第7話

 それはカーテンをすっかり閉ざしても、なお部屋の中にぼんやり明かりが灯っているような晩のことでした。



「やあ、こんばんは。どうしているね?」


「ああ、お月さん! 本当に来てくださったんですねえ」


「ああ、来たよ。約束したからの。

 来られなかった間、ずっと気になっていたよ。


 ……どうだね? このころは。

 やっぱり、悩んでいるのかい?」



「ええ、それはそういうところもあるんですが……。

 でも、近頃は、楽しいことを思い出すようにしているんです。

 お月さんが折角いらしてくれるんだから、愚痴ばかりじゃつまらないと思って」



「そりゃ偉いじゃないか!

 よくそういう気になられたの。

 それだけでも、わしも、来た甲斐があったというもんじゃ」


 月は安心したように微笑みました。

 つられて、鷹の動かない顔にも、笑みが浮かんだようでした。


「俺、本当に、飛ぶことが好きだったんですよ。

 飛ぶって、独特の気持ちがするんです。

 ほかのことにはない爽快さがあるんです」


 鷹は、はやる気持ちを抑えながら、つとめて静かに話し出しました。


「飛ぶってね、気持ちがいいんです。

 大空をゆったりと羽ばたいていると、自分がすごく大きくてすごく強くなったような気持ちになるんです。

 鳥の王様にでもなった気がして、どんなことでも出来る気になるんです」



「そうだ、おまえさんは本当に鳥の中の若き王のように立派で堂々としていたよ」



 月が感心したように言うと、鷹はちょっと照れました。

 でも、とても嬉しく思いました。

 まるで今、自分がかつてのように雄々しく勇敢な、自由な鷹に戻ったような気がしたのです。



「悠々と飛んでいるときは、風になったように感じるんです。

 獲物に向かって急降下するときは、稲妻になったんじゃないかって思うほどです」



 思い出しながら話しているうちに、その時々の感覚が鷹の身体のうちにありありと甦って来るようでした。



「ああ、俺、鷹に生まれて本当によかった……」



 鷹はしみじみと言いました。


「俺は飛ぶことが心から好きだった。本当に好きだった。

 飛ぶことが俺の幸せだった。

 ときには獲物を探すためではなく、ただ飛ぶために飛んだものだ。

 飛ぶことが俺の全てだった……」



 はく製になった鷹の目には義眼が入れられていましたが、その目はそのためにいつも、ここにある何かではないどこか遠く過ぎ去ったものを見つめているように見えました。



「獲物を探していても、飛んでいるうちに、お腹の空いたのなんかいつの間にか忘れて、そのまま飛び続けたこともあったなあ……」



 鷹はうっとりとつぶやきました。



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