第63話 全部嘘だったって言うのか?

「悪戯好きな魔女……ってのは、お前のことか?」

「そうそう。ああ、どっちかっていったら悪魔かな? まぁ、どっちでもいいか」


 とにかく、と言って水嶋は人差し指をピンと立てた。


「江奈ちゃんからそんな話を聞いた魔女は、同じ特進クラスの友達としてひと肌脱ごうと、提案したわけだよ。一度、颯太を袖にして裏切るフリをした後に、今度は私が颯太に言い寄る。それで颯太が私の誘惑に負けちゃったら、江奈ちゃんへの愛はその程度のものだったってこと。でも逆に、それでも颯太が私の誘惑に屈しなかったら、颯太の江奈ちゃんへの愛は本物だったことが証明されるでしょ?」

「……そういうことか」


 思い返せば、たしかに色々と不自然な点を感じていないわけではなかった。


 もし江奈ちゃんと水嶋が本当に付き合っていたとしたら、江奈ちゃんがあまりにもすぎるのだ。


 だって、恋人なんだから普通は休日や放課後に一緒に過ごしたいと思うだろ? なのに、いくら相手が多忙な人気モデルだからって、休日も放課後もデートできないのを良しとしておくなんておかしな話だ。


 それに、大した変装をするでもなく堂々と浮気相手おれと街中を歩き回る水嶋も、考えてみればあまりに無防備が過ぎる。


 本気で江奈ちゃんにバレたくないなら、万が一江奈ちゃん本人やその知り合いに出くわしてしまう可能性も考えて、せめてサングラスやマスクで人相を隠すくらいのことをしてもいいはずだった。


 だがそんな疑問も、水嶋と江奈ちゃんが最初からグルだったというならすべて納得だ。


「要するに……俺は試されていたわけだ。彼女にフられたらすぐに次の女の子になびくようなクズ男か、それとも本気で彼女のことを想っていた男か、を」


 ため息交じりに首をすぼめる俺に、江奈ちゃんが恐る恐るといった感じで声をかけてくる。


「今まで騙していて……本当にごめんなさい。フリだったとはいえ、私の身勝手な理由で颯太くんを試すようなことをして……何も知らないままいきなりこんなことをされたら、きっと颯太くんをとても傷付けることになるって、わかってたのに……」


 たしかに、江奈ちゃんに裏切られたと知った時、俺は心底落ち込んだ。ショックだったし、傷付きもした。

 

 俺を試すためだったとはいえ、江奈ちゃんが取った手段は、世間一般からすればたしかにあまり褒められたものではないかもしれない。他にいくらでもやり方があったのかもしれない。


 だけど……いま目の前で、今にも泣きだしそうに声を震わせて頭を下げる彼女を責めることは、少なくとも俺にはとてもできそうになかった。


「いや……いいんだ。江奈ちゃんが俺のことを裏切ったわけじゃないことがわかっただけで、十分だよ。むしろ、俺の方こそごめんな。まさか、江奈ちゃんをそこまで不安にさせていたなんて……」

「そんな……! 颯太くんは、何も悪くないです……!」


 江奈ちゃんはイヤイヤをする子供みたいに頭を振って、必死に俺の言葉を否定した。そんな彼女の姿に、俺は思わず苦笑する。


 ちょっと引っ込み思案でネガティブなところもあるけど、本当は人を騙すようなことなんて人一倍苦手な、とても穏やかで心優しい女の子。


 やっぱり、江奈ちゃんは江奈ちゃんだ。


「え~と……どうやら誤解も解けて、無事にお互いの想いも確かめられたみたいだね」


 コホン、という咳払いに顔を上げると、気付けば水嶋は屋上から校舎内へと入る扉に手をかけていた。


「改めて、この試練ゲームは君たち二人の勝ちだ。おめでとう。そういうわけで、敗者の魔女はクールに去るとするよ。約束通り、私はもう金輪際こんりんざい、颯太に付きまとったりはしないから安心して。あとは愛し合う2人でごゆっくり、ってね」

「お、おい! 待てよ、水嶋」


 早々に立ち去ろうとしていた水嶋を、俺は慌てて呼び止めた。


「……?」


 俺の問いに、水嶋がわずかに眉を動かした。

 しかし、それでもいつもの飄々とした態度は崩さない。


「どれのことを言ってるのかな?」

だ。お前は……この1か月間のことも、全部嘘だったって言うのか?」


 俺が答えるや否や、水嶋はくるりと俺に背を向けた。

 屋上の扉に顔を向けたまま、しばらくの沈黙を保って。


「──そうだよ。


 やがて、振り返りもせずにそう言ってのけた。


 その肩が少しだけ震えているように見えたのは、風によって制服のブラウスが揺れていたことによる目の錯覚だろうか。それとも……。


「そんなっ!?」


 切り捨てるような水嶋の答えに、思わずといった口調で声をあげたのは江奈ちゃんだった。


「だって……だって、は!」

「江奈ちゃん」


 しかし、何事かを言いかけた江奈ちゃんの言葉を、水嶋が珍しく強い語気で遮った。


 それから、やはりこちらを振り返ることなく、フルフルと首を横に振る。


 背を向けられていても感じる水嶋の無言のプレッシャーに気圧されたのか、江奈ちゃんもそれっきり口を噤んでしまった。


(な、なんだ? 今の意味深なやり取りは……?)


 話が読めずに立ち尽くしているうちに、今度こそ水嶋は屋上を後にしようと扉を開けた。


「それじゃあね、江奈ちゃん。これからも彼氏と仲良くね。ああ、そうそう。それから……この1か月、なかなか楽しかったよ。君との


 夕陽に照らされた屋上から薄暗い校舎の中へと歩を進めて。


「さようなら──


 そんな他人行儀な挨拶だけを残し、水嶋は扉の向こうへと消えてしまった。


「静乃、ちゃん……」


 慌てて後を追いかけようとして一歩踏み出した江奈ちゃんは、けれど先ほどの突き放したような水嶋の態度を思い起こしたのか、それ以上は先に進めずにいた。


「そんな……そんなの、ダメだよ……静乃ちゃん」

「えっ、と……江奈ちゃん、どういうこと? それに、『静乃ちゃん』って……」


 いよいよ怪訝に思った俺は、立ち尽くす江奈ちゃんにそう尋ねる。


 ゆっくりと俺の方に向き直った江奈ちゃんは、何事かを俺に打ち明けようとして、けれど言葉を詰まらせて下を向く。


 そんなことを何度か繰り返して、それでも最終的には、何かしらの覚悟を決めたような決然とした表情で切り出した。


「私……颯太くんに、大事な話があるんです」

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