第30話 取り調べといこうじゃないか

「いや~はっはっは! 今日は本当に助かったよ! おかげさまでいつになくショーも盛り上がったしね! ありがとう、佐久原くん!」


 すでに陽も西の空に傾いている、夕暮れ時の商店街広場。


 舞台や観客席の撤収作業が着々と進められている横で、俺たち映研メンバーは会長さんから感謝のお言葉をいただいていた。


 初回こそ思わぬアクシデントに見舞われたものの、その後の公演はいたって順調に進行。ショーの内容も大きな変更はなかったので、俺も慣れてきた最後の2回くらいはそれなりに上手くやれたと思う。


「映研には本当にお世話になってしまったね。バイト代には少し色をつけさせてもらったから、これからも部活動がんばってね」

「本当ですか! ありがとうございま痛い! な、何をする藤城くん!?」

「がっつくな、みっともない。……こちらこそ、いつも撮影でお世話になっていますから。今回の件で少しでも恩返しになれたのなら幸いです」


 微塵も遠慮する素振りがない部長の頭をはたき、藤城先輩が礼儀正しく頭を下げる。それにしても、結局最後まで帰らなかったなこの人たちは。暇なんだろうか。


「うんうん。とにかく今日はありがとう! また何かあったら相談させてもらうよ。ああ、撤収作業はこっちでやっておくから、君たちはこのまま解散してもらって大丈夫だからね」


 それじゃ、と言ってその場を後にする会長の背中に、俺たちは改めて頭を下げた。


 何はともあれ、これで今日のバイトは終了だ。映研の資金不足にも多少は貢献できただろうし、一件落着、めでたしめでたし。


 ……というわけには、まだいかないんだよなぁ。


「さて、会長殿のお許しもいただいたことだし、私たちはぼちぼちおいとまさせてもらおうか。いやぁ、佐久原くんの尽力のお陰で次回作の制作にも希望が見えてきたよ! 私からも礼を言わせてくれ! ありがとう!」

「まぁ、一応は部員ですから……じゃあ俺もそろそろ帰ります」

「あれ~? 佐久原くん、一緒に帰らないの~?」

「駅はそっちじゃないぞ」


 最寄り駅まで一緒に帰るつもりだったらしい先輩たちが、怪訝そうな顔で俺を呼び止める。


 たしかにそうしたいのは山々なのだが、俺にはまだ片付けなきゃいけない案件が残っているのだ。


「俺、ちょっと買い物してから帰るので」

「そうか。まぁ用事があるなら無理にとは言わないさ」

「すんません、部長。それじゃあ、お先に失礼します」


 ※ ※ ※ ※


 先輩たちと別れた後、俺はひとり夕方の商店街を進む。


 目的地は、街角にある喫茶店。着いてみると、いわゆるチェーン店ではなく、個人経営の老舗の純喫茶といった店構えだった。


「喫茶『オリビエ』……ここか」


 カランカラン、という小気味いいドアベルの音と共に中へと入る。


 ゆったりとしたクラシックの流れるシックな雰囲気の店内には、客はまばらだ。コーヒー豆の香ばしい香りと微かな煙草の匂いが鼻をくすぐる。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 カウンター裏でグラスを磨いていた白髪に白ひげの店主が、常連客らしい老人との会話を中断してうやうやしく尋ねてくる。まさに「喫茶店のマスター」といった感じのマスターだ。


「ああ、すみません。待ち合わせをしてるんですけど……」

「颯太、こっちこっち」


 俺の言葉を遮るようにして、窓際のボックス席に座っていた水嶋が俺を手招きする。テーブルにはすでに半分ほどに減ったコーヒーが置かれていた。


「……待たせたな、とは言わないぞ。こっちはさっきまでバイトだったんだ」

「大丈夫。颯太を待つ時間も好きだから、私」


 俺が水嶋の対面に座ると、マスターがさっそくお冷とメニューを持って来てくれた。


「好きなの頼みなよ。奢ったげる」

「いいよ別に。自分で払うし」

「まぁそう言わずに。突然バイト先に押しかけちゃったお詫びってことでさ」

「お前に借りを作りたくないんだよ……すみません、ウィンナーコーヒーを一つ下さい」


 かしこまりました、と一礼して去っていくマスターの背を見送ったのち、俺は単刀直入に水嶋に言った。


「で、誰から聞いたんだ?」

「うん? なんのこと?」


 こいつ……わかってるくせに白々しい顔をしてからに。


「俺が今日、この商店街で、ヒーローショーのスーツアクターのバイトをすることをだよ。ちゃんと白状するまで帰さないからな」

「…………」

「『むしろアリかも』って顔すんな! 喋るんだよ、全部!」

「冗談だって。って言っても、そこまで難しい話でもないんだけど」


 そこで一旦言葉を切って、水嶋がコーヒーカップに口をつける。

 俺もタイミングよくマスターが持って来てくれたウィンナーコーヒーを一口飲みながら、水嶋の二の句を待った。


「たしかに颯太が今日バイトするのは知ってたけど、それが何のバイトで、いつどこでやるのかなんて、さすがに私もわからなかったんだ」

「ふ~ん。それで?」


 俺が先を促すと、水嶋はあっけらかんとした顔でとんでもないことを言いだした。


「うん。だからね、昨日の夜に聞いてみたんだよ。颯太が今日、を」

「は? 誰に?」

「颯太のお母さん」


 …………何ですって?

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