第6話 俺、人生2度目の○○をされる

「う~ん、風が気持ちいいね」


 半ば強制的に水嶋と昼食を共にすることになった俺は、彼女と一緒に本校舎の屋上へとやってきていた。

 外縁を高いフェンスで囲まれた広い屋上には、ちょっとした庭園やベンチなんかもある。


 天気も良いし、おまけに今は俺たち以外に誰もいないらしい。たしかに、ゆっくりランチタイムを過ごすには絶好の場所だろう。

 まぁ、俺はべつに長居をするつもりはないんだが。


「で、話の続きってのはなんなんだ?」


 さっさと用件を済ませて帰りたかったので、俺は単刀直入に切り出した。

 せっかちだなぁ、と肩を竦めて、水嶋は風になびく自分の髪をおもむろにかき上げる。


 本人は意識していないみたいだが、いよいよファッション誌の表紙みたいな絵面えづらになっていた。マジで外見だけはめちゃくちゃ良いよな、こいつ。

 不覚にもちょっと見惚れてしまった。


「答え、聞かせてよ」


 俺の質問には答えずに、水嶋はまっすぐ俺を見つめてそう言った。


「答えって……今朝ののか?」

「うん。そう」

「アホらしい。誰があんなウソを真に受けるんだっての」


 俺が鼻で笑いながらそう言うと、水嶋はきょとんとした顔で首を傾げた。


「ウソ?」

「ああそうだよ」


 薄々感じてはいたことだった。

 実は江奈ちゃんじゃなくて俺狙いだったとか、俺と付き合いたいだとか。

 そんなのはどうせ全部、俺をからかって面白がるための嘘に決まってる。

 水嶋ほどのハイレベル女子が俺みたいな冴えないモブ男子に近づいてくる理由なんて、それくらいしか思いつかなかった。


「お前が俺の彼女を奪ったことは、この際もういい……いやよくないけど。でも、江奈ちゃんが俺に愛想を尽かしたっていうなら、きっとそれは俺が不甲斐ふがいなかったせいだ。俺が……江奈ちゃんと釣り合うほどの男じゃなかったってだけの話だ」


 さっき購買で見た江奈ちゃんの態度からも、すでに彼女の心の中に俺の居場所がないことは十分わかった。

 江奈ちゃんが誰と付き合おうと、それに今さら俺がとやかく言うのは、もはや筋違いってもんだろう。


「だから、俺はもうお前に『江奈ちゃんを返せ』なんて言うつもりはない。その代わり、お前ももう俺の事はほっといてくれ。こんな負け犬イジメたって、大して楽しくないだろう?」


 言うだけ言って、俺はヤケクソ気味に水嶋から貰った特製コロッケパンにかぶりつく。

 しっとりとしたコロッケの味と、パンに染み込んだソースの酸味が口いっぱいに広がった。

 

「…………ふっ」


 ぽかんとした顔で俺の話を聞いていた水嶋は、けれどやがて口元に手をあててクスクスと笑い始めやがった。


「おい、何がおかしいんだ」


 俺はムッとして詰め寄った。

 この期に及んでまだ俺をコケにしようっていうのか。

 さすがにイラつきを覚えてしまったが、水嶋の口から飛び出したのは意外な言葉だった。


「ごめん、ごめん。なんか、すごくおかしな方向に勘違いしてるな、と思って」

「勘違い?」


 今度は俺がきょとんとする番だった。

 ハの字に寄せていた眉を戻して、水嶋が口を開く。


「べつに、君をいじめようなんてつもりはサラサラ無いよ」

「はぁ? なら、どういうつもりで俺に『付き合って』なんて……」

「そんなの私が颯太のことを好きだからに決まってるじゃない?」


 水嶋はさも当たり前みたいな顔をしてそう言った。


 あまりにもあっさりと告げられた愛の告白。

 一瞬何を言われたのか理解できず、俺は食べかけのコロッケパンを片手に彫像みたいに固まってしまった。


「あれ? お~い、大丈夫?」


 俺の目と鼻の先で、水嶋の華奢な手のひらが上下に揺れる。

 ハッ、と我に返って、俺は2歩、3歩と後ずさった。


「お、お前いま、なんて……?」

「ん? だから、私は颯太のことが好き、って。あ、もちろん異性としてね」

「はい!?」


 いやいやいや、おかしい。絶対におかしいって。

 学校一のイケメン美少女で、人気モデルなカリスマJKで、男だろうと女だろうと選び放題に違いない、そんな水嶋が。

 よりにもよって、こんなモブキャラ同然の俺なんかのことが好き?


 ありえない。3か月前、江奈ちゃんに告白された時と同じくらい、いや、それ以上の衝撃だった。


「……まだ、俺をからかおうっていうのか?」


 やっぱりそれくらいしか可能性が思いつかなかった。

 だけど、俺が向けた疑いの眼差しを、水嶋はいたって真剣な顔で真正面から迎え撃った。


「ううん。違うよ」

「じ、じゃあ……本気、なのか?」

「本気だよ。最初から」


 正直、100%信じ切れるかと言えば、答えはノーだ。

 いつも飄々とした態度を崩さないし、こいつの言動のどこまでが嘘でどこまでが本気なのか、俺には全くわからない。


 だからといって、水嶋が嘘を吐いていると断言できるかと言えば、それもまた答えはノーだった。それくらい、今の彼女の態度は真剣そのものに見えた。


「ね? だから、私と付き合ってよ」


 俺のことが好き。だから俺と付き合いたい。

 そういうことなら話の筋は通っている。


「……自分から告白しておいて、たった3か月であっさり私に乗り替えちゃったわけでしょ? 江奈ちゃんは。でも、私は違う。本当に颯太の事が好き。何があっても君を裏切ったりしない」


 たしかに、俺が不甲斐なかったせいだとしても、事実だけを見れば江奈ちゃんが俺を裏切ったことに変わりはないのかもしれない。

 

「だから、ね? ──私にしときなよ。あんな尻軽女じゃなくってさ」


 どこか魔性すら感じさせる、誘うような水嶋のセリフに。

 

「いや……普通に無理、だけど」


 けれど、俺はきっぱりと首を横に振った。

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