第42話 里森江奈の追憶③

 私たちの学校では、毎年11月の初めに文化祭を開催することになっている。


 各クラスや部活がそれぞれで出し物や模擬店を開くほか、海外の姉妹港の生徒たちとオンラインで交流する異文化交流会など、国際色豊かな進学校らしい催しも開催される。地域での知名度も高く、毎年多くの一般参加者も集まってくるお祭りだ。


 もちろん、成績上位者ばかりを集めた「特進クラス」も例外ではなく、連日ホームルームで会議を重ねた結果、特進クラスではワッフル喫茶をすることに決まった。


「ドリンクはコーヒーと紅茶の他にも何種類か欲しいよね」

「ワッフルを焼くホットプレートはどこに置く?」

「せっかくだから、スタッフの衣装も凝ったものにしてみようよ」


 真面目な性分の生徒が多いという事もあって、企画はとんとん拍子に話が進んでいった。そして、あまり人前に出るのが得意じゃない私は、ホールではなくキッチンスタッフを務めることになった。


(○○中の文化祭はあんな事になっちゃったし……せめてうちの文化祭くらいは、無事に過ごせますように)


 楽しい思い出とか、キラキラな青春とか、そんな高望みはもうしない。だからせめて、平穏に文化祭期間が終わることを祈ろう。


 それまでの灰色の人生のせいですっかり後ろ向きになっていた私は、文化祭が始まる前からそんなことばかり考えていた。


【3年2組オリジナル映画『君のいない春』 11月〇日ロードショー!】


 だから、文化祭準備期間中の校内の掲示板でこんな貼り紙を見かけた時も、正直あまり興味を引かれなかった。


「ジャンルは『青春恋愛もの』、かぁ……」


 ヒロインは男子人気の高いチアリーディング部の女子で、ヒーローはよく知らないけれどいかにも女子ウケの良さそうな男子。


 地雷の予感しかしない。


「……時間があったらでいいかな」


 大した期待をするでもなく、その時の私はなんとなく頭の片隅に留めておく程度の興味しかなかった。


 そうしていよいよ文化祭当日になり、自分のシフトをこなして自由時間になった私は、ほんの時間つぶしのつもりで3年2組に足を運んだ。


「あの、すみません。1人なんですけど、今から入れますか?」

「へ? あ、ああ、はい。1人ですね、え~と……」


 教室の入り口に設けられた受付テーブルには、大人しそうな雰囲気の男子生徒が座っていた。


 オシャレで垢抜けた雰囲気の男女が多いこの学校の中では、比較的地味な印象。


 見た目で人を判断するのは良くないことだけれど、きっとこの人も私と同じ、どちらかと言えば日陰者タイプな気がした。


「大……丈夫ですね、はい。ちょうど上映始まるので、空いてる席にどうぞ」

「ありがとうございます」


 なんだか親近感を覚える受付の男の子の横を通り過ぎ、教室の中へ。机と椅子を組み合わせて作られたひな壇上の観客席は、すでに8割ほどが埋まっていた。


〈ご来場いただきありがとうございます。3年2組制作、『君のいない春』。まもなく上映いたします──〉


 私が席に着くと同時にアナウンスが流れ、いよいよスクリーンに映像が流れ始める。


 そして……。


 ※ ※ ※ ※


「この映画の脚本を書いたのって、あなたですか?」


 上映が終わってすぐ、私は2組の生徒から話を聞いて、「君のいない春」の脚本を書いた佐久原くんという男子生徒に会いに行った。会ってみれば、さっき受付にいた彼がまさしくその本人だった。


「え? は、はい。そうですが……何か?」

「すっ…………ごく、面白かった、ですっ」


 目を白黒とさせる佐久原くんにもお構いなく、私は若干興奮気味にそう言っていた。


 たしかに、役者の演技は上手いとは言えないし、ところどころお粗末な部分はあった。全体的な評価で言えば、やっぱり中学生の文化祭レベルの域はでないかもしれない。


 それでも、15分ほどの尺の中でしっかりと起承転結が作られ、少ないながらも伏線も張られていたストーリーだけは、綺麗にまとまっていてとても面白かった。


 主人公とヒロインだけでなくサブキャラクターの見せ場もちゃんと作られていて、だからこそ物語に深みを与えている。


 評論家ぶるつもりは毛頭ないけれど、ちゃんと映画が好きな人が作ったお話なんだな、ということが伝わってくる作品だった。


「2組の佐久原くん、ですよね。映画、お好きなんですか?」

「う、うん。まぁ、映研部員だし……」


 聞けば、佐久原くんも私と同じく映画鑑賞が趣味で、それが高じて映画研究部にも所属しているという。


 クラスメイトとも、友達とも違う。初めて「仲間」と呼べる存在を見つけられた気がして、気付けば私は彼とのお喋りに花を咲かせていた。


「佐久原くんは、どんな映画が好きなんですか?」

「えぇっと……色々あるけど、特に好きなのはアメコミ系かな。『スパイダーマン』とか、『アイアンマン』とか」

「そうなんですね。あまり見たことはありませんが、たしかに男の子は好きそうですもんね」

「里森さんは、その、どんな映画が?」

「私は、ディズニーみたいなアニメーション映画が好きです。……えへへ、少し子供っぽいでしょうか?」


 最初はぎこちない様子だった佐久原くんも、映画の話が盛り上がるにつれて、徐々に打ち解けてくれたらしい。


 私はシフトに戻らないといけないし、佐久原くんは次の上映の準備があるしで、その時は結局少しだけしか話せなかったけれど。


 文化祭をきっかけに、それから私は彼とよく映画談義をするようになっていった。


「へぇ。里森さん、一人で映画館行ったりもするんだ?」

「はい。私、その……あんまり女子中学生らしい遊びとか、縁がなくて。そのせいで、休みの日に一緒に遊ぶ友達もほとんどいなくて」


 ほんと、つまらない女の子ですよね──そんな風に、私が度々自嘲するようなことを言っても。


「そんな事ないって。だって俺、映研以外でこんな風に映画の話ができる人って、里森さんが初めてだもん。少なくとも、俺は里森さんといると楽しいよ」


 彼は、さも何でもないことのようにそう言ってくれた。


 佐久原くんと一緒にいる時だけは、私は「つまらない女の子」じゃなくなっている気がして、それがなんだか嬉しかった。


(……ああ、そっか)


 だから。


(きっともう、私は……)


 そのを自覚するまで、そう長い時間はかからなかった。

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