第9話 俺、いつか殺されるかも……

「良かった、ちゃんと来てくれたんだ」


 そう言って嬉しそうに微笑みながら近づいてきた水嶋は、上はパーカーにトレンチコート、下はデニムパンツ、とボーイッシュな格好だ。だが、仮に俺が同じ格好をしても、きっとこんなスタイリッシュな雰囲気にはなるまい。


 一応、頭にはキャスケット帽を被って目立たないようにしているみたいだけど、それもどこまで効果があることやら。

 悔しいが……こいつ、やっぱりビジュアルはめちゃくちゃハイスペックだよな。 


「誘ったのはそっちだろ。別にすっぽかしてもよかったんだけどな、俺は」

「でもそうしなかったじゃん。颯太のそういう優しい所、やっぱり好き」

「……都合の良い解釈をするな。お前から逃げたと思われるのが嫌だっただけだ」


 俺の反論にも水嶋はニコニコとした笑みを崩さない。

 まったく、腹立つ顔しやがってからに。


「じゃあ、行こっか」

「おう……いやでも、いいのか? は」


 俺は、時計台前で名残惜しそうにしている女の子たちを振り返る。

 

「お前のファンなんだろ? もう少し話していたかったんじゃないのか?」

「大丈夫。応援してくれるのは嬉しいけど、こっちも今日はプライベートだからね。それになんてったって颯太との初デートだもん。こっち優先」


 さいですか。

 まぁ、それに関しちゃ部外者の俺がとやかく言う事でもないか。

 

「はぁ~、写真で見るよりカッコよかったなぁSizuさん」

「それ~。……っていうか、隣にいるあのモサい男はなんなの?」

「マネージャーとか? いや、でも全然業界人っぽくないよね。地味だし」

「だよね~。荷物持ちに呼ばれた事務所のバイトとかでしょ、どうせ」

「だとしても、あんまSizuさんに近寄らないで欲しいんですけど」


 歩き出した俺たちの背後で、ファンの女の子たちが何やらヒソヒソとやっている。

 し、視線が痛い。というか、皆さん容赦ないなぁ……。

 まぁ、実際モサくて地味な陰キャだけどもね。


「…………ふ~ん」


 隣を歩いていた水嶋がそこで不意に立ち止まり、時計台の女の子たちをチラリと振り返る。気のせいか、その一瞬だけは水嶋の目が笑っていないように見えた。


「水嶋? どうした?」


 不思議に思った俺が声を掛けると、水嶋は再びニコリと微笑み。


「えい」


 かと思ったら、いきなり俺の右腕に抱き着いてきた。


「ふぁっ!? ちょ、お前なにして……!」

「動かないでね」


 ぐいっと俺に身を寄せた水嶋は、それからなぜか空いた方の手で自分の顔をスマートフォンで自撮りする。


「何やってるんだ、お前?」

「いいから。で、この写真をこう……えいっ」

「んなっ!?」


 水嶋がいじっていたスマホの画面をのぞき込み、俺はギョッとする。


「お前まさか、今の写真をフォトテレにアップしたのか!?」

「うん。『今日はオフだからお出かけ♪』って」

「『うん』じゃない! 何を勝手に……」

「大丈夫だって。私の顔しか映ってないし」

「いやこれ、俺の右腕がちょっと映っちゃってるし!」

「知ってる。だってわざとだし」


 そう言って、水嶋は勝ち誇ったような顔で再び時計台にいるファンの子たちに視線を向ける。さっそく投稿を見たらしい何人かが「なにこれ!?」「Sizuさん、そういうことなの……!?」などと悲鳴を上げているのが見て取れた。


 ……やーばい。


「あははは」

「笑ってる場合か! いいから早くこの場を離れるぞ!」


 このままここに留まっていたら、あの女の子たちに何されるかわかったもんじゃない。嫉妬に狂った強火ファンに刺されて死亡、とか絶対イヤだ。

 呑気に笑っている水嶋の手を掴み、俺は逃げるようにして駅前広場を後にした。


 ※ ※ ※ ※


「ね、見て見て颯太」


 駅前広場から移動した俺たちは、駅近くにある大型のショッピングプラザにやってきた。休日なだけあって、施設内は買い物客で溢れかえっている。これだけ人ごみに紛れていれば、そうそう見つかることもないだろう。


「さっきの写真、プチバズってる」


 他人事みたいにそう言って、水嶋がスマホを見せてくる。

 画面には彼女のフォトテレの投稿と、そのコメント欄が表示されていた。


〈Sizuさん、久々のフォトテレ更新キター!〉

〈オフSizuさんもカッコよすぎます!〉

〈これ腕組んでない? 誰といるところ?〉

〈え、隣にいるの誰? マネージャー?〉

〈友達から目情きた。桜木町駅前で男と歩いてたっぽい〉


 やはりというべきか、コメント欄には水嶋への賞賛よりも、画面端に映っている俺の腕をいぶかしむ声が多いようだ。


「あはは、ウケるね」

「ウケないよ!? お前これ、プチバズってるっていうか、プチ炎上してんじゃねぇか!」

「え~、そうかな? まぁ、本当にマズそうだったらウチのマネがすぐ火消しするだろうし、へーきへーき」


 さも何でもない事のようにそう言って、水嶋はヘラヘラと笑うばかりだ。

 どこまでも楽観的なやつ……。


「よくわかんないけどさ。こういうのって、事務所の人とかに怒られるんじゃないのか? モデルの仕事に支障が出たりしても、俺は責任とれないぞ?」

「大げさだってば。うちはそこまで大きい事務所じゃないし、雑誌を読んでくれてるような層の女の子たち以外にとっては、私だって所詮ただの女子高生だしね。大物タレントじゃあるまいし、あんまり大事にはならないでしよ」


 う~ん、そういうもんかねぇ。

 まぁ、たしかにこうやって人混みを歩いていても、さっきみたいに水嶋の周りに人が集まるような事態にはなっていない。


 通りすがりに彼女の方を振り向く人もそれなりにはいたが、それもきっと「今の人、めっちゃ美形だったな」くらいの感覚なんだろう。


「それに、この1か月はモデルの仕事は全部休むことにしたし」

「は? なんで?」


 思わず聞き返すと、水嶋はさも当然といった風に答えた。


「そりゃ、少なくともこの1か月はなるべく颯太と過ごすって決めてるから。呑気に撮影なんかしてる場合じゃないでしょ」

「お前、優先順位間違ってるって、絶対……」


 こいつ、そこまで本気で俺を「攻略」しようっていうのか?

 単なるイタズラやドッキリにしては、ちょっと手が込み過ぎてる気もするが……。

 

「まぁまぁ、細かい事はいいじゃない。今日はせっかくの初デートなんだしさ」


 考え込む俺の手を取って、水嶋はスタスタと歩き出した。


「お、おい。引っ張るなって。ていうか、どこに行くつもりだ?」


 俺が聞くと、水嶋は「ふふん」と得意げに微笑んで言った。


、だよ」

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