夢の回転木馬(中)

教えている子から『夢の回転木馬』の話を聞いてから、3日目になった。時間は23時半。そろそろ眠気も出てきて、欠伸を1つ吐くと部屋に備え付けのロフトに上り、眠りについた。眠りについたはずなのに、ざわざわと人の声が聞こえる。都市伝説じゃなく、心霊現象系かと思い身構えたが、ふとじぶんが目を開けていることに気が付いた。辺りを見回すと、自分のような20代や10代の若者を始めとして、数十人の人間が周りにいた。自分たちの目の前には、白く輝く豪奢な回転木馬があり、全員がこの不可思議な状況に驚いてるようだ。そんな中に場違いなほど明るい声が響き渡った。


「Ladies & Gentleman‼ ビリーの『夢の回転木馬』にようこそ~~ッ‼」


回転木馬の陰からトランポリンでも使ったんじゃないかという勢いで、ビリーと名乗った男が回転木馬の上に飛び出した。姿はサーカスなどでよく見るピエロの服装だ。白塗りの顔にとんがり帽子、口には太く紅を塗ったお決まりの顔だ。だが、この場にいる人間にとってはそれどころじゃなかった。正直、僕も恐怖で足が震えている。都市伝説が本当になるなんて反則だ。ピエロと回転木馬、そして3日目の夜、『夢の回転木馬』の都市伝説そのものの光景が、今目の前に広がっている


「ここにいるってことは皆、私からの招待状を忘れていなかったんだね~~‼ ビリー、感激‼ ここの回転木馬は世界一!! 一生・・乗っていても飽きが来ない自慢のアトラクションだよ!! 今日、順番が回ってくるのは~~君たちだね!!」


ビリーはそう言うと、最前列に並んでいた5人の男女を指さす。すると、その腕がまるでゴムのように長く伸びて5人を拘束する。


「や、やめろ。俺は回転木馬なんかに乗りたくねぇ!!」

「私は普通に朝起きて家族と生活したいの、やめて!!」

「死ぬまでずっとこの回転木馬に乗るなんか、私は嫌よ!! 現実に返して!!」

「し、招待状が1人分足りなかっただけじゃねぇか。な、大目に見てくれよ。夢から覚めさせてくれよ!!」

「ようやく回転木馬に乗れるのね。ろくでもない現実よりかは、死ぬまでこっちの方がいいわ…」


5人それぞれの反応を楽しむかのようにビリーは高く掲げて、回転木馬へと乗せていく。すると、楽し気な音楽と共に木馬が上下に揺れながら回転し始めた。回転木馬には、何人も、いや何百人も乗っているように見える。さっきまでは、小さい回転木馬だったはずなのに、動き始めたらその直径が数倍に拡がっている。恐怖で声を出せないでいると、ビリーが列に残っている人に向けて話し始めた。


「毎日説明しているから面倒くさくなっているんだけど、これもルール。残念だけど、僕からの招待状をなかったことにしたい人は、4日以内に5人の人に招待状を渡してね。でも注意点が1つ。過去に招待状を受け取ったけど、ここに来なかった人たちは数に入らないので気を付けて。できれば、僕はここにいる全員を回転木馬に乗せてあげたいんだけどね~。では、今日はこの辺でバイバ~~~イ」


声が途切れると同時に、僕はばっと起き上がり危うくロフトの天井に頭をぶつけるところだった。季節は秋も終わりだというのに僕は嫌な汗をかいていた。夢の中でビリーの言っていたことを反芻する。招待状、これはこの都市伝説を話すことだろう。過去に招待状を受け取ったが夢に来なかった人物、これは話を聞いたが3日以内に忘れた人物のことを指すのだろう。これだけで、大学での交友関係で上手くいくのか不安がよぎる。さらにこれは自分が助かるために5人を生贄にするということだ。その点も罪悪感が残る。考え抜いて1つ、案が浮かんだ。5人のこの都市伝説を知らない人に話すという前提条件があるが、忘れてもらうのだ、3日以内に。家庭教師をしている子が言っていたことに、3日以内に話を忘れてしまえば、あの夢の世界に引き込まれることはないと。全員が忘れてくれれば、犠牲者は出ずに僕も助かる、万々歳だ。重い頭を振って、眠気を飛ばすと話をする友人たちを早速ピックアップし始めた。どうか、作戦通りに行きますように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る