第4章 激走!立体シャトルラン

12話 デスエンカウント

「もう2~3年くらいは行かなくてもいいかな」と思う程度にはシーパラを満喫し尽くした、その翌日の日曜日。


 昨日は散々歩き回って疲れたし、今日はお互い休養日にしよう……という展開にはもちろんならず、俺はやはり水嶋とのデートに付き合っていた。


 とはいえ、さしもの水嶋も完全には体力が回復しきっていないようで、今日は大人しく近場のプラザでのショッピングを提案してきた。


 まぁ、昨日あれだけはしゃいでいた上に、結局は閉園時間いっぱいまで遊び回ったからな。


 水嶋以上に体力の消耗著しい俺にとってもありがたい話だし、断る理由はなかった。


「さてと。じゃあ色々見て回る前に、まずは必要な買い物を済ませちゃおうか」


 そんなわけでやって来たのは、桜木町駅からほど近い「ミナトミライスゴイタカイビル」、もとい横浜ランドマークタワーのプラザだった。


「ほ~ん。必要な買い物って? 日用品か何かか?」

「まぁ、そんなところ。悪いんだけど、颯太もちょっと付き合って」

「それは別に構わないけど……俺に荷物持ちをさせるつもりなら、あんまり大量に買い込んでくれるなよ。なにせ今日の俺はいつも以上に体力が無いからな」

「ふふ、大丈夫だよ。別に体力は借りるつもりないから」

「……ならいいけど」


 なんだか回りくどい言い回しが少し気になったが、ひとまず俺は水嶋の後に付いていく。


 やがてたどり着いたプラザ2階の一軒のテナントの前で立ち止まると、水嶋はクルリと俺に向き直った。


「はい到着~。じゃあ、さっそく入ろうか」

「へいへい。なら折角だしついでに俺も何か買って……って、アホかぁ!!」


 グイグイと袖口を引っ張る水嶋の手を払いのけて、俺は思わずベタベタなノリツッコミをしてしまった。


「わお、びっくりした。急にどうしたの、颯太?」

「びっくりしたのはこっちですけども!? てっきり雑貨屋とかドラッグストアにでも行くのかと思ったらお前、何だよこの店は!」


 詰め寄る俺に、けれど水嶋は毛ほども悪びれる様子を見せずに答えた。


「何って、ただのだけど?」


 そう言って水嶋が指で示す先には、内装全体がパステルカラーなピンク色や紫色にカラーリングされたオシャレな雰囲気のショップ。


 男が足を踏み入れるような場所ではない、とひと目で分かるファンシーなオーラ漂う店内には、色もデザインも様々な女性用下着がずらりと並べられていた。


「いやね。これでも一応モデルなワケだし、体型管理には気を付けてるつもりなんだけど、最近またちょっとブラがキツくなってきちゃったみたいでさ。こないだサイズを測ってみたら、とうとうきゅ──」

「言わんでいいから!」


 恥ずかしげもなく自らのバストサイズを申告しようとした水嶋を制し、俺は深い深いため息を吐いた。


 というか、現時点でも高一女子としては規格外なのに、まだ成長するというのか……末恐ろしいにも程があるな。


「はぁ~……つまり、アレかい? お前の言う『必要な買い物』ってのは下着のことだったと、そういうわけかい?」

「うん」

「で、俺にその下着選びに付き合えと?」

「うん」

「いや、なんでやねん!」


 水嶋があまりにも曇りなきまなこで頷くものだから、今度はベタベタの関西弁ツッコミが出てしまった。


 まったく勘弁してほしい。いくら女子と一緒だと言えども、さすがにあの手の店に入れるほどの度胸パラメータは割り振っていないんだ、俺は。


 こんな事を言ったら失礼かもしれないけど、正直、女子更衣室とか女子トイレに入れと言われているような感覚である。


「俺は入らないからな。ここで待ってるから、お前一人で行って買ってこい」

「それじゃあ意味ないじゃん。どんなデザインが颯太の好みなのか知りたいんだから、一緒に選んでくれないと」

「知わんわ! バカな事ばっかり言ってないで、とっとと済ませて来いっての!」


 俺が「シッ、シッ!」と手を払うと、水嶋はわかりやすく不満そうな顔をして。


「……もう、わかったよ。そこまで嫌なら一人で行ってくる。でもちょっと時間かかるかもよ? 私のサイズ、いい感じのデザインのやつ探すの大変だから」

「ならその辺の店で適当に時間潰してるよ。終わったらチャットで連絡くれ」

「了解。はぁ~あ……どうせ新調するなら颯太が選んでくれたやつ、つけてみたかったんだけどなぁ」


 未練がましくボヤきながらも、結局は渋々ショップの中へと消えていった。


 ふぅ、やれやれ助かった。別に何の罪に問われるわけでもないんだろうけど、さすがにあれだけの女性用下着に囲まれちゃ気まず過ぎるからな。


 ほっと胸を撫で下ろした俺は、さてどうやって時間を潰そうか、と辺りを見回した。


 生憎とランジェリーショップのある通りはブランドもののブティックや化粧品店ばかりで、やはり男子高校生にはいささか場違いな感がある。


「お? あれは……」


 と、そこで。

 フロアの吹き抜けを挟んだ反対側に、大きな書店チェーンがあるのを見つけた。あそこなら暇つぶしにはちょうど良さそうだ。


 俺はぐるりと迂回して本屋に向かい、ブラブラと当て所もなく店内を物色する。


 そういえば、最近気に入って追いかけている漫画の最新刊が、ちょうどこの間発売されてたんだっけ。折角本屋に来たんだし、ついでに買っていってもいいな。


 思い立って漫画コーナーへと赴いた俺は、それから「新刊はコチラ!」と書かれたポップが添えられた棚をチェックしようとして。


「……佐久原くん?」

「へ?」


 不意に背後から掛けられたその声に驚き、反射的に振り返る。


「え……さ、里森さん!?」


 聞き覚えのある澄んだ声の持ち主は、案の定、江奈ちゃんだった。


 まさかの遭遇に声が裏返ってしまうが、そんな俺の様子に若干困惑した表情を浮かべながらも、江奈ちゃんは律儀にペコリと頭を下げた。


「はい。こんにちは、佐久原くん」

「え? あ、ああうん……こんにちは?」


 図書委員の仕事で会う時のように、あくまでも事務的な口調で挨拶をしてくる江奈ちゃん。


 学校の外でも変わらない彼女の態度につられて、気付けば俺も思わず頭を下げていた。


 休日だから当然と言えば当然だが、今日の江奈ちゃんはいつもと違って制服姿ではない。


 上はゆったりとしたタートルネックのセーターで、下はくるぶしまであるロングスカートと、清楚な彼女らしい落ち着いたスタイルのファッションだ。そして首には、今日も今日とて例の首輪をつけている。


(おお……私服姿の江奈ちゃん、なんだか随分と久々に見た気がするな)


 制服よりも露出度は少ないけど、これはこれでまたおもむきがあって……。


(……って、いやいやいや! 呑気に鑑賞してる場合じゃないだろ、俺!)


 俺はのぼせかけてしまった頭をブルブルと振った。


「佐久原くん? どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないよ! それよりも奇遇だね、こんな所で会うなんて! はは、はははは!」


 我ながら不自然だと思うくらい爽やかに笑いつつ、しかし俺は内心で焦りに焦っていた。


(まずい、まずい! ちょっと待ってくれ……!)


 ここで江奈ちゃんと出くわしてしまったのは、非常に由々しき事態であると言わざるを得ない。


 なぜなら俺は今、江奈ちゃんに内緒で、彼女の現恋人ということになっている水嶋とショッピングをしている最中。つまり、絶賛「浮気デート中」なのだ。


 たまたま別行動をしていたことだけは不幸中の幸いだが、もし俺が水嶋と一緒にデートしていたなんてことが江奈ちゃんにバレたら……。


 ダメだ。想像するのも恐ろしい。ここはなんとか悟られないようにやり過ごさなければっ!


「ええっと、里森さんは買い物中? 何か欲しい本でもあったりするの?」


 俺は少しでも怪しまれないようにあくまで平静を装いつつ、ひとまず当たり障りのない世間話をぶつけてみる。


 すると、江奈ちゃんは気のせいか一瞬慌てた様子で「へっ?」と呟く。


 けれどすぐにまた凛とした態度に戻って、コクリと小さな顔を頷かせた。


「え、ええ、まぁ。手芸関係の本を少々……」

「手芸? ……ああ、そうか」


 そういえば、江奈ちゃんは高等部になってから手芸部に入ったんだっけ。


 本当は俺と同じ映研に入りたかったみたいだけど、周りの友人から「あんな変人の巣窟にわざわざ行くことはない」と必死に止められたらしい(ひどい)。


 だから、映画の次に興味があった手芸をやってみることにしたんだそうだ。


『いつか、颯太くんにマフラーでも作ってあげられるように頑張りますね』


 なんて、嬉しいことを言ってくれたこともあったっけ。まぁ、今となってはそれももはや叶わぬ夢になってしまったワケだけれども。


 江奈ちゃんの手編みマフラー……欲しかったなぁ。きっとどんな高級な素材で作ったマフラーよりも、あったかかったんだろうなぁ……。


「佐久原くんは……今日は、お一人でお買い物ですか?」


 しみじみとの思い出に浸っていると、江奈ちゃんが少しいぶかしげに眉根を寄せて尋ねてくる。


「へ? ま、まぁそんなところかな、うん! ちょっと本をね、探してて!」

「なるほど…………じゃあ、一緒じゃないんだ」


 俺が頷くと、江奈ちゃんは小さな声で何事かを呟いた。


「ん? ごめん、最後なんて言ったの?」

「いえ、何も。それで、探している本というのは見つかりましたか?」

「あ、ああ~、それなんだけどさ。どうやらこの店には置いてないみたいで。ぼちぼち別の本屋に行ってみようと思ってたところなんだ」

「別の本屋さん、ですか?」

「うんうん。それにほら、里森さんの買い物を邪魔するのも悪いしさ。ってわけで、俺はぼちぼち退散させてもらうとするよ」


 言うが早いか、俺は「それじゃ!」と片手をあげて回れ右。そのまま書店の入り口に向かって歩き始めた。


 ちょっと強引だったかもしれないが、この際細かいことは言っていられない。


 今はとにかくこの場を離れて水嶋と合流し、一刻も早くランドマークタワーから脱出しなければ。


 立ち読みをしている客の合間を足早に縫って、やがて入り口へとたどり着き。


「──あ、あの、佐久原くんっ」


 しかし、書店を後にしようとした俺の足は、そこでピタリと止まる。


 名前を呼ばれて振り返ってみれば、そこには俺の背中を追いかけてきたらしい江奈ちゃんの姿があった。


「あの……もしよければ少しだけ、私の買い物に付き合ってもらえませんか?」


 ………………ファ?

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