11話 里森江奈の追憶②

 いまひとつ気分が晴れないまま文化祭を巡っている内に、やがて私たちは、例の自主制作映画を上映しているというクラスまでやってきました。


「へぇ、青春恋愛ものの映画だって」

「この主演の男の子、ちょっとカッコよくない?」

「ちょうど歩き疲れてたし、休憩がてら見てみよっか」


 教室の前に掲示されていたポスターを見て、友人たちもなんとなく興味をそそられた様子。


 そうです。そもそも今日は、この自主制作映画を楽しみにここまで来ていたんでした。


 ようやくお目当ての物を前にして幾分か気を持ち直した私は、だから、内心ワクワクしながら教室に入りました。


 ところが……。


(これが……本当に、映画?)


 たしかに、素人の作るものかもしれません。


 中学生の文化祭レベルの作品に、過度な期待をする方がこくというものかもしれません。


 けれど、それにしたって、お世辞にも「面白かった」とは言えないくらい、その自主制作映画の出来はひどい有様でした。


 まず、演者の演技がひどい。

 セリフを噛んだり言い間違えたりは当たり前で、演技中に素の笑いが出てしまうのを隠そうともしないのです。


 棒読みでもいいからきちんと台本通りにやればまだ形にはなっていたはずなのに、監督役の人はどうしてこれでOKを出したんでしょうか。これじゃあまるでメイキング映像です。


 そして何より、ストーリーがひどい。

 ヒロインと主人公がただひたすら起伏きふくもドラマもない会話を繰り返し、よく分からない内に恋仲になって終わる。


 15分も尺があるのに、文章にすれば1行で済んでしまいそうなほど内容が薄かったのです。


 セリフ自体も、おそらくは内輪うちわノリの延長のようなもののオンパレードで、言っていることの意味が1割も理解できません。


 このクラスのことを何も知らない第三者に見せるための映画、という部分を完全に忘れているとしか思えない構成でした。


 クラスの中心的存在であろう女子と男子が、自己満足のためにクラスメイトを巻き込んで作ったホームビデオ。


 それが、上映が終わったあとに私が抱いた感想でした。


「いや〜、いい映画だった」

「ね! 主人公の男子が超イケメンだった!」

「あのヒロイン役の女子も可愛かったよなぁ」


 にも関わらず、私以外の観客はなぜかみんな満足そうな顔をしていて、そんな感想を言い合いながら笑っていたのです。


 きっと彼らは映画ではなく、ただ可愛い女の子やイケメンな男の子がイチャイチャする様を見に来ていただけなんだと、私はその時知りました。


(……楽しみに、してたのにな)


 はた迷惑な男子高校生たちに絡まれた上に、お目当てだった自主製作映画は期待外れもいいところ。


 そんな苦い思い出を残して、私の初めての文化祭見学は幕を閉じました。


(こんなのばっかりだ……私の青春)


 中学時代も、やっぱり私はつまらない女の子のまま終わるんだと、この時はほとほと人生が嫌になってしまいました。


 しかし──それから半年ほどが経ったころ。


 灰色だった私の青春が、にわかに色づいていく出来事が起きたのです。


 ※ ※ ※


 帆港学園では、毎年11月の初めに文化祭を開催することになっています。


 期間中は各クラスや部活がそれぞれで出し物や模擬店を開くほか、海外の姉妹港の生徒たちとオンラインで交流する異文化交流会など、国際色豊かな進学校らしい催しも多数開催されます。


 地域での知名度も高く、毎年多くの一般参加者も来場する一大イベントなのです。


 もちろん、成績上位者ばかりを集めた私たち「特進クラス」も例外ではなく、連日ホームルームで会議を重ねた結果、その年はワッフル喫茶をすることに決まりました。


「ドリンクはコーヒーと紅茶の他にも何種類か欲しいよね」

「ワッフルを焼くホットプレートはどこに置く?」

「せっかくだから、スタッフの衣装も凝ったものにしてみようよ」


 真面目な性分の生徒が多いという事もあって、企画はとんとん拍子に進んでいきました。


 そして、あまり人前に出るのが得意ではない私は、ホールではなくキッチンスタッフを担当することになりました。


(青船中の文化祭はあんな事になっちゃったし……せめて帆港うちの文化祭くらいは、無事に過ごせますように)


 楽しい思い出とか、キラキラな青春とか、そんな高望みはもうしない。だからせめて、せめて平穏無事に文化祭期間が終わることを祈ろう。


 それまでの灰色の人生のせいですっかり後ろ向きになっていた私は、文化祭が始まる前からそんなことばかり考えていました。


【オリジナル映画『君のいない春』 3年2組にてロードショー!】


 だから、文化祭準備期間中の校内の掲示板でこんな貼り紙を見かけた時も、私は正直あまり興味を引かれませんでした。


「ジャンルは……青春恋愛もの、か」


 ヒロインは男子人気の高いチアリーディング部の女子で、ヒーローはよく知らないけれどいかにも女子人気の高そうな男子。


 地雷の予感しかしません。


 青船中での苦い思い出がフラッシュバックして、私は頭を振りました。


(……時間があったらでいいかな)


 そうしていよいよ文化祭当日になり、自分のシフトをこなして休憩時間を貰った私は、ほんの暇つぶしのつもりで3年2組に足を運びました。


「あの、すみません。1人なんですけど、今からでも入れますか?」

「へ? あ、ああ、はい。1人ですね、え~と……」


 教室の入り口に設けられていた受付テーブルには、大人しそうな雰囲気の男子生徒が一人で座っていました。


 オシャレで垢抜けた雰囲気の男女が多いこの学校の中では、比較的に地味な印象。


 見た目で人を判断するのは良くないことですが、きっと私と同じ、どちらかと言えば日陰者タイプな気がして、なんだか少し親近感を覚えました。


「大っ……丈夫ですね、はい。ちょうど上映始まるので、空いてる席にどうぞ」

「ありがとうございます」


 そんな受付の男の子の横を通り過ぎ、教室の中へ。


 机と椅子を組み合わせて作られたひな壇上の観客席は、すでに8割ほどが埋まっていました。


〈ご来場いただきありがとうございます。3年2組制作、『君のいない春』。まもなく上映いたします──〉


 私が席に着くと同時にアナウンスが流れ、いよいよスクリーンに映像が流れ始めます。


 そして……。


 ※ ※ ※


「この映画の脚本を書いたのって、あなたですか?」


 上映が終わってすぐ、私は2組の生徒から話を聞いて、脚本を書いたという「佐久原くん」という男子生徒に会いに行きました。


 実際に会ってみれば、なんとさっき受付にいたあの男の子こそ、まさしくその佐久原くんでした。


「え? は、はい。そうですが……何か?」

「すっ━━ごく、面白かった、ですっ」


 目を白黒とさせる彼にもお構いなく、私は若干興奮気味にそう言っていました。


 たしかに、役者の演技は上手いとは言えないし、編集もところどころでぎこちない部分はあったと思います。


 全体的な評価で言えば、やっぱり中学生の文化祭レベルの域は出ないかもしれません。


 それでも、15分ほどの尺の中でしっかりと起承転結が作られ、少ないながらも伏線も張られていたストーリーだけは、綺麗にまとまっていてとても面白かったのです。


 主人公とヒロインだけでなくサブキャラクターの見せ場もちゃんと作られていて、だからこそ物語に深みを与えていました。


 評論家ぶるつもりは毛頭もうとうありませんが、とにかくちゃんと映画が好きな人が作ったお話なんだな、ということが伝わってくるような作品でした。


「2組の佐久原くん、でしたよね? 映画、お好きなんですか?」

「う、うん。まぁ、映研部員だし……」


 聞けば、佐久原くんも私と同じく映画鑑賞が趣味で、それが高じて映画研究部にも所属しているといいます。


 クラスメイトとも、友達とも違う。初めて「仲間」と呼べる存在を見つけられた気がして、気付けば私は彼とのお喋りに花を咲かせていました。


「佐久原くんは、どんな映画が好きなんですか?」

「えぇっと……色々あるけど、特に好きなのはアメコミ系かな。『スパイダーマン』とか、『アイアンマン』とか」

「なるほど。あまり見たことはありませんが、たしかに男の子は好きそうですよね」

「里森さんは、その、どんな映画が?」

「私は、ディズニーみたいなアニメーション映画や、ファンタジーな世界観のものが好みです。……少し、子供っぽいでしょうか?」

「いやいや! 俺もそれ系の映画、割と好きだよ。大人になってから観ると、また違った面白さがあったりするしさ」


 最初はぎこちない様子だった佐久原くんも、映画の話が盛り上がるにつれて、徐々に打ち解けてくれました。


 私はそろそろ休憩時間も終わりだったし、佐久原くんも次の上映の準備があるしで、その時は結局少しだけしか話せなかったけれど。


 文化祭をきっかけに、それからというもの私は彼とよく映画談義をするようになっていきました。


「へぇ。里森さん、一人で映画館行ったりもするんだ?」

「はい。私、その……あんまり女子中学生らしい遊びなどに縁がないもので。そのせいで、休みの日に一緒に遊ぶ友達もほとんどいなくて」


 本当、つまらない女の子ですよね──そんな風に、私がたびたび自嘲じちょうするようなことを言っても。


「そんな事ないって。だって俺、映研以外でこんな風に映画の話ができる人って、里森さんが初めてだもん。少なくとも、俺は里森さんと話してると楽しいけどな」


 彼は、さも何でもないことのようにそう言ってくれました。


 佐久原くんと一緒にいる時だけは、私は「つまらない女の子」じゃなくなっている気がして、それがなんだかとても嬉しくて。


(……ああ、そっか)


 だから。


(きっともう、私は……)


 そのを自覚するまで、そう長い時間はかからなかったのです。

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