第31話 一難去って……

《ああ、たしかに昨日の夜に電話あったわよ、静乃ちゃんから》


 水嶋の言葉の真偽を確かめるために電話を掛けると、母さんはアッサリそう白状した。


 完全に初耳だったのだが、実は前に水嶋がウチに襲来した際、俺に隠れて二人で連絡先を交換していたんだそうだ。

 くっ、俺が呑気に二度寝している間に勝手な事を……。


《聞いたわよ。あんた、静乃ちゃんにもどんなバイトか隠してたんだって? 照れてるのか何なのか知らないけど、恋人同士なんだからそれくらい教えてあげなさいよ。静乃ちゃん、寂しそうだったわよ?》

「そ、そう言われたって、こっちにも色々事情ってものが……」

《だから私、教えてあげたのよ。『私も何のバイトかは知らないけど、8時くらいには家を出て隣町の商店街に行くって言ってたわね』って》


 いや、「教えてあげたのよ」じゃないが……母親ならもっと息子のプライバシーを守ってくれよ。どんだけ水嶋に無警戒なんだよ。


「……色々言いたい事はあるけど、まずなんでそれを俺に黙ってたんだよ? 水嶋から電話があったなんて、昨日は一言も言ってなかったじゃんか」


 俺は苛立ちを噛み殺しながら訊き返した。そんな俺の様子を、対面に座る水嶋がニコニコとした笑顔で見つめてくる。

 なにわろとんねん、おのれは。こっち見んな。


《そりゃあ、静乃ちゃんにお願いされてたからね。『こっそりバイト先に遊びに行って驚かせたいから、今日私から連絡があったことは伏せておいてほしい』って。うふふ、あんなに大人っぽい感じの美人さんなのに、お茶目なところもあるのねぇ》

「……なるほどな~」


 俺はギロリと水嶋を睨みつけるが、やっこさんは悪びれる様子もなく肩をすくめて見せるだけだ。ふんっ、どこまでもすっとぼけた態度を取りやがる。


《前に家に遊びに来てくれた時もそうだったけど、あんた、あんまり静乃ちゃんを邪険に扱うもんじゃないわよ。あんないい子に選んでもらえるなんて、自分がどれだけ幸福なのかをもう少し自覚しないと……》

「事情はわかった。ありがとうじゃあね」


 母さんがクドクドと説教を始めそうになったところで、俺は通話終了ボタンをタップした。


「……とまぁ、聞いての通りだよ」


 コーヒーの残りを飲み干して、水嶋が手品の種明かしをするようにそう言った。


 ぶっちゃけ、映研の誰かが実は水嶋と面識があって……という可能性も頭の片隅では考えていたけど。まさか母さんとグルになっていたとは、さすがに予想外だった。


「それだけ分かれば、あとは簡単。颯太が着くより少し前に商店街の最寄り駅で待機しておいて、改札口から出てきた颯太を尾行するだけ。ね、簡単でしょ?」

「いやそれもうほとんどストーカーじゃねぇか!」


 恐怖を通り越してもはや感心するよ、お前のその行動力には……。


「……一応、理由を聞こうか。そこまでして俺の居場所を突き止めた理由をな」


 もはや答えの分かり切った俺の問いに、水嶋は相変わらずの飄々とした笑顔で答えた。


「バイトがあるくらいで、私が颯太との時間を諦めるわけないじゃん」


 ……うん、知ってた。お前はそういう奴だよな。

 冷静になって考えてみれば、休日にいきなり家まで押しかけてくる奴が、バイト先に押しかけてこないワケがないんだ。


 完全に油断していたが、この1か月間はあくまでも「勝負」の真っ最中なんだ。こいつが隙あらば俺を落としにかかろうとする女だということを、いま一度肝に銘じておかなくてはいけない。


「ふふ。お陰で今日は颯太のカッコいい姿も見られたし、大満足」

「はっ……そりゃあようござんしたね」


 スッキリした表情の水嶋とは反対に、俺は今日一日のバイトの疲れもあって、すっかりやつれ果ててしまっていた。気を抜いたらこのまま寝てしまいそうだ。


「さて、と。じゃあ、次は明日のデートのことについて相談しようか?」

「いや鬼か! 勘弁してくれ……今は疲れててそれどころじゃないっての。家に帰って一休みしてからでいいだろ?」

「え~、もう帰るの? もう少し一緒に……」


 ブー、ブー、ブー。


 水嶋が不満げに言いかけたところで、彼女のスマホが振動する。誰かからの着信のようだ。


「……マネからだ。ごめん、ちょっと電話するね」


 俺が無言で頷き返すと、水嶋はスマホを耳に押し当てた。


「もしもし、吉田よしださん? どうしたの?」


 吉田さん、というのが水嶋のマネージャーさんの名前らしい。しかし、電話に出た水嶋は、先ほどとは打って変わって面倒くさそうな表情だ。


「うん……うん……え、明日? ヤダよ。5月いっぱいは仕事しないって言ったよ、私。誰か他の人に……社長が? え~、あの人ほんと自分勝手じゃん」


 どうやら、モデルの仕事がらみで何か揉めているらしい。そういやこいつ、俺を攻略するためにこの1か月は仕事休むとか言ってたっけ。


 その手の業界のことはさっぱり分からないけど、水嶋くらいの人気モデルが1か月も休むというのは、事務所的にはやはり多少の無理があったのかもな。


 だが、ひょっとしたらこれはチャンスかもしれない。もし水嶋がモデルの仕事をすることになれば、当然明日のデートもお流れになるだろう。


 よし、このまま頑張って水嶋を説得してくれ、マネージャーさん!


「いや、『明日だけ』って言われても…………あ」


 俺が内心でマネージャーさんを応援していると、渋面を浮かべていた水嶋がハタと何事か思いついたように指を鳴らす。それから対面に座る俺を見て、打って変わって楽しそうに微笑んだ。


 な、なんだか分からんが、こいつがこういう顔をする時は大抵ロクなことが起きない気が……。


「……いいよ、わかった。私が行く。……うん。でも、その代わり一つ条件を付けさせて。……うん、内容は後でメールするから。それでもOKならまた後で連絡して。じゃあね」


 ピッ、と通話を切って、水嶋がスマホをテーブルに置く。


「……仕事の電話だったのか?」

「うん。明日の現場で、モデルさんが一人体調不良で来られなくなっちゃったんだって。だから代わりに来てくれないかって。……それでね、颯太」


 グイッ、とテーブルから身を乗りだした水嶋が、にわかに悪戯っぽい笑顔を浮かべて切り出した。


「明日の日曜日、ちょっとしたをしてみない?」


 …………ホワッツ?

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