6話 私だって、女の子だもんね

「顔、真っ赤だよ? 私の水着姿、そんなに気に入った?」

「気に入ってない! 全然、まったく、これっぽっちも気に入ってない!」

「嘘。だって颯太、めっちゃ興奮してるじゃん」

「し、してないから! 仮に興奮してたとしても、それはお前にじゃなくてお前の体に興奮してただけで……はっ!?」


 し、しまったぁ! 

 ムキになりすぎてなんかすげぇクズ発言をしてしまった気がする!


 慌てて振り返ると、水嶋はきょとんとした顔を浮かべた後、心底おかしそうに笑い始めた。


「あは、あははははっ! 言い方!」

「ち、ちがっ! 水嶋のスタイルやプロポーションの良さは認めるけど、別にお前自身を認めたわけではないって意味で!」

「は~あ、そっかぁ。颯太は私の『体』にしか興味ないんだ~。所詮、私は体だけのオンナか~……いや、でもそれはそれでアリ、かも?」

「お前こそ言い方ぁ! 誤解を招く表現はやめろ! さっきからなんかもう周りの女性客からの視線が痛いから! 突き刺さってるから!」


 周囲からの訝し気な視線に耐えかね、俺は水嶋を試着室へと押し戻してカーテンを閉める。


「いいから、とにかくもう着替えろ!」

「ごめんって。さすがにおふざけが過ぎたね。まぁ、水着は半分冗談として、次からはちゃんとした格好で出てくるからさ」

「やっぱり、まだ続くんだな……」


 もう正直いっぱいいっぱいだが……それでも、まだたった一着目だ。

 こんな序盤も序盤でおめおめ白旗をあげるわけにはいかない。


 早くも疲労困憊ながら、俺は覚悟を決めて再び試着室前の椅子に腰かけた。


「じゃあ、どんどん行ってみようか」

「お、おう! 来るなら来やがれ! いや、着やがれ!」


 その後も俺は、水嶋の「ファッションショー」にとことん付き合わされることとなった。


 しかし、一発目こそ「水着」という悪ふざけをかましてきたものの、それ以降の水嶋はいたって真面目なコーディネートを披露していた。


 さすがにモデルなだけあって、何を着てもバッチリ様になっているのは素直に凄いと思う。


 とはいえ、あえて大きめのシャツを着たり、下は必ずスカートではなくパンツスタイルだったりと、水嶋のチョイスはやはりボーイッシュなものばかりだった。


 「似合ってんな」とか「オシャレだな」という感想は抱いても、特にピンとくるものはない。まぁ、これは俺のファッションセンスが壊滅的に貧弱だからでもあると思うけど。


「う~ん。これも颯太の好みじゃなかったか」


 そうして五、六通りのコーデを試したあたりで、さすがの水嶋も悩ましげな表情を浮かべる。


「やっぱり、ここはセクシー路線で行くしか」

「いや、それはもういいから」


 またまた色仕掛けに走ろうとした水嶋を制して、俺はふと疑問に思っていたことを口にする。


「ていうか、さっきから似たような雰囲気の服ばっかりじゃないか? メンズライクというか、クール系とかカッコイイ系のさ」

「そりゃあまぁ、それが私の……『Sizu』のスタイルだからね」


 売り場から持ってきた新しい服を試着室のハンガーにかけながら、水嶋がさも当たり前のことのようにそう言った。


 それから冗談めかして、けれどどこか自嘲気味に肩を竦めて呟く。


「学校の制服はともかく、私がヒラヒラしたスカートとか、リボン付きのブラウスとか。そんないかにも『女の子』って感じの格好をしたって、似合わないじゃんね?」

「そうか? べつに似合わないってことはないんじゃねぇの? 知らんけど」


 何気なく言った俺のセリフに、けれど水嶋が不思議そうに眉を寄せる。


 しばらくキョトンとした様子で黙りこくったあと、再び苦笑して手を振った。


「いやいやいや。私、巷じゃ『男装の麗人』って感じのキャラで通ってるんだよ? ガラじゃないんだって。そういうのは……皆が見たい私じゃない」


 服を掴んでいた水嶋の手が、わずかにギュッと握りしめられる。


「逆に聞くけど、さ。どうして女の子っぽい服が似合うと思ったの?」

「そりゃ、お前だって女の子なんだし、女子っぽい格好したって何も不思議じゃないだろ」


 今度こそ驚いたといった様子で、水嶋が目をまん丸に見開いた。


 な、なんだ? 俺、そんなに変なこと言ったかな?


「そっか……ふふ、そっか」


 けれど、俺の不安とは裏腹に、水嶋はなぜか晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。


「そうだよね。私だって、女の子だもんね」

「え? お、おうよ。何を今さらなこと言ってるんだか」

「あ~、ごめんごめん。面と向かってそんな風に言ってもらえたこと、今まであんまりなかったからさ。ちょっと新鮮でびっくりしちゃっただけだから」


 ヒラヒラと手を振ってそう言うと、水嶋はギュッと胸元で手を握りしめた。


「…………う~ん、やっぱ好きだなぁ」


 それから何事かブツブツと呟いた後、俺に向かってピンと人差し指を立てる。


「よし、じゃあ次で最後の一着にしよう」

「そうか。やれやれ、ようやくファッションショーとやらも終了か」

「終わった気になるのはまだ早いよ。どれが一番だったか颯太が決めるんだからね」


 ああ、そういやそういうルールだったっけ。しまったな、まだ全然なにも考えてないぞ。


「じゃあ、ちょっと売り場に行ってくるから。颯太、目を閉じててくれる?」

「は? なんで?」

「いいから」


 言うが早いか、水嶋はさっさと売り場へと向かってしまった。


 なんだっていうんだ、一体。まぁ、ひとまず言う通りにしてみるか。

 俺は試着室前の椅子に腰かけた状態で、ギュッと両目をつぶった。


 そうして待つこと数分。


「颯太~、着替え終わったよ~」


 着替えを終えたらしい水嶋から声がかかり、俺は目を開けた。


「じゃあ、開けるね」


 掛け声とともに、試着室のカーテンがゆっくりと開いていく。


 果たして、カーテンの向こうから現れた水嶋は、それまでのクール系、ボーイッシュ系なコーデとはガラリと雰囲気を変えてきていた。


「えへへ……どう、かな?」


 照れ臭そうにはにかんだ水嶋は、フリルの付いたブラウスに膝上丈のスカート、腰回りに巻いたカーディガンと、一転して女子女子したファッション。


 服装に合わせて髪型も変えたようで、サラサラの長めショートヘアーの一部を後頭部でハーフアップにまとめ上げている。


 なんていうか、マジで正統派な美少女って感じの雰囲気に大変身していた。


「お、おう……いいんじゃねーの?」


 不覚にも「可愛い」とか思ってしまった。


 俺は誤魔化すようにぶっきらぼうに答えたが、若干声が裏返っていたかもしれない。


 畜生、これがいわゆる「ギャップ萌え」というやつか。


「本当? いや、ちょっと恥ずかしいんだけど……実はこういう格好も結構好きなんだよね。モデルを始めてからは、めっきり着なくなっちゃったけどさ」


 そう言った水嶋の声は少しだけ残念そうだった。


 詳しいことはわからないが、水嶋がこういう女の子っぽい格好をあまりしないのは、もしかしたらモデルのSizuとしてのイメージを損なわないようにするため、なのかもしれない。


 そう考えると、モデルっていうのも色々大変そうだな。


「さて、と。じゃあ颯太、ジャッジしてよ」

「うん? ああ、どれが一番良かったか、だったっけか」


 水嶋に問われ、俺は考える。


「やっぱり水着?」

「あれは選考対象外だ!」


 というか、今さらだけどこのままこいつに易々と俺の好みを伝えてしまって良いんだろうか。


 ファッションショーに付き合うとは言ったものの、わざわざ馬鹿正直に答えるなんて、敵に塩を送るようなもんだよな。


 ならば、ここはあえて適当に選ぶか。

 それとも、どれも良かったから決められない、とでも言って誤魔化すか。


「そうだな。俺は……」


 そこまで言って顔を上げた所で、まるで初めてドレスを着せてもらった少女みたいに、嬉しそうに鏡を見つめている水嶋の姿が目に入る。


 普段の大人びた雰囲気とは違い、年相応の女の子らしさを垣間見せるそんな彼女を前にして。


「……それが一番良いんじゃないか?」


 気付いた時には、俺はごく自然にそう答えていた。

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