幕間 水嶋静乃の初恋

第65話 水嶋静乃の初恋

 小学生のころのあだ名は、「水嶋くん」だった。


 同い年の男子より背も高かったし、足も速かったし、休み時間や放課後は外を走り回っていたからいつもズボンを履いていたし。


 おまけに、男子たちに交じって遊ぶことも多かったから、一人称は「僕」。我ながら、これじゃあ男の子扱いされても無理はないなと思う。


 実際、当時はまだ今みたいに女の子らしい体型でもなかったから、初めて会う人には本当に男の子だと勘違いされることもしょっちゅうだった。


 でも、別にそれを嫌だと思ったことはない。

 もちろん「かわいい」って言われるのが一番嬉しいけど、「かっこいい」って言われるのも私は好きだったから。


「ねーねー水嶋くん! 学校終わったら私たちと一緒に帰らない?」

「ダメダメ! 水嶋くんは今日は俺たちと公園でサッカーすんの!」

「ちょっと男子! なんでアンタたちが勝手にそんなこと決めてるのよ!」

「へ~んだ! 水嶋くんも女子たちと一緒より、俺らと一緒の方が楽しいよね?」


 自慢するつもりはないけれど、多分、私はいわゆる「学校の人気者」だったんだろう。放課後ともなれば他クラスも含めてあちこちのグループからお誘いの声が掛かり、常に誰かしらと一緒に過ごしていた。


 ただ、小学生というのはやたらと「男子」と「女子」を区別したがる年ごろだからか、私をどっち側に引き込むかでしばしばいさかいが起きるのには困ったものだった。


 男の子たちと遊べば女の子たちが怒るし、女の子たちと過ごせば男の子たちが拗ねるしで、どうにか喧嘩にならないように立ち回るのが大変だった。


「静乃ちゃんは、すごいね。あんなに沢山のお友達がいるなんて」


 だから、なんだろう。

 私にとってお昼休みに江奈ちゃんと過ごす時間は、楽しくも気苦労の絶えない日々の中で唯一リラックスできる時間だった。


 江奈ちゃんとは、小学3年生の時からずっと同じクラスだった。皆が私の事を「水嶋くん」と呼ぶ一方、江奈ちゃんだけは「静乃ちゃん」と呼んでくれた。


 皆が私の外見を見ている中で、江奈ちゃんはちゃんと私自身を見てくれているような気がした。江奈ちゃんの前でだけは自然体でいられて、もしかしたらそれが嬉しくてよく一緒に話すようになったのかもしれない。


「静乃ちゃん、美人だし大人っぽいし、人気になるのもわかるよ。……それに比べて私は、地味だし、友達も全然いないし……」

「そんなことないよ。僕は江奈ちゃんのこと可愛いと思うな。多分、このクラスの中にも何人かいると思うよ。江奈ちゃんのこと好きな男の子」

「い、いないって……! そ、そういう静乃ちゃんこそ、聞いたよ。今まで何度か、その……告白、みたいなこと、されたって噂」

「あ~……」


 たしかに、それまでに何度か告白、というか、「好き」だと言われたことはあった。といっても、全部女の子から言われたんだけど。


「静乃ちゃんは好きな人とか、いないの?」

「う~ん、今はいないかなぁ。というか、今までもいたことないんだけどさ」


 正直、その時の私は「好き」とか「恋」とかをよくわかっていなかった。


 人並みに少女漫画とかも読んでみたことはあったけど、それはあくまでもフィクションの話で、実際に自分が漫画のヒロインみたいに誰かに恋をしたりする姿は、いまいち想像できなかった。


「そう、なんだ……でも、もし静乃ちゃんに好きな人ができるとしたら、きっと静乃ちゃんに負けないくらいカッコよくて、頭も良くて、王子様みたいな人なんだろうね」

「え~、どうだろ? わかんないや」


 我ながら、ちょっと色恋沙汰に興味がなさすぎたなとは思う。


 それでもやっぱり、私が一人の女の子として誰かを好きになることなんて、きっともっとずっと未来の話だと思っていた。


 だけど、私たちが小学4年生になったある日のこと──その後の私の人生を大きく変えた、運命的な出会いがあったのだ。


 ※ ※ ※ ※


 それは、小学4年の夏休みも終わり、厳しい暑さもおさまって過ごしやすい季節になったころのこと。


 私たちの学校では、毎年恒例の校外遠足が行われる時期を迎えていた。

 

 場所は、市内の小高い丘の上にある森林公園。もともとは競馬場だった土地を整備したという広い公園内には、大きな芝生の広場や池があったり、馬に関するちょっとした博物館なんかもあったりした。


「は~い、皆さん! それでは今から1時間ほど、自由時間にしたいと思います。公園内であればどこに行ってもいいですが、くれぐれも危ないことはしないように。何かあれば見回りをしている先生に連絡してくださいね~!」


 午前中に博物館の見学をして、それからお弁当を食べたあとは、皆がお待ちかねだった自由時間だ。


「なぁなぁ水嶋くん! 俺らと一緒にケイドロやろうぜ!」

「はぁ? 何言ってんの、水嶋くんは私たちと一緒に遊ぶの!」

「そんなのいつ誰が決めたんですかぁ? 何時何分何秒地球が何回まわった時~?」

「うわ、ウザ……ほんと男子って子供だよね!」


 案の定、みんな私と一緒に自由時間を過ごしたがって言い争いになってしまったけど、最終的にはそれぞれのリーダー格の男女数人と一緒に行動することに落ち着いた。


 本当は江奈ちゃんと二人でお散歩でもできれば一番気が楽だったけど、残念ながらその日は風邪を引いてお休みだったので仕方ない。


「よ~し、それじゃ俺からいくぞ~!」


 そうして、男子と女子両方のやりたいことを踏まえた上で、折衷案としてボール遊びをすることになった。


 ルールは簡単で、皆で円を囲むようにして立ち、ボールを地面に落とさないように手や足で打ち上げ続けるというものだ。


 ボールが地面に落ちてしまったら直前に触っていた人が失格となり、円から抜ける。それを最後の一人になるまで続けるのだ。


「えいっ」

「ほっ!」

「よいしょ!」


 みんな最初は順調にボールを打ち上げていたのだが、やがて疲れてきてしまって、一人、また一人と脱落していく。


 そして、最後に残ったのは男子のうちの一人と私の二人だった。


「よっしゃ。水嶋くんと一騎打ちだぜ」

「ふふ、負けないよ」

「じゃあいくぞ! おりゃ……あ、やべっ」

「ちょっと! どこ投げてんのよ!」


 相手の男子が力加減を誤って思いっきり打ち上げてしまったボールは、そのままあさっての方向に飛んでいき。


「……うおっ!?」


 不運にも、近くのベンチに座っていたおじさんの頭に当たってしまった。


「──おいっ! 何しやがんだ、このクソガキどもがァ!!」

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