第33話 スーパーモデル(自称)現る

「アンタ、誰?」

「あ、ああ、どうも。今日この現場でバイトすることになった、佐久原と言います」


 急に現れたカチューシャの少女に誰何すいかされ、俺は一瞬戸惑いながらも挨拶を返す。俺なんかよりも明らかに場慣れしている様子の少女のオーラに気圧され、自然と敬語になってしまった。


 可愛らしいワンピースに身を包んだスラリとした体形の目の前の少女は、たぶん俺と同い年か、一個下の涼香と同じくらいの年齢だろう。


 スタッフ用の制服を着ていないのに誰からも追い出されたりしていないところを見ると、もしかしたら彼女も今日の現場で仕事をするモデルさんなのかもしれない。


「ええっと、君は?」

藤巻ふじまき梨乃りの、15歳。現役中学生スーパーモデルよ」

「な、なるほど」


 やっぱりこの子もモデルだったらしい。15歳ってことは、うちの涼香と同い年か。自分で「スーパー」と言うあたり、相当な自信家みたいだ。まぁ、実際たしかに中学生にしては大人っぽくて整った顔立ちをしてはいるな。


「それにしても……ふ~ん、そう。バイト、ねぇ?」


 カチューシャの少女、藤巻がにわかに疑わしそうな目を俺に向けてくる。


「で、何が目的なの?」

「……はい?」

「『はい?』じゃなくて。アンタ、お世辞にもファッションに興味があるタイプには見えないのよ。バイトなんて他にいくらでもあるでしょうに、わざわざこんな現場を選ぶのって、なんだかちょっと変じゃない?」


 ギクッ!?

 鋭い指摘に、俺はゴクリと唾を飲み込む。


 たしかに、俺は女性のファッションどころか自分が着る服にさえ疎い。自宅警備と映画鑑賞をこよなく愛する典型的な陰キャラなのだ。


 水嶋に無理やり押し付けられでもしない限り、本来こんな一軍男女しか踏み入ることを許されないような現場に来たりはしない人種なのである。


「なんだか怪しいわね。何が目的でこの現場に潜り込んだの?」

「そ、それは、えっと」

「もしかして……ここにいるモデルの誰かのストーカー? うわ、キモ……」

「違う違う違う違う! それは断じて違う!」


 いわれのない罪を着せられそうになった俺は、あわてて彼女の言葉を否定した。


 びっくりしたぁ。いきなりなんてことを言うんだこの子は。

 そうか。こうして痴漢冤罪というものは発生するんだな……。


「ふぅ……あまり人聞きの悪い事を言わないでくれ」

「あら、失礼。じゃあ、ストーカーじゃないなら何なのよ?」


 これ以上は、変に誤魔化そうとしても逆に怪しまれるだけだろうな。


 藤巻の問いに、俺はあらかじめ水嶋と打ち合わせておいたを説明した。


「紹介されて来たんだよ。モデルの中に知り合いがいるんだけど、そいつに『バイト探しで困ってる』って相談したら、口利きしてくれたんだ。たしかに俺はファッションとかにはあまり興味ないけど、日給も高いみたいだしな。すがらせてもらったわけだ」


 水嶋は、俺の事をあくまで「バイト難民の同級生」程度の存在としてマネージャーさんなどに紹介しているらしい。俺たちのを知られるわけにはいかないし、まぁ妥当な判断だろう。


 ……つーか、こんな回りくどい言い訳を考えるくらいなら、そもそも俺を巻き込まずに一人で仕事をして欲しいもんなんだがな。どんだけ休日を無駄にしたくないんだっつの。


「知り合い? 誰と?」

「水嶋だよ、水嶋静乃さん。ああ、こういう場じゃ『Sizu』って言った方がいいんだっけ?」

「んなっ……!?」


 途端に、藤巻が大きな瞳をさらに大きく見開かせる。


「あ、あ、アンタの知り合いって……なの!?」


 ……はい? お姉さま?


「答えなさいよ!」


 次にはぽかんとする俺の懐に入りこみ、胸倉を掴むような勢いで詰め寄ってきた。


「アンタみたいな見るからに学内カースト最底辺っぽいモサが、どうして静乃お姉さまと知り合いなワケ!? 意味わかんない! アンタ、適当な嘘言ってるんじゃないわよ! バイトの紹介か何か知らないけど、お姉さまがアンタみたいなモブ男子Bを相手にするわけないんだから!」

「は、はぁ……」


 ひどい言われようである。

 同年代とはいえ初対面の人間に対してここまでズケズケと物を言えるとは、大した度胸の持ち主だ。やはり見た目通り少々キツい性格らしい。


 とはいえ、この手の評価は今までにも何度もされてきたし、自分でも認めているところなので今さら傷付いたりはしないが。


 しかし、そうか……「静乃お姉さま」なんて呼んでいるところを見るに、どうやらこいつも水嶋に心酔しているファンの一人みたいだ。


 同業者すら魅了してしまうとは、今さらながらあいつのモデルとしての実力のほどが窺えるな。こりゃあ、ますます俺とあいつの関係を知られるわけにはいかなくなったぞ。


「えっと……よくわかんないけど、とにかく俺は紹介されて来ただけだから。仕事探さないといけないし、そろそろ行くよ」


 こいつと関わると面倒なことになりそうだ。

 興奮する自称スーパーモデルから逃げるようにして、俺はその場を後にしようと踵を返す。


「ちょっと! 待ちなさいよ! まだ話は終わってないわ!」


 しかし、回り込まれてしまった!


「な、なんだよ。話すことはもう全部話したぞ? 俺は水嶋さんとは本当に同じ学校に通う同級生以外の何でもないんだ。話をしたのだって、今回のバイトの件が初めてだ」

「ええ、ええ、そうでしょうね。百歩譲ってアンタの話が本当だとしても、お姉さまの方は、きっとアンタにこの現場を紹介したことなんか『道端でお腹を空かせていた野良犬にエサをあげた』くらいにしか思っていないでしょうとも!」


 だけど、と。

 藤巻は親の仇でもあるかのように俺を睨みつけて言った。


「アンタの方はどうなんでしょうね? どうせ、たった一回お姉さまの気まぐれでほどこしを受けた程度で『もしかして俺のことが好きなのか?』なんておめでたい勘違いでもしたんでしょ? このバイトをきっかけにあわよくばお近づきになれるとでも思った? 残念! お姉さまはアンタみたいなナードをいちいち覚えているほどヒマじゃないの、わかった!?」

「……さいですか」


 う~ん……初っ端から厄介なやつに目を付けられてしまったかもしれないなぁ……。

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