台にした怪奇サスペンス。ストーリーとか設定こそ架空だろうけど、どっちも当時の時代背景の描写がリアルだったり、実在の人物がキャラクターとして登場したりして、結構勉強になったりするんだよ」
「なるほど……それならたしかに、学校の図書室にあっても不自然ではありませんし、読み物としても楽しめそうですね」
目から鱗、といった風に頷いた江奈ちゃんは、俺に習うようにして本棚に目を走らせる。
棚に並べられた本の背表紙をなぞるように指をスライドさせ、やがてそのうちの一冊を手に取った。
「あ、これなんかもどうでしょうか? 大英帝国時代のメイドが主人公の恋愛ロマンス、だそうですよ」
「ああ、いいかもね。当時の上流階級の生活様式なんかも、主人公がメイドならリアルな描写が……」
そこまで言いかけてふと、俺は数日前に目にした江奈ちゃんのメイド姿を思い出し、思わず口を
唐突に気まずそうに目を伏せた俺を見て、最初はキョトンとしていた江奈ちゃんも、やがてその理由を察したらしい。
にわかに頬を朱色に染めて、勢いよく俺から顔を背けてしまった。
「あ~、その……メイドものは、止めとこうか。いや、特に理由はないけどね!?」
「そ、そうですねっ。私も別にメイドさんに何か思うところなど全く、全然、これっぽっちもありませんがっ……ひとまず、これは保留ということで……」
あの時のマスクドメイドさんはあくまでも「エレナ」であって、里森江奈とは何の縁も関わりもない人物である。
気恥ずかしそうに口元に手を当てる江奈ちゃんの横顔は、言外にそう主張していた。
う~ん……やっぱりあの時の江奈ちゃん、自分でもやってて相当恥ずかしかったんだろうなぁ。なら、これ以上ほじくり返すのは
(それにしても……じゃあ、なんで江奈ちゃんはメイドなんかに……)
ブブッ、ブブッ──。
不意にズボンのポケットに振動を感じて、思考の海に沈みかけていた俺の意識が引き戻される。
慌ててポケットからスマホを取り出せば、水嶋からの着信画面が表示されていた。
(やばっ!? そういや、いつの間にか結構な時間経っちまってたか……!)
きっと、あっちの買い物が終わったという連絡だろう。あまり水嶋を待たせるわけにもいかないし、そろそろ戻らないと……。
「佐久原くん? どうかしましたか?」
「へっ? いや、えっと……」
ああでも、こっちの本選びはまだ終わっていないし、付き合うと言った手前こんな中途半端な状態で投げ出すわけにも……!
震え続けるスマホと、不思議そうな顔で俺を見上げる江奈ちゃんとを交互に見て。
(……し、仕方ない!)
後から考えてみれば、我ながら何を血迷ったのか、と思わないでもないが。
「ご、ごめん里森さん! ちょっとお腹痛くなってきたから、トイレ行ってくる!」
気付けば俺は江奈ちゃんにそう口走っていた。
「え? さ、佐久原くん?」
「大丈夫、すぐ戻るから! だから里森さんはここで待ってて! 絶対にここから動かないでね!」
「は、はぁ……」
ひとまず頷きながらも怪訝そうに首を傾げる江奈ちゃん。そんな彼女を尻目に書店を後にして。
(くそっ……こんなことなら、多少無理してでも遠出のデートを提案するんだったぜ!)
神様の悪戯と己の不幸を呪いながら、俺は大急ぎで水嶋のいるランジェリーショップへとひた走った。
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