5話 首から下の女子力が高すぎる

 駅前広場から移動した俺たちは、駅近くにある大型のショッピングプラザにやってきた。


 休日なだけあって、施設内は買い物客で溢れかえっている。

 これだけ人ごみに紛れていれば、そうそう見つかることもないだろう。


「ね、見て見て颯太。さっきの写真、プチバズってる」


 他人事みたいにそう言って、水嶋がスマホを見せてくる。

 画面には彼女のインスタの投稿と、そのコメント欄が表示されていた。


〈Sizuさん、久々の更新キター!〉

〈オフSizuさんもカッコよすぎます!〉

〈これ腕組んでない? 誰といるところ?〉

〈え、隣にいるの誰? マネージャー?〉

〈友達から目情きた。桜木町駅前で男と歩いてたっぽい〉


 やはりというべきか、コメント欄には水嶋への賞賛よりも、画面端に映っている俺の腕を訝しむ向きの声が多いようだ。


「あはは、ウケるね」

「ウケないよ!? お前これ、プチバズってるっていうか、プチ炎上してんじゃねぇか!」

「そうかな? ま、本当にマズそうならウチのマネがすぐ火消しするだろうし、へーきへーき」


 あっけらかんとそう言って、水嶋はヘラヘラと笑うばかりだ。

 どこまでも楽観的なやつ。


「はぁ……よくわかんないけどさ。こういうのって、事務所の人とかに怒られるんじゃないのか? モデルの仕事に支障が出たりしても、俺は責任とれないぞ?」


「大げさだってば。うちはそこまで大きい事務所じゃないし、雑誌を読んでくれているような層の女の子たち以外にとっては、私だって所詮ただの女子高生だしね。大物タレントじゃあるまいし、あんまり大事にはならないでしょ」


 う~ん、そういうもんかねぇ。


 まぁ、たしかにこうやって人混みを歩いていても、さっきみたいに水嶋の周りに人が集まるような事態にはなっていないけれども。


「それに、この一か月はモデルの仕事は全部休むことにしたし」

「は? なんで?」

「そりゃあもちろん、この一か月はなるべく颯太と過ごすって決めてるからね」

「お前、優先順位間違ってるって、絶対……」


 こいつ、そこまで本気で俺を「攻略」しようっていうのか?


 単なるイタズラやドッキリにしては、ちょっと手が込み過ぎてる気もするけど……。


「まぁまぁ、細かい事はいいじゃない。今日はせっかくの初デートなんだしさ」


 考え込む俺の手を取って、水嶋はスタスタと歩き出した。


「お、おい。引っ張るなって。ていうか、どこに行くつもりだ?」


 俺が聞くと、水嶋は「ふふん」と得意げに微笑んで言った。


、だよ」

「ファッションショーだぁ?」


 いまいち話が読めないまま、俺は水嶋に連れられてエスカレーターを上る。

 辿り着いたのは、プラザ三階にある大型アパレルショップだった。


「おい。こんな所でファッションショーなんかやるもんなのか?」

「やるよ。私がね」

「はい?」

「私、仕事柄いろんな服を着る機会はあるんだけど、基本的に見せる相手は女の子ばかりだからさ。たまには同年代の男子からの感想も聞いてみたいなって」


 なるほど、「ファッションショー」ってのはそういうことか。

 どうやらこいつは、俺に「服選びに付き合え」と言っているらしい。


「いやいや、ちょっと待て。俺はファッションに関してはド素人なんだぞ? 現役モデルであるお前に何を意見しろと?」

「意見じゃないよ。感想が欲しいだけ」

「どっちにしろ似たようなもんだ」


 感想って言っても、俺には何がオシャレで何がそうでないのかすらよく分からないんだが?


「鈍いなぁ、颯太は」


 困惑する俺に、水嶋はやれやれといった感じで首を竦める。


「要するに、颯太の好みが知りたいんだよ。としては、ね」

「……なるほど」


 つまり、これも俺を「攻略」するための作戦ってわけだ。


 まずは自分の服装から俺好みのもので固めていき、より「恋人」として意識させようという腹づもりなんだろう。


「オーケー、よくわかった。その挑戦受けて立つぜ」


 しかし甘い。甘いな水嶋よ。


 相手が江奈ちゃんならいざ知らず、たかだか服装ごときで心を変えられる俺ではない。たとえお前がどんなファッションを披露しようとも、この佐久原颯太、小揺るぎもせぬわ!


「『挑戦』って、颯太は何と戦ってるのさ」


 クスクスと笑いながら、水嶋が試着室のカーテンに手を掛ける。


「じゃあ、今から何着か着るから。最後にその中で一番良いなって思ったものを選んでよ」

「へいへい」


 試着室に入ってカーテンを閉める水嶋を見送り、俺は近くにあった椅子に腰かけた。


 やれやれ。挑戦を受けるとは言ったものの、待っている間は退屈だな。


「そういや、江奈ちゃんとこういうトコに来たことはなかったな」


 手持ち無沙汰なこともあって、俺はしみじみとそんなことを思い返す。


 江奈ちゃんとデートする時は、だいたい一緒に映画館で映画を見るか、喫茶店で好きな作品について語り合うかだったもんなぁ。


 俺はそれだけでも十分楽しかったんだけど……やっぱり江奈ちゃんからしたら、こういう「普通のデート」ももっとしたかったんだろうか。


「はぁ~……こういう気が回らないところもダメだったのかなぁ」

「颯太~、ちゃんとそこにいる~?」


 ため息をついたところで、カーテンの向こうから水嶋に呼ばわれる。


「はいはい、おりますですよ」 

「よかった。じゃあ、さっそく一着目をお披露目しようかな」


 さてさて、何が飛び出してくるのやら。

 まぁ、たとえどんなファッションで来ようと、俺はけして動じたりは──。


「じゃーん」

「ブーーーッ!?」


 シャッ、と開かれたカーテンの向こう。

 バッチリとポーズを決めて立っていた水嶋の格好に、俺は思わず噴き出した。


「水着じゃねぇか!」


 そう。水嶋が身にまとっていたのは、コバルトブルーを基調とした涼やかな雰囲気の水着だった。上は普通のビキニだが、下はいわゆるパレオのような形になっている。


「どう? 似合ってる?」

「いやっ、お前っ、水着は違うだろ水着はっ! ファッションショーっていう話はどこへ!?」

「水着だって服は服じゃん」

「うっ……そりゃ、そうかもだけど……!」


 こ、この女! 初っ端から平然とした顔で絡め手を使ってきやがった!


「ファッションショー」というワードから、勝手にその可能性を除外してしまっていた。くそ、まんまとコイツのミスリードに引っ掛かっちまったってことか!


「ふふふ。颯太はこういうの、好き?」


 後ろ手に手を組みながら、水嶋が見せつけるようにしてポーズを取る。


 見るからにきめ細やかそうな白い肌に、太過ぎず細過ぎずの健康的な四肢。しっかりとくびれのあるお腹周りは適度に引き締まっていて、無駄な筋肉や脂肪は全くと言っていいほどない。


 そして何より目を引くのが、青いビキニに包まれた豊満なバストだ。


 制服を着ていた時点でもその大きさははっきりわかるレベルだったが、脱いだらさらに凄い。ズッシリとした重量感がありつつも、けして重力に負けずにつんと上向きになった美巨乳だ。


 前から薄々感じていたけど……こいつ、クールでボーイッシュな顔とは反対に、首から下の女子力(エロさ的な意味で)が高すぎる!


 こういうのが好きか、だって? 


 そんなもん……そんなもん、健全な男子高校生なら誰でも好きに決まってるだろうが!

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