第41話 里森江奈の追憶②

 迎えた文化祭当日。


 私はクラスメイト数人と一緒に○○中の校内へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませぇ! 2年1組のアジアン喫茶はこちらで~す!」

「13時半から体育館でブレイクダンスやります! 来てね!」

「中庭でクイズ大会やってます! 飛び入り参加も大歓迎ですよ~!」


 あちこちで色々な出し物や模擬店が軒を連ねていて、校内はまさにお祭りムード一色。初めての他校の文化祭ということも相まって、私も最初のうちはいつになくはしゃいでいた。


 しかし、こうした賑やかなイベントには、やはり大なり小なり場を荒らす人間も集まってくるようだった。


「お、可愛い子はっけ~ん! ねぇねぇ、キミたちどこ中?」

「俺らここの文化祭来るの初めてなんだけどさ~。一緒に回らない?」


 多分、近所の高校に通っている学生だったと思う。馴れ馴れしく話しかけてきたその男子グループは、明らかに文化祭よりもナンパ目当ての様子だった。


「なんだったら、模擬店の食い物とか俺らで奢っちゃうよ?」

「いや、私たちは……」

「ちょいちょ~い、そんなに怖がらないでよ。別に取って食おうってわけじゃないんだしさ」

「う、う~ん……」


 相手は男子で、しかも年上の高校生。下手に逆らえばどんな報復をされるかわからないという恐怖もあって、結局、私たちは渋々彼らと行動を共にするしかなかった。


 そこからはもう、とても文化祭を楽しむどころではない。大して興味もないチアリーディングのショーやミスコンテストなど、彼らの行きたいところばかりに連れ回された。


 おまけに、道中では執拗に個人情報や連絡先を聞き出そうとしてくるし、少しでも隙を見せれば髪や体を触ろうとしてくるし、本当に最悪だった。


 このままじゃ、せっかくの楽しい文化祭の思い出が台無しになっちゃう。

 久しぶりに友達と一緒の休日なのに。

 久しぶりに、つまらない女の子じゃなくなっていたのに。


 ──邪魔しないでよ。


 そう思った時にはもう、私は廊下の真ん中で慣れない大声を張り上げていた。


「……いい加減に、してください!」


 瞬間、クラスメイトも、男子高校生たちも、周りにいた通行人たちも、その場にいた全員の視線が私に集まった。


「私、たちは……あなたたちのお友達でも、連れ合いでもありません……! いい加減、私たちを解放してください!」

「里森、さん……?」

「な、なんだよ急に? せっかく俺たちが楽しませてやろうと……」

「お~い! これは何の騒ぎだ?」


 ほどなくして、校内を巡回していたらしい教員の方がやってきて、私たちは一通りの事情聴取をされることになった。


 男子高校生たちは「無理やり連れ回してたわけじゃない」「同意の上だった」などと最後まで言い張っていたけれど、結局は教員の方たちに連れられて学校の外へと追い払われたみたいだった。


「こ、怖かった~」

「私、緊張して全然喋れなかった……」

「でも、里森さんのお陰で助かったよ。里森さん、普段は大人しいイメージだったけど、あんな大声出すこともあるんだねぇ」

「そ、そんな……必死だっただけで……」


 どうにか難を逃れたことで、クラスメイトたちも安堵の表情を浮かべる。

 けれど、やっぱりみんな心のどこかにモヤモヤが残っていて、その後の文化祭見学もどこか上の空になってしまう。


 そうこうしている内に、ようやく私が一番楽しみにしていた、自主制作映画を上映しているという3年1組の教室までやってきた。


「へぇ、青春恋愛ものだって」

「ポスターに乗ってる主演の男の子、ちょっとカッコよくない?」

「ちょうど歩き疲れてたし、休憩がてら見てみよっか」


 そうして、いよいよ上映が始まった……のだが。


(これが……本当に映画なの?)


 たしかに、素人の作るものかもしれない。

 中学生の文化祭レベルの作品に、過度な期待をする方が酷というものかもしれない。


 けれど、それにしたって、お世辞にも「面白かった」とは言えないくらい、その自主制作映画の出来はひどい有様だった。


 まず、演者の演技がひどい。

 セリフを噛んだり言い間違えたりは当たり前で、演技中に素の笑いが出てしまうのを隠そうともしない。


 棒読みでもいいからきちんと台本通りにやればまだマシだったはずなのに、監督役の人はどうしてこれでOKを出したんだろう。これじゃあまるでメイキング映像だ。


 そして何より、ストーリーがひどい。

 ヒロインと主人公がただひたすら起伏もドラマもない会話を繰り返し、よく分からない内に恋仲になって終わる。15分も尺があるのに、文章にすれば1行で済んでしまいそうなほど内容が薄かった。


 セリフ自体も、おそらくは内輪ノリの延長のようなもののオンパレードで、言っていることの意味が1割も理解できない。このクラスのことを何も知らない第三者に見せるための映画、という部分を完全に忘れているとしか思えない構成だった。


 クラスの中心的存在である女子と男子が自己満足のために作ったホームビデオ。

 それが、上映が終わったあとに私が抱いた感想だった。


 にも関わらず、私以外の観客はなぜか満足そうな顔をしていて、「ヒロインの女の子が可愛かった」「主人公がカッコよかった」なんて言い合いながら笑っていた。


 きっと彼らは映画ではなく、ただ可愛い女の子やイケメンな男の子がイチャイチャする様を見に来ていただけなんだと、私は知った。


(……楽しみに、してたのにな)


 はた迷惑な男子高校生たちに絡まれた上に、お目当ての自主製作映画は期待外れもいいところ。


 そんな苦い思い出を残して、私の初めての文化祭見学は幕を閉じた。


(こんなのばっかりだ……私の青春)


 中学時代も、やっぱり私はつまらない女の子のまま終わるんだと、この時はほとほと人生が嫌になってしまった。


 しかし──それから半年ほどが経ったころ。


 灰色だった私の青春が、にわかに色づいていく出来事が起きた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る