第29話 青果戦隊ベジタブレンジャー④

「逃げたりしないよね? 意気地ナシチキン野郎じゃないんだもんね?」

「ぐっ……!?」


 どういうカラクリなのかはまったくわからない。

 しかし、どうやら水嶋は、俺が今日このヒーローショーのスーツアクターをしていて、しかもそれがベジタブグリーンの代役だということを完全に把握しているようだった。


 一体どこから嗅ぎつけたんだ? 俺がグリーンの代役を務めることを知っているのは、ショーの関係者を除けば映研メンバーの3人だけだ。


 でも、部長たちと水嶋とは直接的な面識は無いはずだし、そこから情報が漏れたとは考えづらい。


 ……ダメだ、わからん! 相変わらずあの女の情報収集能力が異常だということしかわからん!


「いけ~! グリーン!」

「おねえちゃんをたすけてあげて、グリーン!」


 予想外の展開に面食らって立ち止まってしまった俺に、子供たちからの急かすような声援がかかる。


 水嶋を捉えていたカビルダーDさんも、すでに気を利かせて俺を挑発するように手招きをしてお膳立て。もはや逃げたくても逃げられない状況だ。


(くっ……ひとまずやるしかないか!)


 またしても水嶋のペースに流されることになるのは業腹だが、だからといって私情でショーを盛り下げるような真似をするほど、俺も無責任な人間じゃない。


 腹を括ってステージに上がり、俺はカビルダーDさんと対峙した。


 救出シーンはお互いにセリフのアテレコは無いので、俺が無言でファイティングポーズを取ると同時に、カビルダーDさんも水嶋を背後に隠して臨戦態勢を取った。ここから何度かパンチとキックの応酬をした後、カビルダーが派手にぶっ飛ばされるという段取りだ。


 まずはDさんが上段から振り下ろしてきたチョップを躱し、俺は右足のキックを振りぬく。

 お腹を抑えながら後退したDさんが、負けじと右ストレート。

 それをモロに顔面に食らった風を演じて後ずさってから、俺はトドメのアッパーの態勢を取った。


(とりあえずこれで終わらせて、水嶋に早いところステージから退場してもらわないと!)


 これがトドメの一撃だと察したらしいDさんも、わかりやすく慌てた演技をしてみせる。う~ん、さすがにプロだ。


 なんて、俺が感心するのも束の間。


「うわわっ……!」


 次の瞬間、近くでレッドにぶっ飛ばされる演技をしていたカビルダーの演者さんが足をもつれさせてしまい、Dさんに激突。


 突然のアクシデントに見舞われ、まったく身構えていなかったDさんもよろめく。そして、そのまま将棋倒しのように、倒れ込むDさんの体が水嶋にぶつかって……。


「え……?」


 バランスを崩した水嶋が、ステージから転落しそうになる。


(あ──あいつ、落ちる)


 そう思った瞬間、気付けば俺はショーのことなど綺麗さっぱり頭から抜けて、水嶋のもとへと駆けだしていた。


「…………水嶋っ!!!」


 手を伸ばしても間に合いそうにはない。俺は無我夢中でステージから飛んで水嶋の体をキャッチし、そのまま自分が下敷きになる形で地面へと落下した。


 ドサッ!


「グヘッ!?」


 背中を強かに打ちつけてしまい、鈍い痛みに思わず呻く。

 ただ、幸いそこまでの高さではなかったため、大した怪我は負わずに済んだようだ。俺の体に覆いかぶさる形になった水嶋もどうにか無傷だ。


「いっつつつつ……だ、大丈夫か?」

「う、うん……びっくり、した」


 さすがに肝が冷えたようで、密着している水嶋の胸の辺りから「ドクン、ドクン」という早い鼓動を感じる。


「怪我、してないよな?」

「うん、大丈夫。颯……グリーンが、守ってくれたから」


 安心して気が抜けたのか、仰向けに倒れ込んでいる俺の胸元に、水嶋が脱力気味に顔を埋めてきた。やれやれ……まぁ、今ぐらいは仕方ないか。


「うおぉぉぉ! すげぇ~! いまのみたか!?」

「グリーンがおねえちゃんをダイビングキャッチした!」

「かっけぇ! さすがヒーローだぜ!」


 俺が安堵のため息を吐くと同時、観客席で一部始終を見ていたちびっ子たちから歓声が上がる。どうやら、幸いにも今のアクシデントもショーの一環だと思ってくれたようだ。


 とはいえ、いつまでも地面に転がっていたらさすがに不自然だろう。ショーはまだ終わっていない。俺も早くステージに戻らないとな。


「水嶋、立てるか?」

「うん」


 水嶋と一緒に立ち上がり、ひとまず彼女を観客席の端まで送り届けてから、俺はすぐさまきびすを返す。


「待って、グリーン」


 と、走り出そうとした俺の腕を掴んで、水嶋が呼び止めてくる。


 不思議に思った俺が振り返るのと、水嶋がマスク越しに俺の頬に軽く口づけをするのとは、ほとんど同時のことだった。


「ありがとう。──

「は……?」


 こ、この状況でこいつはまたこういうことを! 

 人を呼び止める度にキスとかハグとかしてくるんじゃないっつーの。何なの? 欧米人なの?


「あ~! おねえちゃんがグリーンにチューした!」

「ラブラブだ~!」

「ちょっと、なんなのよあのおんな! こさんのわたしをさしおいてグリーンにキスするだなんて! ばんしにあたいするわ!」


 水嶋の大胆な行動には、もちろんちびっ子たちも大騒ぎだ。なんだか別の意味ですごい盛り上がりになってしまった。は、恥ずかしい……。


「はぁ……後で色々説明してもらうからな」


 最後に水嶋にそう釘を刺して、俺は今度こそステージへと駆けだした。

 やれやれ。本当にトラブルばっかり持ってくるな、あいつは。


 (つーか……『やっぱり』って、どういうことだ?)

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