第64話 幼馴染
「私……颯太くんに、大事な話があるんです」
改まった態度でそう言われて、俺は思わず背筋を伸ばす。
屋上に設置された大時計を見れば、ちょうど17時を回ったところ。いよいよ空の色も薄いオレンジ色に染まり始めていた。
「大事な、話?」
「はい。颯太くん、さっき水嶋さん……静乃ちゃんに聞きましたよね? 『この1か月のこと、全部嘘だったのか』って」
少し言葉を詰まらせながら、江奈ちゃんがそう聞いてくる。
「颯太くんは……嘘だと思いますか?」
「え?」
眉を顰めた俺に、江奈ちゃんが自分のスマホでチャットアプリの画面を表示させて見せてくる。
そこには、水嶋から江奈ちゃんに送られたものと思われるメッセージがずらりと並んでいた。中には、あいつが撮影したらしい俺とのツーショット写真なんかも添えられている。
「これって……」
「この1か月、静乃ちゃんは颯太くんとどう過ごしたかを、毎日こうして私に教えてくれてたんです。どこへ行って、何をしたのか……そして、あの事件のことも」
そこまで言って、江奈ちゃんが肩を強張らせる。
そうか……江奈ちゃんも、事件の顛末を知っていたのか。
「たしかに、前から『Sizu』に入れ込んでいるような素振りはあったけど……まさか、吉田さんがあんなことをするなんて……。私が、静乃ちゃんに颯太くんの『恋人役』なんてお願いしなければ、もしかしたら吉田さんもあんなことには……」
自分の友達が同級生を刃物で刺した、なんて……きっと、すごくショックだったに違いない。しかも、それに間接的とはいえ自分が関わっていたとあっては、なおさらだろう。
悔いるような表情を浮かべてギュッと目をつぶった江奈ちゃんは、けれどやがて気を落ち着けるように深呼吸して、再び俺に視線を向けた。
「……とにかく、私はこの1か月間、静乃ちゃんが颯太くんとどんな風に過ごしていたのかを知っています。その上で、もう一度聞きます。颯太くんは……静乃ちゃんの言う通り、全部が演技だったと思いますか?」
聞かれて、俺は答えに困ってしまう。
最初のうちは、俺もたしかに疑っていた。
あいつのすることは全部演技なんだと。あいつの言葉は全て嘘なんだと。
だけど、あの事件を経て、それは俺の間違いだったと気付いた。
演技でも嘘でもない。あいつはどこまでも本気だったって。
本気で俺のことが好きで、本気で俺と恋人になろうとしてたんだって。
ようやくそれがわかった……はずだったけど。
「……わからない」
にわかに自信がなくなってしまい、俺はそんな弱音を口にする。
短い間だったけど、一緒に過ごしていくうちに、あいつのことを少しは理解できたような気がしていた。
でも、俺にはもう……水嶋が本当は何を考えているのかわからない。
「ううん。本気でしたよ、静乃ちゃんは」
「え……?」
しかし、江奈ちゃんは俺のそんな弱音を一蹴した。
「……どうして、そう言い切れるの?」
「言い切れますよ。だって……静乃ちゃんは、小学生の時から颯太くんのことが好きだったんだから」
「…………ぇ?」
今日はもう、これ以上驚くようなことはないと思っていたのだが。
江奈ちゃんが出し抜けに明かしたその事実に、俺は今日何度目ともしれない唖然とした表情を浮かべていた。
「ど……どういうこと、なんだ?」
水嶋が? 小学生の時から俺のことが好き?
そんなバカな。だって、俺とあいつはつい1か月前に出会ったばかりなんだぞ?
それなのに、なんであいつが小学生の時から俺を知ってるっていうんだ?
と、というか……なんで江奈ちゃんがそんなことを知ってるんだ?
「……私、本当は高校生になってから静乃ちゃんと知り合ったわけじゃありません。本当は、昔同じ小学校に通っていたんです。中学校は、別々になっちゃったけど……でも、静乃ちゃんが外部進学でこの学校に来て、再会したんです。『静乃ちゃん』っていうのは、小学生の頃からの呼び方で」
「えっ……じ、じゃあ、つまり二人は『幼馴染み』だった、ってこと!?」
江奈ちゃんがコクリと頷いてみせる。
知らなかった……まさか、江奈ちゃんと水嶋にそんな繋がりがあったなんて。
「いつも一人ぼっちだった私にも、唯一気さくに接してくれたのが静乃ちゃんでした。放課後に一緒に遊んだりしたことはできなかったけど、学校ではほとんどいつも一緒にいました」
「……そうだったんだ」
てっきり、1か月前に同じ特進クラスになったことをきっかけに仲良くなったんだとばかり思ってた。
水嶋だって「知り合って1か月」とか言って、全然そんな素振りを見せなかったのに。
「お昼休みなんかには、二人で色んな話をしました。好きな音楽の話とか、将来の夢の話とか……初恋の話とか」
「初恋……?」
「はい。それで私、静乃ちゃんから聞いたんです。どこの学校なのかもわからないし、なんて名前なのかもほとんど知らないけど……好きな男の子ができたんだ、って。その男の子が誰だったのか……私は静乃ちゃんと再会して、ようやく知ることになりましたけど」
そこで一度言葉を切って、江奈ちゃんは一瞬ちらりと屋上の扉に視線を走らせると。
「……静乃ちゃんには『黙ってて』と言われていたんですけど……やっぱり私、このまま『勝負』を終わらせるのはフェアじゃないと思うから」
それから意を決したように打ち明けた。
「だから聞いてほしいんです、颯太くん。──静乃ちゃんの、初恋の話を」
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