第34話 面倒くせぇ……

「佐久原くん、こっちの荷物お願いしていい?」

「あ、はい。了解です」


 バイト開始から30分。スタッフさんたちに頼まれた雑用を淡々とこなしていた俺は、そろそろこのアウェイな現場にも慣れ始めていた。


 ……のだが。


「それでね、お姉さまったら私が作ったマカロンを食べて『美味しいよ』って言ってくれたの。あの時のお姉さまの笑顔は今でも忘れないわ。でも、あとで気付いたんだけどそのマカロン、ちょっと味付けを失敗していたのよ。きっとそれを私に悟らせないようにって、気を配ってくれたんだわ。それに気づいた時はもう本当に──」


 仕事中の俺の後ろを、なぜか自称スーパーモデル様がチョロチョロと付いて回ってくる。


 その上、さっきから延々と水嶋との思い出話を一方的に喋ってくるもんだから、鬱陶しいったらありゃしなかった。


「……ん? ちょっと、佐久原! 私の話をちゃんと聞いてるの?」


 しかもいつの間にか呼び捨てだしよ。


「いや、俺いま仕事中だし……というか、なんでずっと付いてくるんだよ」

「なによ。アンタみたいなモブ男にとってお姉さまがどれだけ雲の上の存在なのか、わざわざ教えてあげてるんじゃない。どうせ手の届かない高嶺の花なんだから早々に現実を思い知らせてあげよう、っていう私の優しさが理解できないかしらね」


 それのどこに優しさがあるっていうんだよ。バ○ァリンの方がまだ優しさが含まれてるぞ。なにせあっちは50パーセントだ。


「それに、アンタを放っておいたらいつお姉さまにすり寄ろうとするかわからないもの。仕事にかこつけてお姉さまに気に入られようとしたってそうはいかないわよ。今まであの人にたかろうとしてきたは、み~んな私が潰してきたんだから」

「しないっつの。バイトで来ただけだっつの」

「ハンッ、どうだか。所詮、男なんてどいつもこいつも頭空っぽのケダモノなんだから」

「……さいですか」


 俺にとっては、水嶋の方こそ江奈ちゃんを奪った「悪い虫」で「ケダモノ」なんだがな。まぁ、あいつの場合は真の狙いが俺だったようだから、また少し話が違うのかもだけど。


 しかし、この分だとこいつ、今日はずっと俺のことを監視してそうだな。自分だってモデルの仕事があるはずだろうに。ひょっとしてヒマなのか?


 なんとか疑いを晴らして解放してもらわないと、仕事どころじゃなくなっちまうぞ。こいつのせいで俺までサボってると思われるのはさすがに心外だ。


「とにかく、別にわざわざ現実とやらを教えてくれなくてもいいよ」


 俺は撮影用の機材が入った段ボール箱を抱え上げながら、せいぜい興味なさげに肩をすくめて見せた。


「水嶋さんのことなんて(今さら)知りたいとも思わんし」

「はぁ!? 『なんて』ですって!? ちょっと、今のは聞き捨てならないわよ!」


 しかし、それが逆に藤巻の逆鱗に触れてしまったらしい。


 にわかに目くじらを立てた自称スーパーモデル様は、ますますご立腹の様子で俺の前に立ち塞がった。め、面倒くさい……。


「なぁ、えっと、藤巻さん? 君も今日この現場で撮影されるモデルなんだろ? こんな所で俺みたいなモブ男と油を売ってていいのか?」

「はぁ? 急に馴れ馴れしく私の名前を呼ばないでくれる? モブが感染うつるわ」

「感染るかよ……そっちだって、俺のこと呼び捨ててるじゃんか」

「私がアンタをどう呼ぼうと私の勝手でしょ? それともなに? 『モブ男』とか『モサ男』とか呼ばれたいわけ? アンタもしかしてMなの? うわ、キモ……」


 こいつすげぇな。自己中で思い込みが激しくて男嫌いの毒舌家とか、美少女じゃなかったら絶対人生ハードモードだっただろ。


 モデルをやれるくらいの恵まれたルックスがあって良かったなぁ。ご両親に感謝した方が良いぞ、マジで。


「な、なによ? なんでそんな生暖かい目で私を見てるのよ!」

「いや、べつに……」

「なにそれ? アンタ、私のことバカにしてるんじゃ──」

「あ、いたいた」


 またまた藤巻の罵倒が飛んできそうになったところで、聞き慣れたハスキーボイスが耳に入ってきた。


「こんな所にいたんだね。探したよ、梨乃ちゃん」

「あ、お姉さま!」


 途端に満面の笑みを浮かべた藤巻が、人懐っこい子犬のごとく声の主のもとへと駆けていく。


 その先にはもちろん水嶋がいたのだが……その姿を見て、俺は一瞬本気で誰なのかわからなかった。


「お姉さま、もう衣装に着替えたんですね! とっても似合ってます!」

「ふふ、ありがとう。テールコートなんてあまり着る機会がなかったから、まだちょっと慣れないけどね」


 後ろ部分が鳥の尾のように長い黒のジャケットに黒いスラックス、白いシャツと白い蝶ネクタイという服装。


 そう。水嶋の言う通り、今日の彼女は燕尾服に身を包んでいたのだから。

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