第2話
鷹は自分が死んだとは夢にも思っていませんでした。
何故なら鷹にとって「死」とは、食われることでしたから。
鷹が今まで捕えて食べてきた獲物たちのようには、彼の身体は損なわれず、消滅することもなく、元のままここにあるのです。
自分は確かにここにこうしているのに、身動き一つ出来ず羽ばたくこともかなわない、これは一体どうしたことか、と鷹は思いました。
ぼう然としたまま時が過ぎました。
…長い長い時間が経って、鷹は、何が起こったかはわからないけれど、自分は今、動くことのかなわない身であるのだと気がつきました。
そして、それがこれからずっと続くであろうことも、恐ろしいけれど勘づいておりました。
…どうやら俺の狩ってきた獲物たちの「死」とは別の「死」が自分にやってきたらしい、と鷹は考えました。
「俺にとって、飛べないことは死んだこと、死に等しいことだ。
消えてなくなる『死』ではない、微塵も動けぬまま考えばかりが、生きているときと同じに、いや、それ以上にぐるぐると巡る『死』。
…いいや、そうではない。
飛べた時は考えることなどしなかった。
ただ飛び立ち、風を切り、獲物を捕らえて喰らい、疲れて眠る、そしてまた夜が空けると新たに飛ぶ『今日』が来る毎日。
…それでよかった。
それが俺にとっての幸せだったのだ。
それが今は…!
俺の『死』とはこのようなものなのか。
ほかの鷹もこうなのか。
俺より先に死んだ鷹たちも、皆こうしているのだろうか。
それとも、俺に食われた獲物のように、何者かに食われた奴もいたのだろうか。
喰われてすっかり身体が無くなってしまえば、こんなふうに思い悩むこともないのだろうか。
…だとしたら、俺の『死』とは、なんとたちの悪いものであることか…!」
鷹はやがて苦しむことに疲れ、考えることに飽きて、ぼやりとん窓の外に目をやりました。
はく製になった鷹はぽつんと棚の高い段に乗せられていて、そのちょうど反対側に大きな窓があったからです。
窓からは四角い穴のたくさん空いた四角い白い建物が林のように並んでいるのが見えました。
そしてその上にわずかに空が見えました。
窓には夜になるとカーテンが引かれましたが、時折その隙間から月に光がこぼれて、真っ暗な部屋に光が一筋射し込みました。
その光に照らされて、しんと静まった部屋に細かな埃がちらちらと舞っているのが見えました。
ある日、その日は朝から冷たい灰色の空が重く垂れこめていたのですが、午後になってとうとう雪が降り出しました。
鷹のいる部屋は、普段人が来る部屋ではありませんでしたので、火の気がありませんでした。
もっとも、鷹はもう魂と体がつながっておりませんから、暑さも寒さもひもじさも何も感じることはなかったのです。
そしてそのことにも鷹は気づいておりました。
「おやおや、雪が降り始めたというのに少しも寒くないとは。
ここへ来てから何度も昼と夜がやってきたのに、腹も減らなければのどが渇くこともない。
……俺の身体は、やはり以前とはすっかり変わってしまったのだなあ……」
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