第61話 急転直下
「俺は……やっぱりまだ、江奈ちゃんのことを嫌いになれないんだ」
「お気に入り」の写真一覧をスクロールし、俺は適当な1枚を選んで表示させる。
場所はどこかの喫茶店だろうか。向かい合って座っている俺たちが、斜め上からのアングルのカメラに向かって笑顔を向けていた。
自撮りなんてあんまりしたことがなかったから、カメラを持っている俺の顔はちょっと見切れてしまっているけど。
「いつかお前が言った通り、たしかに江奈ちゃんは尻軽女なのかもしれない。俺が不甲斐なかったとはいえ、あっさり俺を裏切ってお前に靡いたかもしれない。だから、今さら俺が江奈ちゃんに何の義理立てをする必要もないのかもしれない。もうあんな奴のことなんか知るか、そっちがそんな好き勝手なことをするなら俺だってそうするぜ、って……いっそそんな風に思えたら楽なんだろうけど」
でも、前に樋口にも言われた通り、やっぱり俺はどうにも「根善」らしい。
こんな仕打ちを受けても、俺はまだ江奈ちゃんを恨んだりすることなんてできそうになかった。
だって、俺が江奈ちゃんと過ごしたあの3か月は、本当に楽しかったんだ。
放課後は喫茶店で好きな作品について語り合って、休日には一緒に映画を見に行ったり、たまに家に遊びに行ったり。
はたから見れば刺激的とは言えないかもしれないけど、そんな穏やかで温かい日々が、どれだけ俺の灰色だった青春を色づかせてくれたことか。
たとえ江奈ちゃんが本心でどう思っていたとしても、少なくとも俺にとっては、あの3か月がこれまでの人生で一番幸せな時間だったという事実は変わらないんだ。
「もし、俺がお前と付き合うことになったら……それを知ったら、きっと江奈ちゃんは悲しむ。大好きな
俺の言葉を、水嶋は黙って聞き続けている。
プルタブが空いた缶コーヒーには、まだ一口も口をつけていない。
「お前の気持ちは、すごく嬉しいよ。もしこれが俺の人生で初めてされた告白だったなら、きっと二つ返事でOKしてた。だけど……ごめん。だから俺は、水嶋と恋人になることはできない。……これが、お前の告白に対する俺の答えだ」
「じゃあ」
俺が話し終えると、そこで水嶋が食い気味に問うてくる。
「もし私が、江奈ちゃんと別れるって言ったら?」
「え……?」
「私が江奈ちゃんと別れれば、颯太と付き合っても浮気にはならないでしょ?」
たぶん、最後の悪あがきみたいなものなんだろう。
きっと自分でもムチャクチャなことを言っているとわかっていながら、それでも水嶋はそう食い下がった。
「お前なぁ……それはつまり、俺が江奈ちゃんにされてショックだったことを、今度はお前が江奈ちゃんにする、って言ってるようなもんだぞ? そんな
「……ま、そうだろうね」
とうとう観念したようにそう呟くと、水嶋はそれまで口をつけていなかった缶コーヒーをグイッとあおった。
そのままゴクゴクと飲み干して、「プハァッ」と大きく息を吐く。
「はぁ~~~~あ! 自分を裏切った相手を気遣うなんてさぁ。ほんと、颯太もお人よしだよね」
「お前にそれを言われちゃ、俺もおしまいだな」
俺が言い返すと、水嶋がクスリと笑う。
水嶋がクスリと笑うから、俺もつられて笑ってしまった。
あえて勝ち負けで言うとしたら──きっと俺は、試合に勝って勝負に負けた、といったところだろう。
だって……告白こそ断ったけど、きっと俺はもう、胸を張ってこいつのことを「好きになるなんてありえない」とは、言えなくなってしまっているんだから。
「……そっかぁ」
猫みたいにググッと伸びをして、水嶋がため息交じりに呟いた。
「じゃあ、要するに告白の返事は『NO』ってことね」
「ああ……そういうことになるな」
申し訳なさげにそう言って、俺は水嶋の次の言葉を待つ。
──しかし。
「なら」
いつの間にかいつもの飄々とした態度に戻っていた水嶋が次に放ったセリフに、俺は天地がひっくり返ったかのような衝撃を受けることとなった。
「この『勝負』は君の勝ちだね──江奈ちゃん」
…………は?
江奈ちゃん? なんでここで、江奈ちゃんの名前が出てくるんだ?
「それって、どういう……」
と、俺が口を開くのもつかの間。
水嶋の背後、屋上庭園の植え込みの陰から、何者かが姿を現す。
「…………へ?」
俺は自分でも笑ってしまうくらいに素っ頓狂な声をあげてしまった。
なぜかって?
だって、植え込みの陰から出てきたその少女は……。
「え、え、え……!?」
肩口あたりまで伸びた、濡れ羽色の髪。いつも片方の目が隠れがちになる長い前髪の向こうには、少しあどけなさを残しつつも目鼻立ち整った可憐な顔がのぞいている。
どこか大和撫子然として楚々とした雰囲気のその女の子は、忘れるわけもない。
俺の人生で初めての彼女。
「……江奈、ちゃん?」
里森江奈ちゃん、その人だったのだから。
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