第7話 いざ尋常に……お付き合い!?

「いや……普通に無理、だけど」


 俺がそう言うと、水嶋は心の底から不思議そうに目をぱちくりさせる。


「え、なんで?」


 まさか断られるとは思ってもみなかった、という顔だ。


「自分で言うのもアレだけど、私、めちゃくちゃ上玉じょうだまだよ?」

「本当に自分で言うのもアレだよ……」


 っていうか「上玉」て。お前は山賊か何かですか?


「あのなぁ……百歩、いや千歩、いや一万歩、いやもう譲れるだけ譲歩して、お前が本当に俺のことが好きで告白してるんだとしても、だ。それで俺が『じゃあ付き合おうか』って言うとでも思ったのか?」

「え、うん」


 即答かよ。なんでそこまで勝利を確信できるんだよ。


「だって、颯太っていまフリーでしょ?」

「そういう問題じゃ……いや俺がフリーになったのはお前のせいでもありますよね!?」


 俺の抗議にもどこ吹く風といった様子で、水嶋は言葉を続ける。


「う~ん、おかしいな。『恋人にフラれて傷心なところに付け込めば告白の成功率アップ!』って、朝の占いで言ってたんだけどな」

「何チャンネルで!? つーか、それは『付け込んでくる相手』が『恋人にフラれた原因』でなければの話だ!」


 いたって真面目そうな顔で呟きながら、水嶋がぎゅっと胸元で腕を組んだ。


 ブラウス越しでもよくわかる豊かな双丘がぐいっと押し上げられるもんだから、俺は目のやり場に困ってしまう。

 こいつ、本当に高1なのかよ……じゃなくて。


「お前にはもう江奈ちゃんっていう恋人がいるだろ。そのうえ俺とも付き合うっていうのは、そりゃ完全に浮気だろうが」


 水嶋の胸元から視線を逸らしつつ、俺はビシリと正論を突きつけた。

 それでも、水嶋はケロッとした表情を崩さない。


「大丈夫だよ。江奈ちゃんは女子の恋人で、颯太は男子の恋人。ほら、ちゃんとすみ分けできてるから問題ナシ。というか、そもそも私の本命は颯太の方だし」

「いや、その理屈はおかしい」


 こいつ……頭良いくせに、ひょっとしてバカなんじゃなかろうか?

 いや、もしかして水嶋ほどの陽キャラにとっちゃ、恋人が2人も3人もいるなんてのはごく普通のことだったりするんだろうか? だとしたら、俺みたいな陰の者にとってはまったく別世界のお話だ。

 

「はぁ……少しは俺の立場になって考えてみろっての」


 たしかに水嶋は美人だし、人気者だし、誰もが憧れる存在だろう。

 本心で言っているのかははなはだ疑わしいが、正直、そんな彼女に「好きだ」と言われて嬉しくないと言えば嘘になる。


 しかし、それでもこいつが俺の宿敵である事実は揺らがない。いくら人気者で顔が良くても、ネズミが猫を恋愛対象として見るなんてのは無茶なお話だ。


「要するにだ。そもそも浮気になっちまう上に、俺は別にお前のことが好きじゃない。だからお前とは付き合わない。以上」

「……むぅ」


 俺がきっぱりとそう言うと、それまではクールな顔を保っていた水嶋が初めて不満げに眉を寄せた。普段の大人っぽい彼女とは正反対に、子供みたいにぶすっと頬っぺたを膨らませている。


「なんだよ、その反抗的な目は」

「……颯太のケチ。いいじゃん、付き合ってくれるぐらい」

「ケチで結構。話は終わりか? なら俺はそろそろ帰るからな」


 言って、俺が屋上の扉へと向かおうとすると。


「じゃあ、しよう」

「は? 勝負?」


 また訳の分からないことを言い出したぞ、こいつは。

 俺が渋々振り返った先では、水嶋が悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。


「1か月」


 水嶋が、白魚みたいに華奢な人差し指をピンと立てる。


「1か月だけ、私と『お試し』で付き合ってよ。そして1か月後、私はもう一度君に告白をする。そこで君が今日と同じように私の告白を突っぱねられたら君の勝ち。その時は潔く諦めるよ。もうしつこく迫ったりしないって約束する」


 そこで一旦言葉を切った水嶋が、ツカツカと俺の目の前まで近づいてくる。

 ピンと空に向けていた人差し指を、今度は制服の上から俺の心臓の辺りにトンとあてがった。まるで銃口でも突きつけられているような気分だ。


「その代わり、もし君が私の告白を受け入れちゃったら、私の勝ち。颯太には大人しく私の恋人になってもらう。つまりこれは、私が1か月で颯太のことを攻略できるかどうかの勝負、ってこと」

「いやいや、なんだそりゃ? なんで俺がそんな面倒なことに付き合わなきゃいけないんだっつーの」


 そもそも、仮に1か月間「お試し」とやらで付き合ったとしても、それで俺がこいつの告白を受け入れるなんてことはありえない。


 だって好きじゃないんだもの。初めから勝負は見えているじゃないか。大した利があるわけでもなし、やるだけ時間の無駄ってもんだ。


「どう? 勝負してみない?」

「断る。俺には何のメリットもない勝負だ」

「なら、追加報酬。君が勝ったら──私がなんでも一つ言う事を聞いてあげる」


 水嶋が不意に俺の耳元に唇を近づけて、囁くようにそう言った。

 至近距離から聞こえてくるハスキーボイスに、サラサラな髪から漂う金木犀きんもくせいのような良い香り。


 突如として耳と鼻を同時に刺激され、俺は「へぅおん!?」と自分でも笑っちまうくらいに変な声を挙げてしまった。


「お、お前っ、その急に近づいてくるのやめろって!」

「ごめん、ごめん。で、どうかな? 私になんでも命令できる権利。十分メリットになると思うけど」

「なんでも、って……」

「ん、。えっちなことでも良いよ? 私、颯太になら何されたっていいし」


 水嶋がやたらと煽情的な目で俺を見上げ、さらに半歩ほど近づいてくる。

 

「す、するわけないだろ! そんな命令!」


 彼女のブラウスの隙間から見えてしまった深い谷間から慌てて目を逸らし、俺はすぐさま水嶋から距離を取った。

 まったく、油断も隙もあったもんじゃない。


「あはは、赤くなってる。可愛いなぁ、颯太は」

「やかましい! とにかく、俺は別にお前に命令したいこともないし、そんな勝負を受ける義理はないからな!」


 今度こそおさらばしようと、俺は肩をいからせながら屋上の扉に手を掛ける。

 そのまま押し開けて校舎に入ろうとして……。


「ふ~ん……?」

「……あんだって?」


 挑発するような水嶋のセリフに、ピタリと足を止めて振り返った。


「『面倒』とか『メリットが無い』とか色々言い訳してるけど。本当はたった1か月で私に攻略されちゃうかも、って不安なんじゃないの?」

「はぁ? そんなわけ……」

「そういえば、江奈ちゃんも言ってたっけなぁ。『私、颯太くんの意気地ナシな所が嫌だった』って。あはは、たしかにこれは、とんだ意気地ナシチキン野郎かもね」


 カッチーン。

 俺の中で、何かのスイッチが入る音がした。


 おいおいおい、随分と好き勝手言ってくれやがりますなこのカリスマJKサマは。

 怒るのを通り越して、なんだか笑えてきてしまいましたよ?。


「は、はは、はははは……そこまで言われちゃ、さすがに黙ってられるかってんだ」


 たしかに、彼女を奪われるだけならまだしも、売られた喧嘩からもおめおめ逃げるなんてのは情けなさすぎるよな。ここで退いたら、それこそ俺は本物のチキン野郎に成り下がっちまうだろう。


 雀の涙ほどちっぽけなもんだが、こんな陰キャ男にだってプライドってもんがあるんだ!

 

「いいぜ、お前のその安い挑発に乗ってやろうじゃんか」


 俺の答えに、水嶋がニヤリと口端を上げる。


「そうこなくっちゃ」

「ふんっ。そうやってな、澄ました顔で笑っていられるのも今の内だ。たとえ1年かけたって、俺がお前の告白を受け入れるなんてことはありえない。何を企んでいるか知らないが、この1か月せいぜい無駄な努力をするんだな!」

「う~ん。セリフの『かませ犬臭』が半端ないよね」

「かまっ!? や、やかましいわい!」


 畜生、どこまでもしゃくさわるやつだ。

 出鼻をくじかれて顔をしかめる俺に、水嶋は愉快そうに笑いかけた。


「それじゃあ──これから『恋人』としてよろしくね、颯太?」


 ※ ※ ※ ※


 こうして、俺と水嶋の「勝負」の1か月は幕を開けた。

 しかし、この時の俺はまだ想像だにしていなかったのだ。


 俺たちのこの「勝負」が、まさかを迎えることになるなんて。

 










 

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