第2章 イケメン美少女の意外な一面
第8話 記念すべき(ではない)初デート
水嶋と「お試し」で付き合うことになった、その夜のことである。
俺が夕飯を食べて自室で映画を見ていると、スマホの待ち受け画面に1件の通知が表示された。
水嶋からのチャットだ。そういえば、昼休みに無理やり連絡先を交換させられたんだっけか。
【明日、デートしよう】
チャットアプリを開いて水嶋とのトーク画面を見てみると、そんな短くてシンプルなメッセージが届いていた。
【いきなりなんだよ】
【明日は土曜日でお休みでしょ? だから颯太とデートしたいなぁ、って】
【デートって……また随分と急な話だな】
前日の夜に言うな、前日の夜に。せめてまず俺に予定があるかどうかを確認しろっつーの。……まぁ、無いんですけども。
【それに、江奈ちゃんはどうするんだ? わかってるのか? 恋人をほったらかしにして、別のやつと休日デートするって言ってるんだぜ、お前は】
【それなら大丈夫。江奈ちゃんには、土日はモデルの仕事があってあまりスケジュールを割けないって言ってあるから。あの子もそれで納得してくれてるよ】
うわぁ……こいつ、マジか。
というか、江奈ちゃんもよくそれで納得したな。水嶋と休日にデートできなくていいんだろうか? 俺と付き合っていた時でさえ、「休みの日はなるべく一緒に過ごしたい」って言ってくるような子だったのに。
なんか、思っていたよりも、こいつらって結構ドライな付き合い方をしているような……。
何か引っかかりを覚えた俺は、けれどそれ以上は深く考えるのはやめにした。
江奈ちゃんはもう水嶋の恋人なんだ。元彼の俺が今さら二人の付き合い方にいちいち口を出す資格はないだろう。
【それにしたって……わざわざそんな嘘をついてまで、俺と休日に会おうとしなくてもいいだろうに】
俺が呆れ半分で送信したチャットに、水嶋がすぐさま返信してくる。
【そりゃあ、こっちはたった1か月で君を攻略しなくちゃいけないわけだしね。1日だって無駄にはできないでしょ】
なるほど……水嶋の立場からしてみれば、たしかにそれも一理ある。だからこうしてさっそくデートの誘いをしてきたってわけか。
とはいえ、何をどう頑張ったところで、俺がたった1か月で水嶋に攻略されるなんてことあるわけないんだけど。やれやれ、あいつも必死だな。
【だからさ。しようよ、デート】
【はぁ……わかったよ。どうせ休日はヒマしてるしな】
ぶっちゃけ家でダラダラ映画見たりゲームしてる方がよっぽどいい。
けど、ここで変に断って「逃げた」とか「
【やったね。じゃあ、明日の10時に
【へいへい】
【記念すべき初デート、だね?】
【俺にとっては記念すべきことでも何でもないけどな】
【またまた。そんなこと言って、颯太だって実はちょっと楽しみにしてるんじゃない?】
【寝ろ】
水嶋のウザ絡みを一蹴して、俺はすぐさまチャットアプリを閉じた。
「ふぅ……こんなに緊張しない初デート前夜もそうそう無いよなぁ」
ベッドの上に寝っ転がって苦笑しつつ、同時に俺は人生で一番緊張したデートの日を思い返していた。
「江奈ちゃん……」
3か月前。江奈ちゃんと付き合うことになってから初めてのデートのことは、今でもはっきり覚えている。
あの時は、二人でちょっと遠くの映画館まで行ったんだっけ。俺にとっては正真正銘の「初デート」だったから、終始緊張しっぱなしだったよなぁ。
席に座っても隣にいる江奈ちゃんの横顔をチラチラ覗いちゃって、ロクにスクリーンなんか見ちゃいなかった。
「……そういう意味じゃ、明日は気楽にいけそうなのは良いけどな」
※ ※ ※ ※
「……なんて、思っていた時期が俺にもありました」
そして迎えた、翌日の土曜日。
集合時間の5分ほど前に桜木町駅前の広場へとやってきた俺は、違う意味で緊張してしまっていた。
「あのっ、あのっ、もしかして『
「キャー、マジで本物じゃん! 生Sizuヤバい! 神!」
「いつもフォトテレ見てますっ!」
今日の待ち合わせ場所である、駅前の小さな時計台。
そこにはすでに、ざっと数えて10人くらいの若い女の子たちが群がっていた。
そしてその中心にいるのは……。
「あ~、はは。参ったな」
案の定、水嶋だった。
キャーキャーという黄色い声に囲まれて、困り顔で頬を掻いている。状況から察するに、どうやら水嶋のファンらしき女の子たちに見つかってしまったようだ。
「宿敵」というバイアスがかかってしまっていたから忘れかけてたけど……そういやあいつ、人気モデルで人気フォトテレグラマーなんだもんな。
「あのっ、一緒に写真撮ってもらってもいいですかっ?」
「写真? いいよ。ああでも、一応SNSには載せないでね」
「今日のリップ、前にSizuさんが雑誌で使っていたやつなんです!」
「お~そうなんだ。うん、似合ってるじゃん。可愛いよ」
群がる女の子たちの圧に押されながら、それでも嫌な顔ひとつせず彼女たちへのファンサービスに応じている水嶋。
甘いマスクと優しい言葉で次々に女の子たちを骨抜きにしていくその様は、まさに爽やかイケメンといった感じだ。
しかも、あれで本人にはまったく口説いている気がないらしいのがまた、余計にタチが悪い。天然タラシ極まれり、だ。
「うわぁ……俺、今からあそこに割って入らなきゃいけないのん?」
既に水嶋との待ち合わせの時間は過ぎてしまっている。
とはいえ、俺にはあんな陽キャ女子軍団の中に突入して水嶋の下まで行くクソ度胸なんかない。フラフラ出て行ったところで、ファンの女の子たちから冷たい視線を向けられて追い払われるのがオチってもんだろう。
「……よし、帰るか!」
あの様子じゃしばらく身動きが取れないだろうし、あいつだって俺なんかとのデートよりファンとの交流を優先したいだろうしな。
仕方ないが、ここは俺が大人しく身を引くのがベストだろう。仕方ない。あー仕方ないんだ。断じて色々と面倒くさくなったからとかではない。
なんてことを考えながら、俺はそそくさと駅の改札へ回れ右しようとしたのだが。
「あ、颯太見っけ。お~い!」
目ざとくも人混みの中にいた俺を見つけやがった水嶋が、ファンの子たちとの別れの挨拶もそこそこに、こちらに向かって小走りに駆け寄ってきた。
ちぃ、バレたか。
「颯太~」
というか、こんな往来で人の名前を連呼しないでくれ。恥ずかしいから。
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