第10話 首から下の女子力が高すぎる
その後、俺が水嶋に連れられてやってきたのは、プラザの三階にあるアパレルショップだった。
だだっ広い売り場には、子供服からビジネススーツまで様々な服が並べられている。俺があと十年若かったら、確実に鬼ごっこやかくれんぼを始めていたことだろう。
そして、そんな店内の端っこにある試着室エリアで。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるから。待ってて」
なぜか俺は水嶋の服選びに付き合わされていた。
仕事柄いろんな服を着る機会はあるものの、基本的に見せる相手は女子ばかり。だからたまには同年代の男子からの感想も聞いてみたい、というのが水嶋の言い分だった。
なるほど、「ファッションショー」ってのはそういうことか。
「……いやいや、ちょっと待て」
「ん? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、俺はファッションに関してはド素人なんだぞ? 現役モデルであるお前に何を意見しろと?」
「意見じゃないよ。感想が欲しいだけ」
「どっちにしろ似たようなもんだ」
感想って言ったって、俺には何がオシャレで何がそうでないのかすらよく分からないんだが?
「鈍いなぁ、颯太は」
困惑する俺に、水嶋はやれやれといった感じで首を竦める。
「要するに、颯太の好みが知りたいんだよ。彼女としては、ね」
「……なるほど」
つまり、これも俺を「攻略」するための作戦、ってわけだ。
たしかに、敵の弱点を解析するというのは戦いにおいてはセオリー中のセオリー。まずは自分の服装から俺好みのもので固めて、より「恋人」として意識させようという腹づもりなんだろう。
「ふん、いいだろう。その挑戦、受けて立つぜ」
しかし甘い、甘いな水嶋よ。相手が江奈ちゃんならいざ知らず、たかだか服装ごときで心を変えられる俺ではない。
カリスマモデルだろうが人気フォトテレグラマーだろうが、たとえお前がどんなファッションを披露しようとも、この佐久原颯太、
「『挑戦』って、颯太は何と戦ってるのさ」
クスクスと笑いながら、水嶋が試着室のカーテンに手を掛ける。
「じゃあ、今から何着か着るから。最後にその中で一番良いなって思ったものを選んでよ」
「へいへい」
試着室に入ってカーテンを閉める水嶋を見送り、俺は近くにあった椅子に腰かけた。やれやれ、挑戦を受けるとは言ったものの、待っている間は退屈だな。
「そういや……江奈ちゃんとこういうトコに来たことはなかったな」
手持ち
江奈ちゃんとデートする時は、だいたい一緒に映画館で映画を見るか、喫茶店で好きな作品について語り合うかだったもんなぁ。
俺はそれだけでも十分楽しかったんだけど……やっぱり江奈ちゃんからしたら、こういう「普通のデート」っぽいことももっとしたかったんだろうか。
「はぁ~……こういう気が回らないところも、ダメだったのかなぁ……」
「颯太~、ちゃんとそこにいる~?」
ため息をついたところで、カーテンの向こうから水嶋に呼ばわれる。
気を取り直すように頬を叩いて、俺は顔を上げた。
「はいはい、おりますですよ」
「よかった。じゃあ、さっそく一着目をお披露目しようかな」
「おう。いつでもこい」
さてさて、何が飛び出してくるのやら。
まぁ、たとえどんなファッションで来ようと、俺はけして動じたりは──
「じゃーん」
「ブーーーッ!?」
シャッ、と開かれたカーテンの向こう。
バッチリとポーズを決めて立っていた水嶋の格好に、俺は思わず噴き出した。
「水着じゃねーか!!!」
そう。水嶋が身にまとっていたのは、コバルトブルーを基調とした涼やかな雰囲気の水着だった。上は普通のビキニだが、下はいわゆるパレオのような形になっている。
「どう? 似合ってる?」
「い、いやっ、お前っ、水着は違うだろう水着はっ! ファッションショーっていう話はどこに行ったんだよ!」
「水着だって服は服じゃん」
「うっ……そりゃ、そうかもだけど……」
こ、この女!
まさか水着を持って来るなんて、予想外にもほどがあるだろ。
「ファッションショー」というワードから、勝手にその可能性を除外してしまっていた。くそ、まんまとコイツのミスリードに引っ掛かっちまったってことか……!
「ふふふ……颯太はこういうの、好き?」
後ろ手に手を組みながら、水嶋が見せつけるようにしてポーズを取る。
見るからにきめ細やかそうな白い肌に、太過ぎず細過ぎずの健康的な
そして何より目を引くのが、青いビキニに包まれた豊満なバスト。制服を着ていた時点でもその大きさははっきりとわかるレベルだったが、脱いだらさらに凄い。ズッシリとした重量感がありつつも、それでもけして重力に負けずにつんと上向きになった美巨乳だ。
前から薄々感じていたけど……こいつ、クールでボーイッシュな顔とは反対に、首から下の女子力(エロさ的な意味で)が高すぎる!
こういうのが好きか、だって? そんなもん……そんなもん、健全な男子高校生なら誰でも好きに決まってるだろうが!
「颯太、顔真っ赤だよ」
「う、うううるさい! その格好で近づいてくんな!」
前かがみになって顔を覗き込んでくる水嶋から、俺は慌てて顔を逸らした。
我ながら童貞丸出しなリアクションだとは思うが、さすがにこれ以上は目の毒すぎる。こいつが宿敵じゃなかったら、俺の理性はとっくの昔に崩壊していたところだ。
「相変わらず分かりやすいなぁ颯太は。私の水着姿、そんなに気に入った?」
「……気に入ってない」
「嘘。だって颯太、めっちゃ興奮してるし」
「し、してないから! 仮に興奮してたとしても、それはお前にじゃなくてお前の体に興奮してただけで……はっ!?」
し、しまったぁぁ!? ムキになりすぎてなんかとんでもないクズ発言をしてしまった気がする!
俺が慌てて振り返ると、水嶋は一瞬きょとんとした顔を浮かべた後、心底おかしそうに笑い始めた。
「あは、あははははっ! 言い方!」
「ち、ちがっ! 水嶋のスタイルやプロポーションの良さは認めるけど、別にお前自身を認めたわけではないって意味で……!」
「は~あ、そっかぁ。颯太は私の『体』にしか興味ないんだ~。所詮、私は体だけのオンナか~……いや、でもそれはそれでアリ、かも?」
「お前こそ言い方ぁ! 誤解を招く表現はやめろ! さっきからなんか周りの女性客からの視線が痛いから! 突き刺さってるから!」
買い物客たちからの訝し気な視線に耐えかねて、俺は水嶋を試着室へと押し戻してカーテンを閉める。
「いいから、とにかくもう着替えろ!」
「ごめんって。さすがにおふざけが過ぎたね。まぁ、水着は半分冗談として、次からはちゃんとした格好で出てくるからさ」
「やっぱり、まだ続くんだな……」
もう正直いっぱいいっぱいだが……それでも、まだたった一着目だ。こんな序盤も序盤でおめおめ白旗をあげるわけにはいかない。
早くも疲労困憊ながら、俺は覚悟を決めて再び試着室前の椅子に腰かけた。
「もちろん。だから」
衣擦れの音と共に、水嶋がカーテンの向こうから念を押すように呟いた。
「ちゃんとそこにいてね」
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