第62話 とんだ詐欺師もいたもんだ

「……1か月ぶり、ですね……颯太くん」

「な……なんで……?」


 なんで、江奈ちゃんがこんなところに!?

 それに、「君の勝ち」って、どういうことなんだ?


 あまりの急展開に脳の情報処理が追い付かない。


 突然現れた江奈ちゃんと、訳知り顔で腕を組む水嶋とを交互に見やりながら、俺は馬鹿みたいに口をあけて突っ立っていることしかできずにいた。


「あ~あ。これでも結構自信はあったんだけどなぁ……やっぱりの私なんかじゃ、君たちの間に入り込むなんて無理な話だった、ってことかな」


 さっきまでのシリアスな態度が嘘みたいに、水嶋は悪戯が失敗した子供みたいな口調でそう言って肩をすくめた。


「お、おい、どういうことだよ水嶋? 江奈ちゃんの勝ちだとか、入り込むだとか……一体なんの話をしてるんだ?」

「ああ。それはね」


 俺が詰め寄ると、水嶋が江奈ちゃんに目配せをする。


 それにコクリと頷き返すと、江奈ちゃんはおずおずと俺の前まで歩み寄って来た。


 と、思ったら。


「……ごめんなさい、颯太くん!」


 ブォン、という音が聞こえてきそうな勢いで、江奈ちゃんが深々と頭を下げてくる。


「え、江奈ちゃん?」

「私……私、!」

「……!?」


 人間、本当にびっくりすると、もはや叫び声すらもあげられなくなるらしい。


 衝撃の事実の連続に、俺は思わずガシャン、と屋上フェンスに寄りかかり、そのままズルズルと尻もちをついてしまった。


「颯太くん!? だ、大丈夫ですか?」


 慌てた様子で江奈ちゃんが駆け寄ってきて、俺の隣にしゃがみこんで肩を支えてくれる。


「あ、ああ……大丈夫。ちょっと、腰が抜けちゃって……」


 心配そうに顔を覗き込んでくる江奈ちゃんに、俺は辛うじて頷き返した。


 思えばこんな風に間近に彼女の顔を見るのも久しぶりで、なんだかとても懐かしい気持ちになる。


「そ、それより……どういうことなの?」


 江奈ちゃんは水嶋と付き合っていなかった。

 そんなカミングアウトに、俺は喜んだり安堵したりするよりもまず困惑してしまっていた。


「江奈ちゃん……他に好きな人ができたって」

「そんな人、いません」

「俺に、愛想を尽かしたんじゃ……?」

「そんなこと、あるわけないです」

「『私のことはすっぱり諦めて』って……」


 ふるふると首を横に振って、江奈ちゃんは脱力していた俺の右手をぎゅっと両手で握りしめた。


 それから心底申し訳なさそうに眉根を寄せて、ポツポツと語り始める。


「嘘、だったんです。私が颯太くんを捨てて水嶋さんを選んだっていうのも、水嶋さんが颯太くんから私を奪ったっていうのも……全部、嘘なんです」

「う、そ……?」


 江奈ちゃんの言葉を受けて、俺は傍らに立っていた水嶋の顔を見上げる。

 

 そうなのか、と俺が無言で問いかけると、水嶋もコクリと首肯した。


「颯太にそう思わせるように、この1か月ずっと、私たちで一芝居うってたってことだよ。まぁ、最初に颯太にかけたビデオ通話は、リアリティを出すためとはいえ、ちょっとやりすぎだったかもだけど」

「って、ことは……お前と江奈ちゃんは、最初っから……」

「うん。だった」


 まるで、コンゲームものの映画の終盤で大どんでん返しを見せられた時のような気分だった。軽い放心状態になってしまい、俺は夕暮れ時の空をポカンと見上げる。


 そうか……そうだったのか。


「スゥゥゥゥゥゥ…………はぁ~~~~」


 一度大きく息を吸い込み、胸の奥に溜まっていたモヤモヤを吐き出すように息を吐く。


 二度、三度とそれを繰り返すうちに、やがて俺の思考も徐々に平常に戻っていった。


「落ち着いた? 颯太」

「……ああ。正直、まだ色々と飲み込み切れていない部分もあるけど」


 へたり込んでいた体を持ち上げ、再び立ち上がる。

 

 言いたい事や聞きたいことはいくらでもあったが、俺はとりあえず、そもそもにして最大の疑問をぶつけることにした。


「どうして、こんなことを?」


 江奈ちゃんは俺を裏切ってなんかいないし、水嶋は俺から恋人を奪ってなんかいない。今のこの状況を見れば、たしかにそれは本当なんだろうということはわかる。


 わからないのは、なぜ2人が共謀して、俺にそんな盛大なドッキリをしかけたのかということだ。


「単なるイタズラ……ってわけじゃないよな? どう考えても」


 もしそうだとしたら、それはそれでびっくりどころの話じゃないんだが。ハリウッド映画も顔負けのビッグスケールなイタズラだ。


「それは……」

「それについては私から説明するよ。なにしろ発案者は私だからね」


 江奈ちゃんが口を開くのを遮るように、水嶋が一歩前に出る。


「江奈ちゃんは、颯太の愛を確かめたかったんだよ」

「俺の、愛……?」


 俺が聞き返すと、水嶋は頷き、江奈ちゃんは気恥ずかしそうに顔をそむける。


「──あるところに、子供のころから自分に自信が持てないお姫様がいました」


 俺と江奈ちゃんに背を向けた水嶋が、おとぎ話でもするように滔々とうとうと語り始めた。


「お姫様はいつも勉強や習い事に追われていて、遊ぶヒマなんてありません。流行の話題や娯楽にもほとんど触れる機会がなく、そのせいで同じ年ごろの子たちからも孤立してしまいます。『自分はなんてつまらない女の子なんだろう』──お姫様は、ますます自分に自信を無くしていってしまいました」


 もはや聞きなれた水嶋のハスキーボイスが、屋上を吹き抜ける風に乗って俺の耳に流れ込んでくる。


「そんな時、お姫様は1人の男の子と出会います。偶然にも共通の趣味を持っていたその男の子は、お姫様にとっては初めての『仲間』ともいえる存在でした。そして、つまらない自分と過ごす時間を『楽しい』と言ってくれた男の子に、お姫様は段々と惹かれていきます。そしてついに、2人は晴れて恋人同士となったのです」


 それは、いつだったか江奈ちゃんが俺に打ち明けてくれた身の上話と同じだった。


 私はつまらない女の子だ……思い返せば、たしかに江奈ちゃんは時々そんな風なことを言って、不安そうに俯くことが何度かあった。


 その度に俺は、そんなことはない、江奈ちゃんと一緒にいる時間は楽しい、と励ましていたっけ。


「しかし──それでもやっぱり、お姫様はどうしても自分に自信を持ち切れずにいました。『自分なんかが恋人なんて、本当は彼も嫌なんじゃないか』、『彼に好きでいてもらえるほどの魅力が、本当に自分なんかにあるんだろうか』……男の子と過ごす日々が楽しければ楽しいものであるほど、お姫様はそんな不安に押しつぶされそうになっていきました」


 そこまで話したところで、水嶋がくるりと俺たちに向き直る。

 それから慣れた様子でウィンクをしてみせながら、鼻先に自分の人差し指をあてがった。


「だから、お姫様は男の子の愛が本物かどうかを確かめるために……悪戯好きなの助けを借りることにしたのです」

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