幕間 里森江奈の追憶
第40話 里森江奈の追憶
はっきり言って、私はとてもつまらない人間だと思う。
もともとあまり社交的じゃないし、ユーモアに富んだ性格でもなかったということもあるけれど、それ以上に家庭の事情によるところも大きかった。
私の両親はどちらも国内トップクラスの難関大学を卒業し、子供でも名前を聞いたことがあるような一流企業に就職を決めた、いわゆる「エリート」と呼ばれる部類の人たちだ。
もちろん、私はそんな両親を尊敬しているし、見習うべきところはたくさんあると思っている。両親も私のことを大事に思ってくれて、勉強やスポーツ、習い事など、色々なことを教えてくれたり、体験させてくれた。
ただ……。
「いいか、江奈。良い大学に入学し、一流企業に勤め、将来安定した生活を送るためには、小学生のうちから準備をしておくに越したことはない」
「そうよ、江奈。勉強も習い事も、みんな将来のあなたのためになるからやらせているの。だから、今は大変かもしれないけれど、それ以外のことにかまけていちゃダメよ」
「もちろん、放課後に友達と一緒に遊び回るなんて言語道断だ。お前はとにかく中学受験、ひいてはその先のことにだけ集中していればいい」
両親がエリートな家庭では、珍しくもない話だと思う。
父も母も自分に厳しく、そして娘の私にも厳しい性格だから、私が小学校高学年にもなれば、口を酸っぱくして「勉強しなさい」「遊んでいる暇はない」と言ってきた。
おかげで私は、クラスメイトたちが放課後のたまり場にしていたという公園の場所も知らないし、流行っていた動画やゲームの話題にもまるでついていけないし、遊びに誘われてもいつも「塾があるから」「習い事があるから」と断る。
そんな、つまらない女の子になっていた。
唯一、そんな私と仲良くしてくれたクラスメイトの女の子との昼休みのお喋りだけが、学校での楽しみだった。
しかし、結局はその子とも一度もどこかに遊びに行くことなく……私は退屈な小学生時代を終えることとなった。
※ ※ ※ ※
小学校を卒業した私は、市内でもそれなりに偏差値が高く、国際教育にも力を入れているという中高一貫校に入学した。
両親は、本当は私に聖エルサ女学院という市内随一のエリート女学院に入学してほしいみたいだった。
でも、
けれど、むしろ私はその結果に満足していた。勉強はもちろん、礼儀作法にまで厳しいと噂のお嬢様学校なんかよりも、よほど穏やかで気楽な学校生活が送れるだろうと思ったからだ。
「女学院に入学できなかったことは残念だが……まぁ、『特別進学クラス』に入れただけでも良しとするべきかな」
「ワンランク下の学校に入学したんだから、成績は常に学年トップを維持するくらいじゃないとね」
中学生になっても厳しいことを言う両親だったが、これまで変に反抗したりしたことのなかった私を信用してか、小学校時代よりは私を締め付けることはなくなった。
それでも、相変わらず厳しい門限を決められたり、休日に出かける時は誰とどこに行くのか細かく聞かれたりと、一般的な女子中学生と比べると窮屈な生活ではあったと思う。
一度、両親に内緒で他クラスの友人も交えてカラオケに行ったことが発覚した時は、しばらくの間休日の外出を禁止されてしまったこともある。鬼のような形相で私を叱った両親の顔は、今でも時々夢に見るくらいだった。
「里森さん。今度の土曜日、桜木町のモールで一緒にお買い物しない?」
「……ごめんなさい。私、その日は用事があるから……」
それ以来、私は休日も一人で過ごすことが多くなり、必然的に一人でも楽しめる読書や映画鑑賞が数少ない趣味になっていった。
中学生になっても、やっぱり私はつまらない女の子だった。
※ ※ ※ ※
そうして月日が流れて、中学3年生の春の事。
「里森さん。次の休みの日って、○○中の文化祭があるでしょ? よかったら私たちと一緒に行かない?」
私は数人のクラスメイトに、別の中学の文化祭を見に行こうと誘われた。
普段であればいつものように「用事がある」と言って断っていたところだったけれど、なんでも自主制作映画を作ったクラスもあるという話を聞いて、私は少しだけ興味を引かれた。
「お父さん、お母さん。今度のお休みの日、クラスの子たちと○○中の文化祭に行こうと思ってるんだけど……行ってもいい?」
その晩の夕食の席で、私は恐る恐る両親に聞いてみた。
他校の文化祭を見に行くなんて初めてのことだったし、許してもらえるかは全くの未知数だった。
「文化祭? そう、行って来たらいいんじゃない?」
「○○中というと、お前の通っている学校と偏差値も同じくらいだしな。何かと勉強になることもあるかもしれないし、きちんと門限を守るならいいぞ」
私の心配とは裏腹に、意外にも両親からはあっさりとお許しが出た。
そんなわけで、私は久しぶりにワクワクした気分で文化祭当日までの日々を過ごしていたのだが……。
結局、私の初めての文化祭見学は、あまり楽しい思い出にはならなかった──。
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