第5話 踏んだり蹴ったり誘われたり

「……あの女、一体なにが目的なんだ?」


 悶々とした気分のまま午前の授業を終えた昼休み。

 購買へと続く廊下を歩きながら、俺は今朝の出来事を振り返っていた。


『ねぇ、颯太。……私と付き合ってよ』


 水嶋の口から衝撃的なセリフが飛び出したあと。

 ちょうど朝のホームルームが始まるチャイムが鳴り響き、あの場は結局そこで解散となった。


 去り際に「話の続きはまた後で」なんて言っていたが……正直、あいつが何を考えているのか俺にはさっぱりわからなかった。


 本当の狙いは江奈ちゃんじゃなくて、俺だった?

 俺から江奈ちゃんを奪っておきながら、今度はその俺に「付き合って」だと?

 

「だめだ、頭がこんがらがってきた…………あっ」


 眉間にシワを寄せたまま購買へとたどり着いた俺は、順番待ちをする生徒たちの列の中に、見知った女の子の姿を見つけた。


「江奈ちゃん……」


 俺の視線の先で、江奈ちゃんは友達らしい女子2人と列に並びながら談笑していた。

 口に手を当ててクスクスと笑ったり、友達の冗談に「も~」と困り顔を浮かべたり、なんだか楽しそうだ。


 ああ……やっぱり可愛いよなぁ、江奈ちゃん。

 なぁおい、信じられるか? つい一昨日まで、あの子俺の彼女だったんだぜ?


「…………あ」


 ついじっと見つめてしまっていると、不意に江奈ちゃんと目が合った。

 一瞬驚いたように目を見開いた彼女は、それでもすぐにふいっ、と俺から顔を逸らしてしまう。

 どうやら、もう俺とは顔も合わせてはくれないようだ。


「はぁ……女の子って、怖いなぁ……」


 学校で顔を合わせれば、「おはよう、颯太くん」と笑顔で声を掛けてくれたあの江奈ちゃんは、一体どこに行ってしまったのだろうか。

 いや、もしかしたらそれも、最初から全て俺の妄想だったのかも……。


「なんてな、ははは、はは……はぁ~」


 軽く泣きそうになりながら、俺も江奈ちゃんたちがいるのとは違う列にとぼとぼと並んだ。

 悲しいかな、どんなに気分が落ち込んでいてもお構いなしに腹は減るのが、育ちざかりの男子高校生というものである。

 

「はい、次の人!」


 やがて俺の順番がやってきて、購買のおばちゃんが注文を促してくる。

 

「えっと、特製コロッケパンとチョココロネを1個ずつください」

「あ~、ごめんね! どっちもちょうど売り切れちゃったよ!」

「え、あ、そう……すか」

「パンはコッペパンなら残ってるんだけどもね! どうする?」


 おばちゃんは早く俺の注文を片付けて次にいきたいらしい。

 急かすような言葉に流されて、結局は「あ、じゃ、コッペパンで」と答えてしまった。


「今日に限って売り切れなんて……厄日やくびだな」


 つくづくメンタルが削られる1日だ。

 俺は食べたくもないコッペパンを片手に購買を後にする。

 そうして、どこか静かな場所で昼休みをやり過ごそうと校舎内をうろついていると……。


「えい」

「あでっ」


 不意に背中に何かが当たり、俺は反射的に振り返った。

 こ、この聞き覚えのあるハスキーボイスは……。


「や、颯太。さっきぶり」


 果たして、振り返った先にいたのは水嶋だった。

 その手には小さなビニール袋を持っている。さっきはこれを俺の背中にぶつけてくれやがったらしい。


「……なんだよ。まだ俺になんか用があるのか?」

「そりゃあるよ。さっきの話の続き、しようと思って」


 そう言って、水嶋は手に持ったビニール袋を抱え上げた。

 中には購買で買ったらしいパンやらパック飲料なんかが入っている。


「お昼、一緒に食べない?」

「はぁ? なんで俺がお前と……」

「え~、いいじゃん。すごくレアだよ? 私から誰かをお昼に誘うなんてさ」


 たしかに、あの人気モデルでカリスマJKな水嶋静乃からのお誘いだ。

 普通の男子なら、いや女子でも、喜んで付いていくところだろう。というか、むしろ自分たちの方から「ご一緒させてください」と頼む奴がほとんどに違いない。


 しかし、いまやこの女は俺の彼女を奪った宿敵以外の何でもない。一緒に仲良くランチタイムなんて、そんなのまっぴらごめんだぜ。


「嫌だ。っていうか、江奈ちゃん……はどうしたんだよ。俺なんかより『恋人』と一緒に過ごす方がいいんじゃありませんかね?」


 吐き捨てるような俺のセリフに、水嶋が苦笑する。


「まぁまぁ、そう言わずに。一緒にお昼ご飯たべようよ、ね?」

「…………」

「ほら、君の分の特製コロッケパンとチョココロネも買っておいたからさ。颯太のお気に入りなんだよね、これ?」

「む……」


 水嶋がビニール袋の中身を見せてくる。

 中にはたしかに二人分のパンが入っていた。


「……なんでお前が俺のお気に入りを知ってるんだよ」

「前に江奈ちゃんから聞いたんだよ」


 江奈ちゃん……水嶋にそんなこと話してたのか。

「食べ物の好みが子供っぽい」とか、そんな愚痴でも言っていたのかな……。


「ん? 颯太、なんで泣きそうな顔になってるの?」

「べべ、べつに泣きそうな顔なんてなってねーし!!」

「ふ~ん。まぁいいや。とにかく、一緒にランチしようよ。それにそんなコッペパン一つじゃ、お腹いっぱいにならないでしょ?」


 そう言って水嶋が特製コロッケパンを俺の鼻先に押し付けてくるもんだから、不覚にも「ぐぎゅるる」と腹の虫が鳴ってしまった。

 ちくしょう、こんな時くらい空気を読んで大人しくしてろよ、俺の食欲!


「ふふふ。口では嫌がっていても、体は正直だね、颯太?」

「変な言い方すんな!」


 俺は押し付けられたコロッケパンを無造作に受け取った。


「…………食ったらすぐ帰るからな」

「決まりだね。やった」


 俺が渋々ながらも相席を承諾すると、水嶋は心底嬉しそうに小さくガッツポーズしてみせた。


 こいつが何を考えているのか、マジで俺にはさっぱりわかんねぇ。

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